さりげない記録

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世間話

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超不定期更新なブログではありますが、どうぞ今年もご贔屓のほどよろしくお願い致します。
これからも明るく楽しくやっていきたいですね。 
 
 
……と言いたいところですが、原発事故の処理がこれから半世紀以上続くとなると、あまり素直には喜べない。
被災地も瓦礫の除去が一応片付いた程度で、人も町もとても復興したとは言えない状況。
年明け早々に関東・中部方面でちょっとした揺れもあったみたいですし。またデカいのが来るのかもなぁ。
どうやら太平洋側の地中深くに存在するプレートは、地上と違って御屠蘇気分ではないらしい。

年の瀬のご挨拶

こないだ元旦かと思ったら早いものでもう12月31日です。
結局、今年も長江の整備ができなかったな……来年こそはなんとかしたいです。
 
と、まぁそんな感じで(どんな感じだ)今年は皆様に色々とお世話になりました。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。
 
それではよいお年を。
 
 
イメージ 1
うーん……やっぱり長江サイドカーはカッコイイなぁ、と自画自賛してみる。

私とコミケ

さて、12月も半分以上が過ぎ、激動の2011年も残り二週間を切りましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。これからクリスマス、仕事納め、食材の買い出し、帰郷、年越しと様々な予定が目白押しかと思います。
 
唐突ですが個人的に盆と年末の大規模イベントといえばコミックマーケット(通称:コミケ)です。コミケとは、簡単にいえば漫画やアニメを中心とした同人誌即売会(自分で作った本を売ったり買ったりする催し)で、毎年8月中旬と12月末の年2回、東京都江東区有明にある東京ビッグサイトで開催されます。
コミケの開催は夏冬ともに三日間を通して行われ、開催期間中の来場者数は三日間合計で45〜55万人にも達する世界屈指の巨大イベントとなっています。
 
自分が初めてコミケに行ったのは、忘れもしない1999年の冬コミ(お盆に開催されると夏コミ、年末だと冬コミと呼ばれています)です。コミケという名称そのものは前からある程度は知っていましたが、実際に行ったのはこの時で、気楽な一般参加とはいえかなりの混雑を目の当たりにして非常に緊張したのを今でも覚えています。
ごく普通の人なら「もう二度と行くものか!」とトラウマ状態になってもおかしくないほどの人の数なのですが、自分はなぜかすんなりと慣れてしまい、以降は日程と旅費の都合が付けば、東京観光を兼ねてちょくちょくと訪れるまでになりました。
今思えば、あの強烈なショックが逆に癖となったのだろう(笑)……。
 
 
個人的に思い出に残ったコミケ トップ3

 第3位 雨に濡れた2000年夏コミ
1999年の夏コミは大雨でとんでもないことになった、というのは耳にしていたので、上下分割型の雨合羽を事前に用意して挑んだのですが、それでも濡れて辛かった。
雨具を忘れた人達は全身びしょ濡れのままで入場待機列に並び、低体温になりながら震えていました。
それとカタログが水を吸ってゴワゴワブワブワに。
 
 第2位 雨と雪で凍えた2004年冬コミ
夏の雨でさえ大変なのに雪まで降られるともうね……。
寒さそのものは北海道生まれなのである程度は慣れているのですが、海のすぐそばなので吹きっ晒しはきつかった。
 
 第1位 初めてサークル参加をした2007年夏コミ
日本におけるCJ750長江サイドカーの布教のため(笑)にジャンル:メカミリで応募し、無事当選して切羽詰まりながら作ったペラい同人誌を30冊ほど抱えて参加(たしか執筆期間は10日くらい)。
手抜きなので大して売れないだろう…という読みに反してお昼ごろに自スペース前に小さいながら人だかりができ、午後2時くらいで完売。コミケの懐の深さに感動する。
 
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自分は2009年夏のサークル参加以降、色々な事情があって行くことができませんが、またそのうち行きたいなぁと考えています。
 

イメージ 1
2007年夏コミの時に撮影した東京ビッグサイト正面。
開場3時間前の6時50分に撮影したのですが、既に周辺は入場待ちをする人が5〜8万人ほどいます。
会場に向かう電車も通勤ラッシュ時の埼京線並の混雑。車内では押されて圧死するかと思った。
 
 
イメージ 2
2008年夏コミで撮影。
西ホール屋上から会議棟下部を望む。
これでも若干空き気味です。
 
 
イメージ 7
2002年夏コミで撮影したビッグサイト会議棟。
逆三角形の非常に特徴的な建物だが、この中で開催しているわけではありません(周辺にある大規模ホールを全て貸し切って開催している)。
この時はフィルムカメラで撮影したので右下に日付が入っている。時代を感じるなぁ…。
 
 
イメージ 3
2008年夏コミでの自スペース。すぐ隣には同じサイドカー仲間であるBuellskyの保坂氏もサークル参加していました。しかも準備会へ頼んだ訳でもないのに合体配置(笑)。メカミリ島で自動車やバイクの同人活動をしているサークルは数あれど、サイドカーをメインでやっているのはうちら2サークルくらいなものです。
なお、この時に持ち込んだ同人誌は40冊くらいで、閉会30分前には全部売れましたが、本の中身については……あまり聞かないで下さい(笑)。
 
 
イメージ 4
今まで購入したコミックマーケットカタログ。1冊2400円也(現地で買うともうちょっと安い)。
これが無くても会場には入れますが、配置や通路、注意事項等がわからなくなるのでケチらず素直に買った方が身の為です。
分厚いので暇つぶしにはもってこいですが、ズシリと重たいので持ち運びには苦労します。
 
 
イメージ 5
同人界のジャンルや傾向を知るため(?)に1999年以降は毎回欠かさず購入しています。
今まで参加したコミケは……
1999冬
2000夏
2000冬
2001夏
2002夏
2003夏
2003冬
2004夏
2004冬
2005夏
2005冬
2007夏(サークル参加)
2008夏(サークル参加)
2009夏(サークル参加)
…となっています。
あ、それとこの画像には載っていませんが、2005年3月に開催された24時間耐久コミケットスペシャルにも行きました。
いや〜、あのイベントは体力的にも精神的にも過酷だった。

北海道に住んでいるとコミケへ行くには夏よりも冬の方が難易度が高いです。特に新千歳空港は吹雪でしょっちゅう欠航するし、年末はお盆以上にチケットが取りにくいと感じます。地方民は辛い。
 
 
イメージ 6
12年分、25冊もカタログを積むと腰の高さにまでなります。
手垢で黒ずんだり雨水を吸って膨らんだりしていますが、様々な思い出もあるので捨てられません。

お蔵出し写真

HDDとデジカメの画像整理を兼ねて、適当な画像の虫干しです。
 
 
イメージ 1
2007年8月25日  余市漁港 海上自衛隊ミサイル艇基地
この日はとにかく暑かった。
奥に写っている1号型ミサイル艇は既に退役しています。
 
 
イメージ 6
2008年5月28日  石狩湾新港西埠頭チップヤード遠景
 
 
イメージ 7
2008年7月6日  今は無きアウフヴィントで借りて試乗した新車のBMW F800S
エンジンのパワーが凄かった。「これ、勢い余って空を飛ぶんじゃないか?」と感じる程。
 
 
イメージ 9
2008年8月16日 コミックマーケット74 コスプレ広場
この30分ほど後に猛烈などしゃ降りが……。
 
 
イメージ 10
2008年8月15日  ラーメン二郎 高田馬場店
この時に生まれて初めて二郎のラーメンを食べました。あらゆる意味で北海道のラーメンとは別物で、大きな衝撃を受ける。こってりとした醤油スープ、うどん並の極太麺、こぼれんばかりのモヤシ、舌を刺す大量のニンニク。
麺と具は全部食べましたが、ニンニクの刺激が強すぎたのか翌日腹が下りました。
 
 
イメージ 8
2008年9月6日 JR北海道の観光列車 SL夕張応援号(新夕張〜夕張間)
線路脇のあらゆる場所にカメラを構えた人達が大勢いました。
だけどC11は小さいので迫力がちょと……。
 
 
イメージ 11
2009年8月14日  新千歳空港出発搭乗口 まりもっこりの顔ハメ看板
北海道民だけどこのチョイスには度肝を抜かれました。よくANAも許可したなぁ。
 
 
イメージ 12
2010年9月26日  南大夕張体育館そばにひっそりと停めてあった三菱鉱業バス保存会のバス
綺麗にレストアされていました。
 
 
イメージ 13
2010年9月26日  夕張市清水沢清陵町団地
体を横に動かして撮影した偽パノラマ写真。
アパートの空室が多く、大部分は窓に板を貼られて人が住んでいません。
 
 
イメージ 2
2011年6月19日  石狩市古潭漁港
海はベタ凪、内防波堤外側では豆イカがそこそこ釣れていました。
 
 
イメージ 3
2011年6月19日  石狩湾新港中央埠頭 建設中のLNG用大型タンク
 
 
イメージ 4
2011年7月18日  道の駅マオイの丘公園(長沼町)
この時、生まれて初めて目の前で猿回しを見る。
 
 
イメージ 5
2011年7月18日  栗山町にある中華料理店【廬山】のあんかけ焼きそば
味付けはやや甘みの強い醤油味。これでも並盛です。
まだ廬山が夕張市内にあった頃(自分が6歳か7歳)に食べて以来だから25年ぶりか……。
 

事態、なお悪化

未曾有の大災害である、東日本大震災に被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
 

2011年3月17日午後11時現在、東京電力福島第一原子力発電所の放射性物質の拡散及び核燃料の異常加熱は、未だ解決の目処が立っていない状況です。
報道を見る限り、自衛隊の大型ヘリによる水の空中投下や放水車による放水作戦も、高い放射線濃度によって迂闊に近づけず、殆ど効果を上げていないと思われます。
14日くらいまでのテレビニュースでは「注水によって近いうちに終息する」「漏れ出る量もごく微量」という楽観論が支配的だったのですが、今ではそのような夢は完全に吹き飛びました。そして過去40年近く進めてきた日本の原子力行政も完全に息の根を止められることでしょう。これだけの大事故が発生したのに原発誘致を希望する自治体なんて存在しませんから。さらに原子炉の海外販売もまず駄目でしょう。
恐らく今の東電にしてみたら「……どうか、どうにかして水を流しこんで原子炉や燃料を冷ましてくれ…頼む!」と神に祈っている感じではないだろうか。
事故隠しや数値改竄などを長年行い、隠蔽体質によって膿んだ組織は、崩壊する時にも世間に厄災をばら撒く。
 

あまりこういうことは書きたくはないのですが、悲しいぐらいに夕張新鉱でガス突出・爆発事故が発生した時の北炭と状況と似ていますね。最終的な解決方法が『注水』というのも……歴史は繰り返すのか。

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