さりげない記録

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炭鉱

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既にツイッターにも書き込んだのですが、明日15日に炭鉱ナビ主催の釧路コールマイン体験入坑に参加してきます。
日本唯一の現役炭鉱の貴重な見学会なので、端から端まで余さず見てこようかと考えています。

…しかし、問題がありまして、昨日の集中豪雨の影響で白糠駅〜西庶路駅間が土砂崩れで不通だとニュースで報道されています。
行きは札幌〜釧路の都市間バスで関係ないものの、帰りはJR(スーパーおおぞら)利用なので、無事に帰ってこれるかどうか……。
15日昼まで復旧していますように。





前回の続きです。
 
 
 
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友子の取立式。
友子とは、簡単に言えば炭鉱(鉱山)のギルド組織で、坑内作業における親方(先山)と弟子(後山)の契約と採掘技術の継承、坑内災害で負傷したり死亡したりした時の相互扶助などを目的としていました。
このマネキンで再現された取立式は、ヤクザ映画でもお馴染みな盃事とほぼ同じです。
 
なお、財閥系大手炭鉱が北海道に進出し、坑内の機械化・大規模化、炭鉱病院等の福利厚生設備が整えられてくると、前近代的な友子制度は次第に消えていきました。
ちなみに夕張で最後まで友子制度が残ったのは、1970年代の真谷地炭鉱(楓地区)でした。
 
どうでもいいけれど、この再現マネキンは衝立の陰にあるものだから、突然目に入るとかなり驚きます。
(実際、他の人も「うわっ!!」「びっくりしたー!」と言っていた)
 
 
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三宝に載せられた53箇条の鉱山書の巻物、タガネ、せっとう、塩と水引。
 
 
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夕張にあった諸炭鉱の看板。
 
 
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機械化以前に使われたタガネとせっとう(石頭:片手のハンマー)など。
これらを使って人力で石炭を砕いていた。
 
 
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鉱山技術を学ぶため、炭鉱会社は海外から多くの書籍を取り寄せて研究をした。
 
 
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坑内用の測量器具。
坑道の掘進と切羽の構築には高度な数学的知識が必要でした。
 
 
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坑木を切断・加工するための斧や鋸。
 
 
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つるはしやタガネに代わり、採炭作業に一大革命をおこしたコールピックと削岩機。
ピックの登場により、極端に言えば昨日まで素人だった人間が数時間で数百kg〜数トンもの石炭を、体力が続く限り砕いて掘り出すことが可能になった。
この機械類の採用で、師匠である先山から石炭の掘り方を後山に一子相伝の技術で叩き込むといった、旧来の友子制度が衰退していくこととなる。
 
 
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北炭の採炭員募集ポスター。
石炭こそがエネルギーだった時代、東北の農村地帯(の次男・三男)や都市部の求職者に向けて安定した職場、高い給与をアピールした。
 
 
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爆薬に点火するミリセコンド雷管と、爆薬と一緒に装填する詰め物の水タンパと砂タンパ。
 
 
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ヘムシャイドのシールド型自走枠の模型。
多分、夕張新二鉱で使われていたものだと思う。
 
 
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バッテリー式キャップライト。
右側にあるオレンジ色の物はバッテリーの背負い袋。
 
 
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様々な坑内支保
鉄によるアーチ枠が一般的になる前は、現場でこのように坑木を切断して組み立てていた。
 
 
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額に収められた救護隊員綱領と、坑内火災の高温で木炭化した坑木(右)と熔けた岩石(中央)。
 
 
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なぜか通路側の台に載せられ展示されていた7号型酸素呼吸器。どこにも「触れないで下さい」とは書かれていなかったので、色々と弄ってみる。
かなり塗装が剥げているが、北炭のマークはまだ残っている。
 
 
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酸素呼吸器を開いてみる。
上部の清浄缶が外されている以外、構造はほぼそのまま。
編上安全靴や古い型のCO自己救命器もありました。
 
 
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フル装備の救護隊員のマネキン。
真っ暗な坑内でも目立つように純白の作業服を着用します。
 
 
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金属や樹脂製のヘルメットが普及する前に使われていた布製坑内帽。
昭和30年頃までは一般的でした。
 
 
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マネキンの前にあるテレビからは、5分間ほどの長さで夕張の炭鉱の歴史が流れていました。
眺めていると夕張新鉱の立坑解体シーンがありました。
 
 
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…これをDVD資料として売ってくれないかなぁ(笑)。
 
 
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同じく閉山当時の真谷地炭鉱も出ていました。
 
 
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石炭ストーブ。
デザインが個性的で面白い。
この辺で2階の展示は終わります。
 
 
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立坑のケージを模したエレベーター。
これに乗って地下展示へ向かいます。
 
 
続きます。
 
先週の月曜日のことですが、赤平に続いて夕張市の石炭博物館に行ってきました。
実は三笠市の旧住友奔別炭鉱で開催中のアートプロジェクトとどちらに行こうか迷ったのですが、「また国道12号を走るのも新鮮味が無いな」ということでこちらを選びしました。
我ながらいい加減だ。
 
昨日の赤平ほど遠くではないので、朝8時30分に自宅を出発し、途中で給油と休憩を挟みながら10時半に到着しました。
 
 
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4年ぶりの石炭博物館訪問。
2008年秋に来た時は大煙突のある駐車場に長江を停めて、博物館まで500mほど歩いたのですが、現在は化石展示館前を30台ほどの駐車場にしており、移動もかなり楽になりました。
 
 
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北炭夕張新鉱の新R型立坑を模した立坑櫓。
以前見た時は色が褪せたりサビが浮いたりして状態が悪かったと記憶しているのですが、今では塗り替えられて綺麗になっていました。
櫓の左側に小さな筋で飛行機雲が写っています。
 
 
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本物の夕張新鉱の立坑櫓もこんな感じだったのだろうか…。
 
 
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石炭博物館の入り口前にあるS3型ライスハーケンホーベル。
三菱南大夕張炭鉱で閉山まで使われていた。
 
 
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この分厚い鉄の爪で石炭層を豪快に削っていた。
 
 
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ライスハーケンホーベルの上に茂るのはメタセコイア(和名:アケボノスギ)。別名「生きている化石」。
石炭の元となる木である。左にある黒い物体は(恐らく)炭塊。
メタセコイアはそれまで「既に絶滅した植物」として、地球上には化石でしか存在していないと考えられていたが、1941年に中国・湖北省の利川市で原生種が発見された。
 
 
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それでは博物館に入ってみることにする。
看板左側の写真は「ふるさとヤマ真谷地」に、右側のは「北炭70年」にそれぞれ載っています。
 
 
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受付で入場料1200円を支払う。4年前だと「ぐるっとパス」のせいで3000円もしたので、随分と安くなったな感じる(笑)。
入口横にあるこの巨大な物体はサリバン型エアコンプレッサー。
この機械で作った圧搾空気で坑内にあるコールピックや削岩機を動かした。
 
 
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真谷地炭鉱産の重さ3トンもある炭塊。
狭く危険な切羽から、こういう巨大な炭塊を搬出するのはかなりの苦労があるという。
 
 
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真谷地名物の目無炭細工。真谷地炭鉱で掘り出される石炭は、他地区の石炭と違って、節目がない石炭だった。そのせいで、手先の器用な炭鉱マン達は適当な大きさの石炭を、暇を見つけてはヤスリで磨いたりして好みの外見に加工した。
 
もう何年も前だが、ヤフオクでこれと似たような目無炭の置物が出品されていて、結構な値段で競っていたのを思い出した。
 
 
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南大夕張炭鉱産の石炭。
 
 
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石炭の掘られる場所では、大抵の場合化石も産出します。
これはアンモナイト。大昔の夕張周辺は海の底でした。
 
 
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炭鉱業が華やかなりし頃に集められたと思われる石炭サンプル。
著名な大手炭鉱だけではなく、マイナーな中小炭鉱のもあります。
 
 
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うーん、手にとって見たい……。
 
 
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1階から2階へ移動する途中の踊り場にある石炭標本。こちらは先ほどのとは違って大人の頭ぐらいの大きさがある。
左上段から三菱南大夕張、不明、住友赤平、北炭真谷地楓坑、空知
左下段から北炭幌内、三井砂川、真谷地桂坑、三井芦別、太平洋
不明の炭塊は、自分の予想だと夕張新鉱の石炭だと思うのですが、どうですかねぇ?
 
 
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階段の途中にある大きなレリーフ。
東京にあった日本炭労に展示されていたものだという。
 
 
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2階は石炭の用途などを説明したパネル類が展示されています。
 
 
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石炭の樹。石炭からは化学合成で繊維、薬品、樹脂、燃料などあらゆるものが作られた、
現在だとその大部分がコストや取り扱いの手軽な石油に置き換わってしまったが、基本的には石炭で作られるものは石油でも作ることができる。その逆も然り。
 
 
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北炭マークの石炭。
なぜかその上には硫安と尿素の小袋が……重しの代わり?
 
 
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実際の炭鉱での作業のパネル展示。
これらの写真はすべて写真集「ふるさとヤマ真谷地」からの抜粋です。
本と違ってこれだけ大きなパネルで見ると、迫力があります。
 
 
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カラーだと嬉しかったのですが、まぁ贅沢は言うまい。
 
 
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炭鉱の建物と坑道の模型。
 
 
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夕張新鉱事故に関連する写真のパネル展示。
「26年」と書かれているが、2007年からもう5年も経過しているので数字は書き換えるべきだと思う。
(気にするのは自分だけかもしれないが)
 
 
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93名もの死者を出した1981年の事故後、夕張新鉱の閉山阻止・再建活動などが何度も行われたが、どれも実を結ぶこと無く政府によって閉山が決定された。
夕張市期待の最新鋭ビルド鉱として生まれ、わずか8年の運命だった。
 
 
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夕張新鉱の看板や稼働当時の写真。
 
 
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夕張新鉱に関する書籍類。
自分が見たこともない本もある。よ…読みたい。
 
 
 
続きます。
 
 

駆け足の赤平炭鉱訪問

前回の続きです。



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更衣室兼坑口浴場の入り口。
住友赤平の閉山から18年経過し、長い間建物の維持・管理がされなかったため、外壁がボロボロになってきています。
 
 
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入ってすぐにある大きな鏡。
出勤してきた炭鉱マンたちがこの鏡で身だしなみを整えたりしたのだろうか。
上部には大きな白文字で「御安全に」と書かれている。

 
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この鏡を寄贈した湯浅電池とは、現在のジーエス・ユアサコーポレーションの旧社名。 世間ではユアサというと自動車用バッテリーで有名だが、昔はキャップライト用バッテリーも作っていたので鉱山・炭鉱会社とも関係が深かった。

 
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入り口からまっすぐ進んだ突き当りに貼られた告知。勝手に坑口浴場に入る不届き者がいたらしい。 
どうでもいいけど結構達筆だ。
 
 
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がらんとした更衣室。
少々ほこりとカビの臭いがする。

 
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天井に下がった吊り籠

 
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吊り籠を固定する金具と鎖と南京錠。
試しに引っ張ってみると、やや重いものの滑車はスルスルと動いた。

 
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浴室。
あきれるほど大きな湯船。一仕事終えた後に入る風呂がこれだけ大きければ、さぞ気持ちがいいだろう。
フラッシュを焚いて撮影したら白いゴミが入り込んでしまった。

 
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更衣室から繰込場へ通じる地下通路は、土砂で埋めてありました。
 
 
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 午後1時からは立坑見学です。
 しかし何度見てもデカい立坑櫓(高さ43.8m)だ
 

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ここで致命的なミス。
なんとデジカメを持っていたにも関わらず、話を聞くのに集中していたために肝心の撮影を忘れてしまったのだ。
10枚も撮っていないぞ…。トホホ

 
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なので立坑内部の写真を見たい方は、過去の日記を見て下さい(笑)。 

 
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2時頃まで立坑内を見た後は、次は自走枠整備工場へと移動。
2時半からは、自走枠工場の裏手にある斜坑坑口群の見学会が開かれたが、終わるまで1時間以上かかる&自前の長靴が無いので涙を飲んで不参加に。

 
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炭層に発破用の穴を開けるエアオーガ(ドリル)。
 
 
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岩石層に穴を開ける削岩機。

 
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炭層を砕くコールピック。 
以上3種は実際に触って操作を体験することができます。

 
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削岩機の操作実演。

 
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コールピックを使ってコンクリートブロックを砕く実演。
ガガガガガッ!という衝撃音とともに勢い良く足元のブロックを粉々にしていく。
だが、ココでトラブルが発生。


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ピックを深く突き刺してしまい、無理して抜いたら根本から外れてしまった。
まぁ、ピックは構造が単純だからすぐ直せるだろうけど。

 
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ロッカーショベル(ズリ積込機)の実演。
こう見えてバケットが後ろの炭車まで器用に届く。

 
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住友赤平閉山の15年ほど前に導入されたSD(自走枠とドラムカッター)。 
この手の大型採炭機械は閉山と同時に坑内に放置して処分するのが一般的だが、ここに展示してあるものはそのようなことがされずに生き残った、非常に貴重な機械だ。
特にドラムカッターは、閉山前にわざわざ坑内の奥深くからバラして引き上げてきたのだという。
 
 
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禍々しささえ感じるヘリカルドラムの爪。 
機械の力にものを言わせ、炭層だろうが断層だろうが石炭も岩石もまとめて片っ端から一気に削りとった。

 
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パンツァコンベア駆動部からのアングル。
住友赤平のSDは、太平洋炭鉱や三池炭鉱ほど規模は大きくなかった(切羽面長はせいぜい50〜60m前後しかない)。この手の重機材を使うには炭層の傾斜が小さい(緩傾斜)ことがSD稼働の絶対条件なので、急傾斜炭層が多い赤平はその点で不利だった。
ただし、緩傾斜炭層でうまい具合にSDが稼働すると、欠口などとは比較にならないほどの高い出炭能率を上げた。

SD切羽の人員はドラムカッター操作が2人、自走枠操作が2〜3人と、これまた欠口よりずっと少人数で運用が可能だった。

 
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ここでちょと訂正。
昨年の赤平炭鉱訪問の日記で、このドラムカッターを「遠隔操作ではないか」と書きましたが、実際は後ろに操作レバー類がありました(当時このドラムカッターで採炭をしていた人が詳しく説明をしてくれた)。
ウソ書いてすみませんでした。
 
 
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午後3時30分。
戦い済んで日が暮れて(?)、日が沈む前に札幌へ帰ります。
長江はライトが暗いので、夜間はあまり走りたくないのが理由です。

帰り道は行きとは違い、国道12号をひたすら南下していったのですが、岩見沢付近で遂に日が暮れて真っ暗になってしまった。で、日が沈むと同時に急に寒くなり鼻水が止まらなくなる。
多分、気温は14度くらいしかなかったんじゃないかな?逆に長江の空冷エンジンはこの寒さで絶好調になりましたが(日没後は明らかにエンジンの回転が良くなった)。


本日の走行距離:174km
出発前のカバーとスポークの干渉トラブルさえなければ、もっと赤平を堪能できたのですが……。
とりあえず来年に期待しよう。

初手で躓いた赤平行き

今日は待ちに待った旧住友赤平炭鉱の開放日。
昨日の悪天候から打って変わって、ちょっと風はあるものの、気持ちのよい晴天です。
朝6時に起きて身支度を整え、いそいそと車庫に向かって愛車とご対面。
 
よし、今日もよろしく頼むぞ!
 
 
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7時30分。先日のシャフトカバーの嵌め合いを確認し、エンジンをかけて走りだす。
いざ赤平へ……と、30mも走らないうちに後輪からカラカラカラカラとあのイヤな音が。サイドカーを止めて見てみると、なんとカバーが外れている。あれほどギチギチにきつく締めたというのに、何故?
 
その後、何度か「締める→走る→緩んでカラカラと異音」というのを繰り返して原因がはっきりした。
その原因とはホイールのスポークの根本がシャフトカバーに擦れ、そのためシャフトカバーのネジが緩められて外れるというものでした(装着した予備ホイールの工作精度が甘いというのもあるだろうな)。
 
この原因を解決する手段はただ一つ、スポークとカバーのクリアランスを確保するために「削る」しかない。
 
 
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この緊急事態を解決するにはコイツの力が必要だ
 
 
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サンダーでスポークの根本とカバーが触れる場所を一気呵成に削って削って削りまくる……が、削りすぎて細長い穴が開いてしまった。しかし、これぐらい削らなければカバーが外れて異音がしてしまう。勿論、高速回転して触れるスポークにも良くない。
 
ジャッキアップしてのホイール着脱4回、カバーとスポークの当たりを見るための試走3回。結局、この一連の作業を終わらせるのに2時間半近くかかってしまった……あーあ。
とりあえず、この加工をしてからは異音やカバーの脱落はなくなりました。
 
10時15分、気を取り直して赤平に向けて出発。
 
 
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平均時速65km前後でトコトコと石狩平野を北上する。
今回のルートは、あいの里から石狩川を渡り、当別〜月形〜浦臼〜新十津川と国道275号線を走り、滝川をかすめて赤平へと抜ける。
並行する国道12号線と比べてこちらは信号が少ないのでとても走りやすい。ただし殆どの区間で片側一車線&追い越し禁止なので、バスや工事車両などの遅い車がいるとストレスが溜まりますが…。
 
10時50分。ホクレン当別SSで13リットルを給油。
 
 
 
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11時40分、道の駅鶴沼に到着。ここで15分ほど休憩。
3連休の中日だからか駐車場はほぼ満車。ここでも長江は人気者で、何人かに色々と質問を受ける。
一般人に対するサイドカーの吸引力、インパクトに改めて驚く。
 
 
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12時30分頃になんとか旧住友赤平炭鉱に到着。
天気は晴れたり曇ったり。昨日みたいに雨が降らないだけマシか。
 
 
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駐車場の脇には恒例の石炭ストーブ。
ストーブに挟まれた鉄バケツの中には石炭(というか粉炭)がぎっしり入っています。
 
 
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ストーブの横に鎮座する炭塊。
この石炭を爪で引っ掻いてみると簡単にホロホロと崩れる。まるでホームセンターで売られている木炭並の柔らかさだ。
閉山前に坑内から掘り出した石炭とも思えないし……露天掘り炭鉱で採掘された石炭だろうか?
 
 
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残り時間も少ないことだし、まずは駐車場横にある更衣室兼坑口浴場から入ってみるとするか。
 
続きます
 
 

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