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◆ 日本、先進国から脱落?…経団連の研究機関予測

 読売新聞 2012年 4月16日(月) 11時38分配信

  経団連の研究機関、21世紀政策研究所(森田富治郎所長)は16日、2050年までの日本と世界50か国・地域の長期経済予測を発表した。

  四つのシナリオに基づいて日本経済の成長率や規模を試算したが、少子高齢化の本格化で日本は30年代以降にマイナス成長に転じ、効果的な成長戦略を実施しなければ先進国から脱落しかねないとの見通しを示した。

  同研究所がまとめた「グローバルJAPAN 2050年シミュレーションと総合戦略」で、日本の人口や貯蓄・投資の動向、生産性の変化を予測して試算した。

  日本の生産性が他の先進国並みを維持する「基準シナリオ」では30年代からマイナス成長となり、41年〜50年の国内総生産(GDP)成長率は平均マイナス0・47%となる。現在世界3位のGDPは4位と、中国と米国の約6分の1の規模となる。1人あたりGDPは世界18位で韓国(14位)に抜かれる。 
 
女性の就業率が北欧並みに高まる「労働力改善シナリオ」でも41年〜50年のGDP成長率はマイナス0・46%となり、31年〜40年は0・17%のマイナス成長になる。

  一方、政府債務の膨張が成長を妨げる「悲観シナリオ」では2010年代にマイナス成長に転じ、41年〜50年はマイナス1・32%に落ち込む。

GDPの規模は世界9位で、中国、米国の約8分の1に縮む。また、生産性が90年〜2010年代と同水準にとどまる「失われた20年が続くシナリオ」では、41年〜50年は0・86%のマイナス成長となる。 

◆ 2050年の日本、先進国脱落の恐れ 「極東の小国」に逆戻りか

 産経新聞  2012年4月16日(月)16時51分配信

  経団連のシンクタンク、21世紀政策研究所(森田富治郎所長)が16日発表した2050年までの日本と世界50カ国・地域の長期経済予測によると、日本は人口減少の進行で2030年以降マイナス成長を続け先進国から脱落する恐れがあることが分かった。 

 同研究所は山積する諸課題に積極的に取り組み、効果的な成長戦略を講じるべきだと警鐘を鳴らしている。
 
予測は2050年までの日本の人口や貯蓄・投資の動向、生産性の変化を試算。世界人口は現在の70億人から90億人に増えるが、日本は世界最速で少子高齢化が進み、総人口が1億人を割り込み、65歳以上が約4割を占め、労働力人口は約4400万人に減るとした。 

 貯蓄や投資も鈍化し、生産性が他の先進国並みを維持する「基本シナリオ」では30年代からマイナス成長に転じ、2050年には現在世界3位のGDP(国内総生産)が4位に落ち、中国と米国の約6分の1の規模になり、1人あたりのGDPも世界18位と韓国(14位)に抜かれる。 

 成長率が最も下振れする「悲観シナリオ」では、マイナス成長は2010年代に始まり、GDP規模は世界9位と中国、米国の約8分の1に縮小。経済大国から脱落し「極東の一小国」に逆戻りする可能性があるとしている。  

予測は昨年1月から産官学の有識者約50人にヒアリングし、国内外で現地調査を実施してとりまとめた。
2012年1月5日 ダイヤモンドオンライン〜2012年の論点を読む

今度は“2000年に1度”の大津波が西日本を襲う!?
30〜40年以内に必ず来る「3つの巨大地震」の正体
――東海大学地震予知研究センター・長尾年恭教授

2011年は3月11日に発生した東日本大震災によって、日本中が大地震&巨大津波の恐怖に震えた年だった。2012年以降も引き続き大地震の発生が懸念されるが、そんななか東海大学海洋研究所・地震予知研究センター長の長尾年恭教授は、「これから30〜40年の間に、“3つの大地震”が日本を襲う」と警戒を呼びかける。では、その“3つの大地震”は一体どこで起き、どのような被害を及ぼすのだろうか。2012年もまだまだ油断できない大地震の正体について長尾教授に詳しく聞いた。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン 林恭子)

◆ 3.11後、日本列島は“地震多発時代”へ突入
西日本では「2000年に1度の巨大地震」発生か

――東日本一帯に甚大な被害をもたらした東日本大震災。日本観測史上、最大の規模となったこの地震の発生によって、日本列島にはどのような影響が起きたか。

現在、2つの影響が及んでいると考えられる。

 まず、3.11の地震によって東日本が東方へと約5メートル動き、地殻変動が起きている点だ。地球の表面は繋がっているにもかかわらず、一部分だけが移動すれば、他の部分に無理な力がかかってしまう。したがって、3.11のときに破壊されなかった領域にはより大きな力が加わってしまい、岩盤が不安定な状況にあるといえる。

 もう1つは、日本列島全体が大きな地震の活動期に入った点だ。地震活動は50〜100年位で周期的に静穏期と活動期がくりかえすが、その周期に突入した。また、最近の研究では今回の東北沖地震は1000年に1回、あるいは500年に1回ではないかと言われているように、長期的な周期も存在するようだ。そんななかで明らかになったのが、西日本で1800〜2000年に1度発生するという巨大地震の発生だ。

 そもそも西日本では、8世紀にまとめられた古事記や日本書紀などの古文書の存在によって、今から1500年位前までに起きた地震の存在はすでに明らかになっていた。ところが3.11後に詳細な調査が行われ、静岡平野や高知平野、浜名湖などの様々な場所で、1800〜2000年前に超巨大地震が起きていたことが新たに発覚。実際、西日本では過去7000〜8000年の間で4回の巨大地震が発生したと考えられる。

 その規模は、これまで我々が史上最大と言ってきた1707年の宝永地震を上回っていると見られる。なんと、宝永地震では高知平野における津波の堆積物は15センチメートルだったにもかかわらず、その下から60センチメートルの堆積物が発掘されたからだ。要するに、1800〜2000年前に中部地方から関西、四国、九州の沖合すべてを飲み込む3.11以上に大きな地震が起きており、1000年に1回の東日本の地震が発生した今、西日本を2000年に1度の巨大地震が襲う可能性は非常に大きい。

――もともと西日本では、東海・東南海・南海地震の発生が警戒されていたが、2000年に1度というこの巨大地震との関係性は?

 東海・東南海・南海地震と発生場所は同じだが、今回懸念されている西日本の巨大地震はその倍以上の規模になるうえ、九州や沖縄まで同時に発生する。そして、3.11と同様、太平洋の沖合でプレート境界が一度に壊れることで、太平洋側にはどこでも15〜20メートルの津波が押し寄せることになるだろう。

 発生時期については、これから30〜40年、長くても50年以内と見ている。実際、9世紀にはおよそ50年の間に、869年に東北地方で起きた貞観地震をはじめ、西日本や現在の首都圏直下地震、さらに伊豆諸島の神津島は大噴火し、富士山の貞観大噴火も起きた。これからの数十年間も1100年前と同様な事態が発生する可能性が極めて高く、日本列島が大動乱の時代に突入することは間違いない。

◆ 房総半島沖、首都直下、西日本全域…
日本列島を襲う“3つの巨大地震”とは

――では、日本が地震活動期に入った今、我々はどんな地震に注意しなければならないのか。

 これから懸念しなければならないのは、房総半島沖(東日本)、首都直下型、西日本の巨大地震である。

 緊迫した状況にあるのはすべてで、これらの地震は必ず発生する。それはいわば「人は必ず死ぬ」ことと同義であり、非常に残念ではあるが、地球が生きている以上、巨大地震を避けることはできない。また現在の科学技術では、いつ起きるかはわからないのが現実だ。人間も血圧や心電図をずっと測っていれば、その直前には死期もわかるが、健康な人がいつ死ぬかは分からないことと同じである。

 では、それぞれの地震はどれほどの規模で、どのような被害をもたらすのか。まず、東日本の地震については、房総半島沖に3.11の地震で割れ残った断層があり、現在、いつ破壊してもおかしくない状況だ。考えられる規模はマグニチュード8クラスで、横綱級の巨大地震になり、房総半島や九十九里に大きな津波が襲うことが懸念される。一方、首都圏については、震度は5強〜6程度で、古い家や液状化の影響をのぞけば、非常に頑丈である日本の建物に大規模な倒壊の危険はないだろう。また、東京湾に津波が入り込んだとしても、2〜3メートルほどだと考えられる。

 先程からお話をしている西日本の巨大地震は、最大級だった3.11より大きな津波に襲われる可能性もあるとは考えられない。ただ、マグニチュードは最大9〜9.5になると考えられ、10には達しないことからも最大15〜20メートルの津波になるだろう。特にリアス式海岸では注意が必要である。岩手県釜石などで40〜50メートルほどに達した場所もあるように、西日本では伊勢志摩や英虞湾に地形上の問題で50メートルほどの津波が襲う危険性もあるからだ。

 首都直下型地震については、東京都は今のところ、1855年に起きた東京湾北部(江戸川区など)を震源とする安政江戸地震を想定している。ただし、あくまで想定であって、実際にはどこで起こるかはわからないため、広範囲で警戒が必要だ。過去の事例にとらわれた想定には、必ず限界が訪れる。人間の地震に関する知識、特に器械によるデータがあるのはたかだか200年ほどのものであり、地球の営みに比べればごく一部。我々が十分に理解できていないことを忘れてはいけないだろう。

◆ 首都圏の地震は深刻な「経済災害」につながる

――3.11の地震発生直後、首都圏は交通マヒや企業活動の停滞などに陥り、混乱は著しいものだった。もし、首都直下型地震や房総沖地震が起きれば、首都圏はどのような状況に陥るか。

 房総半島沖や首都直下型の地震が起これば甚大な被害が想定されるが、同時に懸念されるのが一極集中している首都機能の麻痺だ。建物が頑丈である日本にとって、もはや地震災害ではなく経済災害となる可能性が高く、世界中で株価が大暴落し、世界恐慌の引き金にさえなりかねない。

 昔とは異なり、グローバル経済が進行するいま、東京で巨大地震が起きれば、日本企業の株価は下がり、東京に集中する本社機能が麻痺する。そうすると、それを機会に日本の地位を虎視眈々と狙う人々も少なくないはずだ。

――では日本企業が今後、そうした事態を防ぐためにどのように事業継続計画(BCP)や危機管理を行っていくべきか。

 今、日本企業が導入しているBCPの多くはアメリカ型で、自分さえよければいいという面さえある。しかし、新潟県のある鉄工所では、新潟県中越地震が発生後も自社に被害がなかったために、地震翌日から営業を再開したところ、「周りは家が壊れて大変なのに、自分たちだけ仕事をしてけしからん!」と非難を受け、後に潰れてしまったという。したがって、日本では自社だけが防災対策を行って生き残ることができるBCPでは十分ではなく、地域の住民と一緒に回復する“日本型BCP”が望ましい。

 また、危機管理に関しては、首都圏直下型地震と西日本の地震が起きれば、東京と大阪、あるいは東京と名古屋に本社にあっても意味はなく、地震対策という観点から本社の場所は東京と札幌、あるいは大阪と仙台など、場所を離す必要がある。そして、本社機能のバックアップを海外に残すことも重要である。これから企業にとってリスクヘッジが重要になる中で、どの地域までが同時に被害を受ける可能性があるのか、地震リスクも含めて考慮しなければならない。

◆ これから50〜60年は激動の時代へ
限られた経済力でどう地震被害を食い止めるか

――これから数十年間、地震活動期に入るなかで、我々はどのように人的被害を最小限に食い止めればよいのか。

 まず、西日本で地震が起きれば、太平洋ベルト地帯の神奈川、静岡、愛知を含むため、東北とは圧倒的に人口密度が異なり、人的被害は3.11以上に深刻になる恐れがある。しかし、太平洋側すべてに15メートルの防潮堤を築くなどといった対策は、現在の経済力では不可能であり、景観的にも許されない。すると、大地震で人命を救うには逃げるしか方法がないため、ソフト面での防災対策が重要になる。

 その対策の1つが、水平避難ではなく、垂直避難ができる状況をつくることだ。先程から述べているように、日本の建物はとても頑丈で地震によって壊れるとは考えづらい。したがって、垂直的に逃げられるような場所をこれから整備していただきたいと思う。

 また、生活の場と仕事の場を分離させることも重要なポイントである。東北地方は、明治、昭和にも大津波が襲うなど、50〜100年に1度は津波が発生し、毎回多くの方が被害を受けて亡くなっている。しかし、地震直後は海岸線から生活の場を離れるものの、仕事上の利点から結局海岸線に戻ってきてしまう傾向があった。もちろん昔は利便性から海岸近くに住まざるを得なかったと思われるが、車を誰もが持っている今は仕事場が海岸であっても、自宅は高台、というようにぜひ棲み分けを徹底していただきたい。

 地震からの復旧にとって最も不幸でハードルになるのは、人の死である。もし死者が1人もなく、町が破壊されただけならば、お金さえあればまた立ち上がることができるはずだ。

 第二次世界大戦後の昭和20年頃から高度経済成長期の日本は、地震学的に非常に静かな時代が続いていた。しかし、これからの50〜60年は激動の時代になる。それは地球が生きている限り仕方がないことであり、それによって日本は火山や温泉のある風光明媚な国になっている。もはや共生しか道はなく、人命最優先の街づくりを行うより他ない。

 ただし、金銭面で大きな懸念があるのも間違いない。関東大震災発生時は国家予算の約3年分が失われたが、その後の右肩上がりの経済成長によって吸収することができた。一方で、経済成長が鈍化し、多額の借金を抱える現在の日本を今後50年間に連続して巨大地震が襲ったらどうだろうか。そうなれば、日本経済が復興に耐えられるかどうか。不安は非常に大きい。


ながお・としやす/東海大学教授,東海大学海洋研究所・地震予知研究センター長。理学博士。1987年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。大学院在学中に第22次日本南極地域観測隊・越冬隊に参加、昭和基地で越冬。重力、地殻変動、地殻熱流量観測等に従事。1988年6月より金沢大学理学部助手、1995年12月より東海大学海洋学部助教授。この間1991年11月より1年間、地震予知研究のためアテネ大学物理学部へ留学。専門は固体地球物理学、地震電磁気学、地球熱学。
検証!なぜ人は46歳が一番不幸なのか

プレジデント 2011年3.21号

日本人の自殺率は先進国の中では最高……
人はなにをもって「幸福」だと感じるのか――。

マネックス・ユニバーシティ代表取締役社長 内藤 忍=文

◇ 自分はこのままでいいのだろうか

人はなにをもって「幸福」だと感じるのか――。これまでの経済学では、金銭的に豊かになれば人生の満足度も高くなると考えられてきました。

しかしここ数年、経済的に豊かだからといって幸せになれるかというと、そうではないことが世界的に言われ始めています。よく知られたところでは、ブータンは以前からGNPならぬGNH(グロス・ナショナル・ハピネス=国民総幸福量)の概念を掲げて、物質的な豊かさよりも精神的な幸福感を高める政策を進めていますし、昨年はイギリスのキャメロン首相が、国民の幸福度調査を行うと発表しました。

そのような折、イギリスの経済誌「The Economist」で興味深い記事を見つけました。人間の幸福度は年齢に相関するという内容です。あるアメリカでの調査で自分の幸福度を自己評価してもらったところ、平均で46歳のときが一番不幸だと感じるという結果が出たというのです。

20代、30代と年齢を重ねるにつれ幸福感は薄れ、40代半ばで底を打ち、その後は緩やかに回復する。これはアメリカだけではなく、世界的に共通する傾向のようです。

じつは、私も現在その46歳です。自分では年齢とともに不幸になっている感覚はありませんが、内容が興味深かったのでブログに書いたところ、かなりの反響がありました。銀行時代の同期からは、「40代に入ってからは子どもの受験や住宅ローン返済、仕事でもサブプライム問題後の深刻な時期が重なり、大変だった」と共感する旨のメールが届きました。40代半ばが幸福感のボトムだという感覚は、私の周りでも実感としてあるようです。

なぜ46歳がいちばん不幸に感じるのか。この年代はいろんな大変な現実に直面する時期なのかもしれません。家庭内でのトラブルがあったり、健康面でも生活習慣病や老眼といった不安が出てくる。

家庭や健康面だけではありません。仕事では先が見えてきて、取締役に昇進していく人と子会社に出向する人、転職でキャリアアップを図れる人とそうでない人の二極化が始まる時期でもあります。

◇ GDPが高いのに自殺率も高い

この二極化は、終身雇用制や年功序列が完全に崩壊してからますます顕著になりました。高度経済成長期はどんな人でも上昇のトレンドに乗ることができたので、最初は給料が低くても、年齢が上がれば給料も上がることを期待して、さまざまなことを我慢しつつ働いてきたものです。

しかし、90年代以降に日本のGDPの成長が止まってからは、誰かの収入が上がれば他の誰かの収入は下がることは必然で、皆が横並びの状態ではいられなくなりました。これまでの滅私奉公の元を取ろうと思った矢先に、はしごを外されたと感じるのも無理はありません。

ここで問題なのは、諸外国では46歳を境に幸福感が増していくのに、日本ではそのようなU字回復が見られないことです。こうした日本独特の傾向は、経済的豊かさと自殺率の関係においても見られます。一人あたりのGDPが高いほど自殺率が低下するのが世界的な傾向ですが、日本では一人あたりのGDPが高いにもかかわらず、自殺率も高くなっています。

私が思うに、諸外国でU字回復が見られるのは、40代半ばでさまざまな現実に直面した後、柔軟な思考によってその現実を受け入れられるようになるからではないでしょうか。つまり、自分の夢に現実が追いつかない20代、30代は幸福度が下がっていくものの、ある時点で目標に変化が生じ、現実と理想のギャップを埋めていくことができる。この価値観の転換点が40代半ばなのではないかと思うのです。

これに対して、日本では価値観の転換がうまくなされていないように感じます。日本で40代半ばといえばバブル世代ですが、いまだに右肩上がりの感覚や生活習慣を忘れられない人は多いようです。「自分はこのままでいいのだろうか」という漠然とした不安を感じながらも、何をどう変えればいいのかわからないから問題を先送り。これが、年齢とともに幸福度が下がり続ける理由なのではないでしょうか。

◇ お金の使い方と人生の戦略は同じ

それでは、こうした不幸スパイラルから抜け出すにはどうすればいいのか。まずは「人生の棚卸し」と「人生設計」から始めるといいでしょう。そのためには、「35歳くらいで郊外に一戸建てを買う」とか、「老後は田舎に引っ越して蕎麦を打つ」といったマスコミによってつくられたステレオタイプな考え方から脱却しなければいけません。横並びの思考停止状態では不幸になるばかりです。そもそもバブル世代の人たちは、人生設計をしたことのない人がほとんどでしょう。将来に対する不安を感じているなら、何が問題なのかを明らかにすることで、どうすれば幸せになれるのかという目標設定ができるはずです。

これはお金の使い方についても同じです。円の定期預金が一番安全だと思い込んでいる人は多いようですが、定期預金にして、生命保険に入って、年金もちゃんと支払っていれば将来は万全なのでしょうか。それは大いに疑問です。預金や保険、年金として預けられたお金は、多かれ少なかれ国債で運用されていることを考えると、結果的に国債に投資しているのと同じです。日本の財政赤字が世界的な問題になっており、国債の格付けも引き下げられました。何も考えずにお金を一カ所に集中させるのは危険です。急に何が起こるかわからない世の中だからこそ、分散投資するなどの戦略をもってお金を運用していく必要があるのではないでしょうか。

幸福とは、どのような状態のときに感じるものなのでしょうか。私は「自分が好きなことができる選択肢があること」だと思っています。

先日、友人と飲んでいて、一度も転職せずに安泰な会社勤めをしてきた人と、転職した人とではどちらが幸せだろうという話になりました。転職組には波瀾万丈な人生を生きている人もいますが、自分で行動を起こして挑戦したという点においては、何となく同じ会社で20年を過ごして現在に至った人よりも幸せな人が多いのではないか、という結論に達しました。

これからは一人ひとりが自分の人生戦略を持つべきです。46歳といっても、まだ先は長い。これから30年、40年という時間が残っています。誰のものでもない自分の人生。年を重ねるごとに自分流の幸せを実現したいものです。

〜 内藤 忍
マネックス・ユニバーシティ代表取締役社長

1964年生まれ。東京大学経済学部卒。住友信託銀行等を経て、マネックス(現マネックス証券)へ。2005年より現職。最新刊に『内藤忍 お金の話をしませんか?』。

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「派遣業界問題」はいつの間に埋もれてしまったか さらに深刻化する派遣社員の厳しい現実と今後の課題

ダイヤモンド・オンライン 2011年9月29日(木)8時29分配信

 リーマンショック後の”派遣切り”がマスコミに取り沙汰され、大きな社会問題になったことを、ご記憶の方も多いだろう。しかし、その後の国政の混乱と衆参ねじれ国会などの余波を受け、いつの間にか「派遣業界問題」は埋もれてしまった感がある。

 派遣社員の実態は、現状どのようになっているのか? 改めて調べてみた。やはりと言うべきか、派遣労働ネットワークが行なっている「派遣スタッフアンケート2011年度ダイジェスト版」の中身を見ると、派遣社員の待遇は全く改善されていないことがよくわかる。

 まず、派遣社員の平均時給額だが、2008年の調査では1508.6円であったのに対して、2011年の調査では1504.5円と、下落が止まらない。これは首都圏を中心とした回答だが、全国的に見ると1310.6円とさらに200円ほど低くなる。派遣社員の生活が非常に苦しいことは変わらないどころか、ますます拍車がかかっているようだ。

 アンケート結果の詳細を見ても、7割近くの派遣社員が「今の仕事の収入では生活が苦しい」と回答している。中には、「年金、健康保険料が払えない」「食費を切り詰めている」など、娯楽はおろか最低限必要なものまで節約しなければ生活できないという訴えも見受けられる。

「税込み年収額が200万円」などという話は、今や地方では珍しくない。確かにこれでは、節約生活を余儀なくされるばかりか、働く希望や意欲さえ持てなくなる。ましてや、結婚をして子どもを作ろうとしてもなかなか難しいだろう。

 実際に、現在派遣社員として働いている人に話を聞くことができた。厳しいのは、給与面だけではないそうだ。正社員でないため、派遣先の福利厚生面でも待遇が悪いという。私用休暇はもちろん、体調不良で休もうものなら「明日から出社しなくてもよいからね」と言われてしまう場合さえあるというから驚きだ。しかし、そんなことは当たり前だという。

 今時、「正社員だから安心」という時代ではない。早期退職制度という名の下に、いわゆる「肩たたき」が行なわれている企業も珍しくない。しかし、安い給与と簡単に解雇されるリスクに耐えながら、日々汗して働いている派遣社員からすれば、正社員という肩書きはやはり魅力的なのだ。

 東日本大震災の際も、真っ先に解雇されたのは言うまでもなく派遣社員だった。「切りやすいところから切る」という企業もあれば、「改正労働者派遣法案を国会で通過させるな」と明言する企業すらあるという。会社自体がなくなり、仕事がないのだから、そういった発言は止むを得ない部分もあるのかもしれない。

 東日本大震災の復興に向けた増税も検討されているが、国会にすら出席しない議員に対して、「明日から来なくてもよいですからね」と派遣社員のように“肩たたき”ができるだけで、どれだけ減税できるのか……。そんなことをふと考えてしまう。

 それくらいのことをしなければ、派遣社員の痛みは国会議員には伝わらないだろう。早急に派遣法案を国会で通過させ、法的に派遣社員と正社員の格差を埋めなければならない。

 立場によって意見は分かれているものの、現行の派遣法案が、社会全体の景気回復を妨げている一因となっているのではないかと思っているのは、筆者だけではないはずだ。未来ある子どもたちが現状の社会情勢を見て、悲観した将来観を抱くのは当たり前だ。派遣社員の状況を見るにつけ、「子どもたちが期待を持てるような世の中にしてあげなければならない」と、切に感じる。

(木村明夫)
仕事観、人生観……震災は人をどう変えたか

プレジデント 2011年9月28日(水)10時30分配信

 東日本大震災を契機に、多くの日本人が自らの働き方を見つめ直し始めた。アンケートの結果を基に、どのような価値観が重視され始めたのか、震災後の労働観の変化を考察する。

◆ 7割が家族との時間を重視し始める

 東日本大震災後実施されたアンケート調査で、多くの人の仕事観や働くうえで求めるものに変化が起こっていることを示唆する結果が出ている。私が見つけられる限りで最も大規模なのは、アクサ生命保険が、震災3カ月後に行った20〜50代までの生活者約1万人を対象に行った調査であり、ここでは大きく3つのパターンが観察されている。

 第一が、安心・安全など、エイブラハム・マズローの言葉を使えば“低次元”の欲求だとされる要因の重要性が認識されたことである。例えば、自分や家族の将来に不安を感じると答えた人が70%を超えており、さらに日本という国についての不安を感じる人はさらに多く、約80%である。また、その逆の動きとして、自分のことは自分で守るしかないという自分頼みの傾向が観察されている。
 大震災は、多くの人にこれまで盤石だと思っていた身の回りの安全が脅かされる可能性を認識させたのであり、その意味でマズローの言う欲求段階の回帰(高次元の欲求から低次元への移動)が瞬間的に起こったのだろう。実際、これ以降行われた調査を見ると、安全・安心欲求への回帰はあまり目立っていない。

 これに対して、アクサ調査で見ることができ、その後の調査でも観察される第二の変化に、社内での評価や処遇への関心の低下と、「家族・家庭」への強い志向がある。例えば、アクサ調査で震災前と後の変化を尋ねたところ、働くうえで高収入が重要だと答えた人が10%以上減少し、社内での出世や昇進などを重要視する割合も5%程度減少している。逆に増加しているので目立つのが、家族の近くで働ける仕事の重要性である。数字としては5%程度の増加ではあるが目立っている。

 他の調査でも同様である。転職支援会社ビズリーチが、同社に登録している会員約1300人を対象に行った調査では、震災後に「ワークライフバランスを考え、家族とのプライベートな時間も大切にするようになった」と答えた回答者が65%もいるのである。明らかに仕事で重視する要素として、「家族のためになる」、または「家族と一緒にいることができる」という点が強調されているのである。
 本誌が行った調査でも、震災後、家族と過ごす時間が増えたと答えた回答者(既婚者のみ)は69%である。企業の節電対応のなかで必然的に家族と過ごす時間が増えた人もいるだろうが、多くの人が、震災後、家族との時間を重視するようになった可能性がある。

◆ 社会貢献への意識が2倍以上増加

 そして第三の傾向が、仕事の内容に関して、他人や社会への貢献や自己実現といったやや青臭い要素が重視されるようになったことである。この点は、先にも述べた高収入や昇進・出世などへの関心の低下と際立ったコントラストを見せている。どの調査を見てもほぼ同様に、仕事の社会的意義や社会的貢献、または自己実現が強調されているのである。
 例えば、JTBモチベーションズが大震災から2カ月後の5月中旬に約1000人を対象に行った調査では、「社会に貢献する仕事をしていきたい」という回答が2010年12月の調査に比較して2倍以上に増えており(11.8%→27.4%)、また役職が高いほどこうした意識は強い(部長クラスで37.8%)。

 同様の結果は、本誌調査でも強く見られ、1年ほど前の調査に比較して、モチベーションの源泉として「社会や他人への貢献」を挙げる割合がほぼ2.6倍増、「仕事自体のおもしろさ」を挙げる人がほぼ1.5倍増である。本誌調査は、他の調査に比べて時期が新しいので、こうした傾向が比較的持続していることがわかる。
 いうなれば、仕事観や働き方についての考え方は、震災直後大きく安全・安心にふれたがその後その傾向は弱まり、そのなかで家族や家庭志向、そして社会貢献志向、社会に役に立つことによる自己実現が強いまま維持されたということかもしれない。仕事観のなかで新しく重要になってきたキーワードは、家庭・家族、他人や社会への貢献、自己実現などだろう。

 ここに示したような傾向がどこまで維持されるかは、時間がたたないとわからない。だがひとつ言えることは、今回の大震災直後、多くの日本人が、自分たちの働き方について少なからず疑問をもち、「何のために働いているのか」を問いかける瞬間を経験したのは恐らく間違いない。自らの働く意味についての小さな問いが生まれた、という言い方でもいいのかもしれない。
 いうなれば、これまで多くの人が何を求めて働くのかをきちんと考えることなく、なんとなく会社と仕事を選び、会社に入ってからは企業が提供する昇進や処遇を、自らの目標だと定めて職業生活を過ごしてきたのが、今回の震災はそうした選択で前提としていた大切なものを疑わせる結果となったのだろう。

 またはこれまで薄々感じていた自分のなかの仕事観の変化が一挙に顕在化したのかもしれない。ここしばらくワークライフバランス議論などを通じて、仕事生活における家庭や家族の重要性が指摘され、また社会的貢献の意義などについても強調される環境で、一人ひとりに少しずつ染み込んでいたものが、大震災で一挙に現実感を帯びたのである。
 やはり、仕事はカネのためにやるのでは意味がなく、家族のためや、社会に貢献するためにやるのであった……。少しずつ蓄積されていた変化が一挙に凝固したのかもしれない。

 ちなみに、内閣府の世論調査によると、「何か社会のために役立ちたいと思っている」と答えた人の割合は、1990年代以降に急上昇している。80年代は軒並み4割程度だった社会貢献意識が、91年のバブル崩壊後に63.9%まで上がった。
 その後は、08年まで60%台後半を維持し、10年には65.2%と若干低下したものの、全体的には高い傾向が続いている。社会貢献欲求の高まりにも予兆があったのだ。
 実はこのほうが現実的な解釈かもしれないとも思う。私の想像だが、恐らく70年代あたりの高度成長期にこの大震災が起こっていたら、今回多くのデータで示された、深く心の内側を見つめあうような変化は見られなかったかもしれない。
 落胆か反発か、いずれにしても、もう少し震災に対するストレートな反応が見られた気がする。その意味で日本の社会のゆっくりとした、でも大きな変化と連動した動きなのかもしれない。

 ただ、考えてみると「自己実現」という極めて個人的な欲求と「社会貢献」という社会性を帯びた欲求が同居しているのは不思議な感覚でもある。また家庭・家族回帰と人のために役に立つ仕事をしたい、という2つも場面によっては矛盾があるだろう。家族・家庭という極めて個人的な場を守るという考え方と、社会に対して役に立つことが相反する状況はいくらでも考えられるからだ。

◆ ワークライフバランスへの取り組みが企業の課題

 恐らく、現実は、多くの人のマインドのなかで、自分の仕事の社会的意味を問い直し、社会的貢献を通じて自己実現をしたいという欲求が芽生えたのであろう。社会に役に立つことを通じての自己実現という感覚だろうか。でも、この両者は少し考えると矛盾する要素を含むものであり、両者の間に折り合いをつけるにはかなり高度なレベルでの思慮と覚悟が必要なはずだが、それを抜きにして、安易に社会貢献による自己実現が可能だと考えてしまうことに危うさが潜んでいる気がする。
 そこには大震災の前から議論されている「自分に合った仕事」が与えられなかったから早期に退職する若者たちと同様の構造が隠れていないか。

「自分に合った仕事」も「人の役に立つ仕事」も、それが自己実現につながるためには、それなりの投資が必要で、押しつぶされそうになる「自分に合ってない感覚」や「人の役に立ってない感覚」を乗り越えないと獲得できないものなのだ。
 また、家族・家庭を大切にするということも、単純に家族と一緒にいる時間を多くすればいいということではない。過度に走った感は否めないが、高度成長期の猛烈サラリーマンは、家族と過ごす時間は少なかったけど、家族・家庭を守るという「心のなかのワークライフバランス」を重視していた人が多かった。

 今回の震災は、ある意味では働き方を見直し、また生き方を再考するいいきっかけである。働き方の選択には、「仕事をするうえで何を大切にするか」という選択と、「それをどう実現していくか」という2点があり、大切にするものの選択は、必ずしもそのまま実現の方法と同じではない。両方の選択が揃ってはじめて働き方の選択になる。大震災がゆさぶりをかけたのは、「大切にするもの」のほうなのであろう。
 これまで自分が大切だったと思っていたものが、案外もろいものだと知り、本当に自分が何のために働いているのかを知りたくなった。そのなかで、震災前からの社会的なトレンドと一致したのが、家族であり、社会貢献だったのかもしれない。

 ただ、それをどう実現していくかについての思考はあまり進んでいない気がする。キャリア形成において言われるように、何を大切にするか(キャリア論の世界では、例えばキャリアアンカーと呼ばれるもの)の選択と、それを実現するための実現戦略とが両方必要なのである。
 後者がないと、時間がたつにつれて、企業が達成への道筋をある程度提示する目標(昇進や高収入)を自分の目標として受け入れ、そこに邁進するようになる。またはそうでなければ夢のような“適職”を求めて、転職の迷路をさまようことになる。
 仕事を通じた自己実現のためには、そのための戦略が必要なのだという単純な事実である。せっかく節電対応で家にいる時間も多くなったのだから、仕事で大切にしたいものとその実現の仕方をもう一度考えてみよう。また企業のほうもこれに対応する必要がある。働く人はそれでも社会への貢献感や家族を守ることを求めているからである。また、前記JTB調査によると震災後の企業対応の評価が、働く人のモチベーションに影響があるという結果も出ている。

 家族との時間については、一層のワークライフバランス・ニーズへの対応が必要だろう。例えば在宅勤務の進展なども大切で、情報技術の発展によって、生産性を落とさず工夫できる余地が大きくなり、現実的になってきた。
 でも、本当に重要なのは、ワークライフバランスといっても、家族と一緒にいる時間の提供だけではないということだ。本当に必要なのは、家族が安心して暮らせる基盤を確保するためにどこまで企業が支援できるかであろう。
 また、社会貢献については、単純なボランティア休暇などだけではなく、企業のビジネス自体がどのような形で社会に貢献しており、またその程度を高めていくためにはどうすればよいのかを社員と共有することだろう。
 企業の本来の仕事は経済活動である。本来の業務活動を通じて社会に貢献する姿を働く人に見せ、その動きに従業員を組み込む。実際、大震災後、それができている企業では活き活き働いている人が多かった。それが仕事を通じた社会貢献を願う従業員が最も求めることかもしれない。


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一橋大学大学院商学研究科教授
守島基博=文

平良 徹=図版作成

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