さりげない記録

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炭鉱

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えー、どうも皆さんお久しぶりです。
約3ヶ月もの間、このブログをずっと放置してしまいました……。
定期的にここへチェックしに来てくれた皆様、本当にすみません。
その原因としましては、震災以降の混乱でどうも気が乗らないのもありましたし、春先の北海道の天気が強風と低温と雨ばかりだったり…とか、まぁ色々あった訳です。
…完全に言い訳ですね。
 
 
それはさておき、先日、岩見沢市にある【そらち 炭鉱の記憶マネジメントセンター】へ行ってまいりました。ここはNPO法人 炭鉱の記憶推進事業団による、空知地方における炭鉱関連の遺構や歴史、文化、資料などの紹介や保存などを行う総合拠点として、2009年より設置されました。
実は昨年10月の赤平炭鉱一般開放から帰宅する途中に寄ったのですが、その時は時間的な余裕が無く急いでいた事もあり、建物内を5分程チラッと見てすぐに出発したので、多数あった資料などに目を通すことはありませんでした。
……で、今回はその時に(泣く泣く)見逃した資料などを閲覧するために行ってまいりました。
 
 
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岩見沢駅のすぐそば、徒歩1分の場所に古くからの石倉を改造したマネジメントセンターがあります。元はタバコ屋だったらしいです。
 
 
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建物内はスタッフが常駐しており、入退場は自由。中はちょっとしたサロンのようになっています。

 
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出入口そばには、空知地方にある各市町村のイベント関連のパンフレットが大量に置かれています。
 

 
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元炭鉱マンなどから寄贈された多くの書籍類。
図書館でも見かける写真集や社史以外に、非常に貴重な鉱員・社員向けの専門技術書(恐らくここでしか読めない)などもあります。
他には炭鉱や炭鉱鉄道などのDVDを視聴することもできます。
 
 
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本棚の上に飾られた真谷地炭鉱産の目無炭。
 
 
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三井砂川炭鉱で使われていた水力採炭装置『モニター』の金属模型。
横にある赤いのは幌内炭宣伝用の箱マッチ。

 
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ちなみにパイプ接合部とシリンダー部は可動式です。
かなり精巧な作りでちょっと欲しいな、と思ってしまった。
 
 
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坑内で実際に使われていたCO用自己救命器、誘導無線機、安全灯。
 
 
以上、炭鉱好きならここは一度訪れてみるのをお勧めします。個人的には資料類を読むだけでも一日は軽く潰せます。
 
 
 

真谷地炭鉱跡

2009年8月22日に夕張市真谷地へ探索した時に撮影した画像を、簡単にですが紹介します。
この日は曇りでしたが蒸し暑く、歩くたびに熱気がまとわりつきました。
 
 
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選炭工場跡地入り口
鉄製のゲートで閉じられていますが、横から難なく通り抜けられます。
 
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道路右手の崖下にはマヤチ川が流れています。
水量の少ない小さな渓流です。
 
 
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嘘パノラマ写真その1
貨車積込用ホッパー跡地
この場所にあった積込用ホッパーや炭鉱事務所は2008年に全て解体されてしまいました。
 
 
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嘘パノラマ写真その2
原炭ホッパーの残骸。コンクリの欠片に混ざって所々黒く見えるものは石炭。
ここで手頃な大きさの石炭を何個か拾う。
 
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積込用ホッパーの更に奥にある十連窯
閉山後、ここでは事業として木炭が作られていた。その炭焼き小屋である。
 
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三角屋根の思わせぶりな外見だが、内部は何もなく木と草が茂っているだけ。
 
 
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積込用ホッパーの斜面上にあった真谷地炭鉱事務所も完全に解体され、瓦礫だけになっていた。
ここには鉱員の入出坑に使われた第二立坑跡がある。

 
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立坑密閉工事を記録したプレートも、風化して文字が読めなくなっている。
 
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事務所跡から川を挟んで南方向にある本沢露天鉱跡(中央の木の生えていない部分周辺)
採炭終了後は埋め戻されたので緑が回復している。

 
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旧真谷地体育館
近年はゴミ処理を兼ねたリサイクルセンターとして稼動していたみたいですが、この時には既に閉鎖されたらしく
正面には立ち入らないための柵が作られていました。
シャッター上部には『リサイクルセンター 夕張市委託事業』と書かれています。
 
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北炭真谷地専用線機関車庫(中央の三角屋根)
閉山と同時に廃線となった真谷地専用線で使われていたディーゼル機関車を保管していた車庫。
今は倉庫として利用されています。

 
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真谷地市街
家が何軒か集まり、生活感も漂いますが外を歩く住民は見られませんでした。
本数は少ないですがバスの路線も維持されています。
 
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市街の手前にあった夕張木炭製造数式会社の廃墟
夕張市出資の第三セクター会社。夕張市に限らず、北海道の旧産炭地では少しでも雇用と収入を得るために様々な第三セクター会社が数多く作られたが、どれも経営は上手くいかなかった。
そして夕張木炭製造も御多分に洩れず、2007年3月に破産している。
 
 
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今回訪れた真谷地炭鉱跡の簡単な概略図。
 
 
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稼働当時の真谷地炭鉱(解散記念誌 美しき山河と人情のヤマ真谷地)
手前に排水浄化用シックナー、中央に炭鉱事務所と第二立坑、右側にホッパーと選炭工場、右奥に見えるのが揚炭用の第一立坑。
今年最初の炭鉱関連日記が新聞からの記事引用とは手抜きもいいところですが(笑)、ちょっと気になったものがあったので紹介します。
 
 
それは1月12日北海道新聞夕刊の【今日の話題】という小さな囲み記事で、気になる中身というのは「雄別炭鉱の復活」というものです。
まぁ自分も昨年10月10日に似たような日記(ヨタ話 炭鉱建設考)を書いたりしていますが、こちらはグッと踏み込んだ感じとなっています。
生憎自分は雄別炭鉱の詳しい資料を持っていないので、あまり論じられる立場ではありませんが、100億円程度で開鉱可能というのは意外でした(航空自衛隊に配備されているF-2戦闘機1機120億円より少し安いくらいかぁ、と)。雄別だと炭層の埋蔵位置も夕張と比べると浅そうですし、工事費用のかかる立坑ではなく斜坑で掘るのなら結構安くできるのかもしれません。
語るだけならタダなので、こういうのは夢がありますね。
 
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年産出炭量は50万tを想定しているということなので、朝日炭鉱以上空知炭鉱未満という感じですかね?
そういえば、先程NHKニュースでオーストラリア北東部の大洪水によって炭鉱地帯が完全に水没してしまい、中国の石炭需要増大と合わせ、国際市場で一般炭・原料炭の価格が高騰し始めているというのが放送されていました。これによって国内炭鉱再開への予兆となる……のか?
 
雄別炭鉱についてはこちらもどうぞ
 

ちなみにこの囲みの上部には、太平洋炭鉱(現:釧路コールマイン)の前身であった、木村組炭鉱の絵葉書が見つかったというニュースが大きく載せられています。
釧路……街中にある選炭工場や炭鉱資料館へ行きたいけれど札幌からだと遠いんだよなぁ…。
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こんな感じで、右上に釧路炭鉱、左下に雄別炭鉱の記事が書かれていました。
 
 
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お次は金鉱山。
1月13日北海道新聞朝刊の経済欄に書かれた記事です。
弟子屈で有望な金鉱脈を発見という内容です。北海道には昔から大小様々な金鉱山がありましたが、現在では一つも残っていません(遺構としては三菱手稲鉱山や鴻之舞鉱山などが有名)。
日本で唯一稼働中の坑内掘り金鉱山として鹿児島に菱刈鉱山がありますが、その菱刈に匹敵するレベルの金含有量というから新年早々縁起が良いですね。
2006年以降、国際的に金価格も大きく上昇しているので、鉱山開発をしてもペイできると読んでいるのでしょう。
 
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まだ本格的なボーリング調査はしていないみたいですが、これからどうなりますかね?
とりあえず、今後の続報が待たれる記事2つでした。
 
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オマケ
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手持ちの1オンス(31.1g)ウィーンハーモニー24金金貨。
これで現在の店頭小売価格は13万円近いです。9年前に購入したときは4万もしなかったのに…。物価高騰や需要増大は恐ろしい。

萩原吉太郎という男

萩原吉太郎(1903年12月15日生〜2001年8月8日没) 千葉県出身
政商。昭和30年頃の北炭最盛期と、夕張新鉱事故による北炭崩壊という二つの事象の当事者である。
 
1926年に慶応義塾大学を優秀な成績で卒業後、三井財閥に入社し、その後しばらくして三井と関係の深かった北炭へ移籍。
移籍後は順調に出世を重ね、敗戦後の石炭需要増大による好景気の波に乗ったこともあり、最終的には北炭会長の座にまで登り詰めた。
「北炭のドン」「北炭の天皇」「石炭の鬼」などの異名を付けられるほどであった。
 
 
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北炭七十年史の紹介写真。
当時の役職は取締役社長で、年齢は55歳だった。
北炭が北海道経済を牛耳っていた時代である。
 
 
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北炭創立70年記念映画「黒い炎」に、白ヘルメットと黒の坑内服に身を固めて出演する萩原吉太郎(右)。
 
 
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【NHK特集 廃山-証言・北炭夕張の崩壊-】に出演した時の萩原吉太郎。当時80歳。
この頃になると既に北炭からは身を引いて三井観光の会長となっていた。
 

彼に対して世間では非常に毀誉褒貶が激しい。「凄い人だ」「有限実行な人」「萩原さんあってこそ」という人がいれば「口先だけ」「信用できない」「詐欺師」という人もいる。
実際、政財界へ持つパイプは相当太く、夕張新鉱の開発工事費や幌内炭鉱復旧費を政府から手に入れたりするなど「石炭ではなく国の金庫を掘った男」とも呼ばれていた。恐らく、かなり目先が利く人物だったのだろう。
そして児玉誉士夫などの右翼との繋がりもあり、黒い噂も絶えなかった。清濁併せ呑むことができたから、ここまで強大になれたのかもしれない。
しかし、あまりにも国の金庫を掘り過ぎたが為に、81年の夕張新鉱事故では政府からも三井からも相手にされなくなってしまった。
「いざとなれば、俺が国に一声かけるだけで金はどうにでもできる」……と考えていたのではないだろうか?
 
人を惹きつけるカリスマ性はあるかもしれませんが、個人的にはあまり好きになれないタイプの人間です。

炭層傾斜角

常盤や筑豊、西彼杵などと比べて「炭質や炭量では勝るものの炭層の傾斜がきつい」と言われている、北海道内の主な炭鉱の炭層傾斜を調べてみました。
なお、時代によって稼行炭層の状況には結構差がありますので、あくまでも【一応の目安】として読んで下さい。
 
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 北炭夕張一鉱     25〜60度(夕張市)
 北炭夕張二鉱     10〜20度(夕張市)
 北炭夕張新二鉱    2〜10度(夕張市)
 北炭平和炭鉱     10度前後(夕張市)
 北炭清水沢炭鉱    10〜25度(夕張市)
 北炭真谷地炭鉱    40〜75度(夕張市)
 北炭夕張新炭鉱    5〜14度(夕張市)
 北炭幌内炭鉱       20〜40度(三笠市)
 三菱大夕張炭鉱    20〜45度(夕張市)
 三菱南大夕張炭鉱 15〜45度(夕張市)
 住友赤平炭鉱       5〜75度(赤平市)
 住友奔別炭鉱       20度、70〜80度(三笠市)
 三井芦別炭鉱       40〜60度(芦別市)
 三井砂川炭鉱       50〜70度(上砂川町)
 空知炭鉱             17〜60度(歌志内市)
 朝日炭鉱             50〜70度前後?(栗沢町)
 羽幌炭鉱             40〜45度(羽幌町)
 太平洋炭鉱          2〜8度(釧路市)
 
炭層の傾斜角は、1964年通産省により以下の区分がなされました。
 緩傾斜:0〜20度未満
 中傾斜:20度以上〜35度未満
 急傾斜:35度以上〜55度未満
 立傾斜:55度以上
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色々な資料を見つつ調べてみたのですが、一部を除いて殆どの炭層が20度以上の傾斜であり、実際に稼動するとなると30〜45度くらいではないだろうかと思います。
ちなみに一般的なスキー場にある初心者向けゲレンデの傾斜は10〜13度前後が多く、中級が20〜25度、これが上級者向けとなると30度を超えるのが多くなります。
40度以上の傾斜は、上から覗くと吸い込まれるような感覚を感じる急斜面で、50度を超えるとほぼガケです。もし足を滑らせて下に落ちると運が良くて大ケガ、悪いと死亡です。
 
 
イメージ 2
真谷地炭鉱の欠口切羽と鉱員。写真でも分かるが、ほぼ垂直に近い傾斜。
下へ移動するにも鉄柱や鎖を掴み、細心の注意を払いながら少しづつ歩を進める。
 (ふるさとヤマ真谷地:松田芳明著 松田写真事務所)
 
夕張市内にあった炭鉱の多くが15〜60度の傾斜で採炭をしていたのですが、それらと比較すると北炭の経営する新二鉱、平和鉱、夕張新鉱の傾斜の少なさは特筆に値します。なので、萩原吉太郎が既存炭鉱を潰し、大規模なSD(自走枠&ドラムカッター)採炭による稼働を前提として、夕張新鉱の開発に踏み切ったのも分かる気がします。傾斜が緩いほど採炭作業は楽になって出炭能率も上昇しますので。
 
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各傾斜角による採炭作業の方法を大まかに分類すると…
 緩・中傾斜:SD、ホーベル、コールカッター
 急傾斜:ホーベル、欠口、水力
 立傾斜:欠口、水力
…となります。
 
基本的に急傾斜以上の角度になると切羽の機械化は著しく困難となるので、欠口切羽を構築して発破しながら採炭をする以外に方法がなくなります。
「水力」とは水力採炭の意味で、モニターと呼ばれる砲台みたいな遠隔操作ノズルから、高圧放水をして炭層を砕き、水ごと石炭を吸い込んでパイプで流送する一連の採炭システムで、一時期は「革命的な新技術」として持て囃されて全国各地の炭鉱に導入されたのですが、最終的には三井砂川でしか使われませんでした。
 
 
……なんだか今日の記事は、いつにも増して底が浅くて散漫だ(笑)。読者の皆さんスミマセン。

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