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			<title>たった一人の世論</title>
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			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>たった一人の世論</title>
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			<title>イラン空爆の雲行き</title>
			<description>　調査報道の第一人者で米軍によるイラク人捕虜虐待の実態を素っ破抜いたセイモラー・ハーシュ氏は、このほど「ニューヨーカー・マガジン」誌を通じて「イランの地下核施設に対し米軍が空爆を強行する可能性がる」ことを示唆した。同氏によえばイランのアフマディネジャド大統領を「新しいヒトラー」に見立てて危険視するブッシュ政権は、テヘラン南方320キロのナタンツにある地下核施設に対するＢ６１－１１型地下壕爆砕戦術核兵器による攻撃を検討しているという。&lt;br /&gt;
　これまでもイランの核研究･開発は平和利用に限定されているとの触れ込みだが、欧米の情報機関は「イランが核兵器開発に着手することは間違いない」との見方で一致しているという。もっとも、英国はじめ欧州勢は武力行使には反対で、平和的解決手段に徹することを主張している。また、米国内においても戦術核兵器の使用については抵抗感が強く、ペンタゴン（国防総省）内にも意見の対立があるようだ。ただ一方においてはイランの地下核施設はきわめて頑強な構造になっており、通常のバンカー・バスター（地下壕破壊弾）では歯が立たないとの見方もあって、攻撃するなら戦術核弾頭を装備したバンカー・バスターを使用するほかないとの意見が、関係者の間では根強く残っている模様。それに戦術核兵器の実用効果を確かめたいとする少数派グループもいるらしく、今後のアフマディネジャド大統領の言動しだいでは空爆を誘うことになるかもしれない。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/goforbroke1929/31408504.html</link>
			<pubDate>Mon, 10 Apr 2006 20:28:43 +0900</pubDate>
			<category>中東情勢</category>
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			<title>武士道のＤＮＡ</title>
			<description>　偽装、偽計、偽証にかかわる事件が続出、例によってマスコミが必要以上に騒ぎ立てている今日この頃、ふと私は武士道について考えてみた。小学校に入って間もなく父を失った私の幼い日の記憶には、意味もわからずに暗証した父の口癖が刻まれていた。「武士は食わねど高楊枝」と「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」である。武士は貧しくて食事ができなくても、悠々と楊枝を使って空腹を人に見せないというのが前者の意味で，要は清貧に甘んじることや気位を高く保つことの大切さを説いているのだが、裏返せば「痩せ我慢」あるいは「見栄っ張り」に通ずる。が、時には痩せ我慢すること、あるいは見栄を張ることも必要であること、そうした精神的突っ張りで自尊心を保つことの重要性を私が悟ったのは三十歳を過ぎた頃であった。また、燕や雀のような小鳥（小人物）には、大きな鳥(大人物）の心は判らないを意味する後者は、その意味するところよりも語呂のよさが快くて諳んじていた。&lt;br /&gt;
　さらに勇気とは正しいことをすること、不正を働かぬこと、卑怯な振舞いを恥ずることが武士道だとの印象がいつの間にか心に刷り込まれていた。新渡戸稲造博士が自著｢武士道」で述べられているように、士族に限らず日本人全員の道徳の根底に武士道は受け継がれ、いささか希薄にはなってもそのＤＮＡはいまも私たち日本人の体内に息吹いているはずだ。&lt;br /&gt;
　マスメディアでは多くの論者が、いまにも日本が駄目になりそうことを警告しているが、マスコミのせいで妙な連中や現象が目立っているだけで、まだ日本及び日本人には健全な部分は多いはずである。ちなみに新渡戸博士の「武士道」にも「私たち日本人にとっては、１８７１年の廃藩置県の詔勅が武士道の弔鐘となるべき合図であった―中略ーそして詭弁家、金儲け主義者、計算高い連中の新時代に入った」と、すでに一世紀前に現在同様の不逞の輩は暗躍していたわけで、いまさら大騒ぎするほどのことでもない。それより受け継いできた｢武士道のDNA」に磨きをかけるよう、私たち日本人は心がけるべきだろう。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/goforbroke1929/23575185.html</link>
			<pubDate>Wed, 25 Jan 2006 15:22:09 +0900</pubDate>
			<category>倫理学</category>
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			<title>皇室問題の真実</title>
			<description>　皇室問題がクローズアップされ、国民の関心を高めているのは結構なことだと思う。いうまでもなく日本を国民国家として統合している権威的象徴が万世一系の天皇であり、その伝統を護るのは当然のことである。ところが、いまひとつ天皇の必要性と重要性が分からぬという声もある。その答は理屈で説明できるものではなく、単純な真実に秘められていると考えたほうがいいのではなかろうか。その真実とは、天皇及び天皇制とはわれわれ日本人のアイデンティティに他ならない、と私は考えている。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/goforbroke1929/22915949.html</link>
			<pubDate>Wed, 18 Jan 2006 21:39:50 +0900</pubDate>
			<category>祭りと伝統</category>
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			<title>たった一人の世論</title>
			<description>いつものように“ゆく年くる年”を観て、除夜の鐘の音を聴きながら新年を迎えた。そして、いつものように日本各地の神社仏閣の静謐な佇まいに感無量となり、まだまだ日本は大丈夫と直観して胸を撫で下ろす。何が大丈夫なのかというと、新年の迎え方が象徴しているように、私たちの身の回りにはまだたっぷりと「日本らしさ」が残っているということである。&lt;br /&gt;
　昨年も嫌というほど気が滅入る事件が頻発し、識者の多くが日本人の公徳心の衰えを嘆いてみせた。確かにそうした一面はあるものの、絶対多数の日本人が公徳心を失ってしまったわけではない。マスメディアの無責任な集中報道が必要以上に世相のマイナス面を誇張するせいで悲観的になりがちだが、実際には心温まる人間の触れ合いや善行の数々が日本中で散見できるはずである。&lt;br /&gt;
　これまで何度か滅亡の危機に陥りながらも、日本が不死鳥のように甦ったことは歴史が実証している。そうした蘇生の原動力になったのは、他でもない日本の強い国民的復元力である。いざというときには国民一人一人の自覚、知恵、勇気、決断が自然発生し、共鳴して復元力を生み出し“日本丸”の転覆を防いできたのである。今年は、日本人にとってさまざまな意味で「自覚の年」になるような予感がする。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/goforbroke1929/21205526.html</link>
			<pubDate>Sun, 01 Jan 2006 20:29:46 +0900</pubDate>
			<category>その他文化活動</category>
		</item>
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			<title>拒否しない日本</title>
			<description>　クリントン政権時代から「年次改革要望書」が日米政府間で交換され、それぞれが要望に応えるべく努力して経済摩擦を最小限に留めるようにしている。周知の通り日米間には長年にわたる貿易摩擦があって、米国側は日本に輸入の規制緩和や内需拡大を求めていた。この間の日米交渉について日本のマスメディアは、さかんに米側代表が無理難題を吹っかけていることを報道した。確かにそうした事実もあるにはあったが、内実は誇大報道だった。実際には交渉担当の日本側官僚が専門知識に優れ、忍耐力があることに米側が辟易していたのである。&lt;br /&gt;
　こうした日本の官僚の交渉力は米軍占領時代からの伝統で、マッカーサー司令部高官の1人は「日本人はイエスといいながら、最終的には全てを自分たちの思い通りにしていた」と述懐している。まぁ、これはずるいやり方だが、ノーといって波風を立てても事態は好転しないのであるから周囲の状況からして許される便法だったといえよう。&lt;br /&gt;
　ところで前述の「年次改革要望書」について野中氏はじめ政治家や評論家のなかには、これを竹中氏ら政府内親米派が米サイドと結託した「アメリカによる日本改造計画」とあたかも米国の陰謀のように論う向きが少なくない。また、好評発売中の文春新書「拒否できない日本」（関岡英之著）を読んだ石原知事をはじめとする読者の多くも、どちらかというと米国の陰謀説に傾いている。&lt;br /&gt;
　しかし、こうした陰謀説は、あまりにも短絡しすぎた見方であって国際的政治･経済交渉の実態に目が行き届いていない。たとえばこのところマスメディアを賑わしている欠陥ホテルとマンションの事件は、日本の建設業界におけるルールには問題が山積していることを暴露しており、これでは国際的スタンダードにはなりえないだろう。たとえば建設関連のルール作りで米国サイドからルール改善を要求されても、これでは拒否するのが無理なことは素人考えでも判る。&lt;br /&gt;
　さようことほどに日本には改造の余地があり、諸般の事情からしてこれらの改造には“外圧”を利用するのが手っ取り早い。このため官僚は｢外圧を拒否しない」のであって、拒否できないのではない。それを斜に構えた陰謀説まがいの観点から見ても、実態は見えてこないだろう。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/goforbroke1929/18572127.html</link>
			<pubDate>Tue, 06 Dec 2005 20:50:53 +0900</pubDate>
			<category>その他政界と政治活動</category>
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			<title>日本人の知恵も生かされている現行憲法</title>
			<description>　現行の平和憲法は｢完全にアメリカのお仕着せ」と決めつけ、一日も速く自前の憲法を持つべきだとする意見が多い。しかし、戦後の新憲法起草に当たってまるっきり日本人が無関係だったわけではない。それどころか１９４５年９月の時点で、マッカーサー司令部（GHQ)の民主化政策を先取りする形で憲法改正を進めようと試みた日本人が存在していたのだ。この計画を構想したのは読売新聞出身の政治評論家である岩淵辰雄、主役を演じたのは近衛文麿公だった。その近衛公と二度目の会見をした時、マッカーサー元帥のほうから憲法を自由主義的なものにするよう示唆された。そこで１１月２２日に近衛公は憲法改正案を天皇に奉呈、同時に自らは栄爵拝辞の手続きを取って民主化の先鞭をつけたのである。が、その後内閣改造が重なり、幣原内閣に至って憲法調査会が設置されても明治憲法の焼き直しばかりで民主主義的な憲法草案はできなかった。そうした中にあって民間組織の憲法研究会が、主権在民で天皇を象徴と位置づけるなど新機軸の根本原則を盛り込んだ岩淵構想を採用した「憲法草案要綱」を公表したのである。当時、GHQでマッカーサー草案にかかわっていたラウエルはこの要綱の諸条項に目を通して「これなら民主主義的でものになる」と評価、これを参考に書き上げた草案のカーサー司令官に提出したという。このようにGHQの憲法草案に影響を与えた日本人はいたのだが、悲しいかな幣原首相やあの吉田茂外相をはじめとする閣僚と政治家多数が「頭の切り替え」を愚図っていたために、つまりは日本側の不見識と怠惰がGHQ版憲法の発効につながったのである。こうした事実もあるので無闇に感情的になったり、すべてを他人のせいにするようなこともなく、関係者が憲法改正の大業に臨むことを願ってやまない。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/goforbroke1929/16690671.html</link>
			<pubDate>Thu, 17 Nov 2005 21:38:53 +0900</pubDate>
			<category>その他政界と政治活動</category>
		</item>
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			<title>小泉首相の靖国参拝を称える</title>
			<description>　靖国神社の秋季例大祭が始まった１０月１７日、小泉首相は自らの適切な判断に基づいて公約どおりに同神社を訪れ、参拝を果たした。朝日新聞のオンライン・ニュースは、さっそく首相が公用車で神社を訪問したことに難癖をつけ、中韓両国の反発必至を強調していた。すでに中韓両国は日本大使を呼びつけて不快感を伝達しており、これから非難合唱をエスカレートさせることだろう。余計な世話をするのは彼らの勝手だが、我慢ならないのはそれをいちいち真に受けて「それみろ」とばかりに国内の政治家、マスメディア、言論人の多くが首相の靖国参拝を批判することだ。&lt;br /&gt;
　戦後６０年を経て改めて日本の近現代史を顧みながら、占領軍に押し付けられた「東京裁判史観」の正誤を吟味し、その呪縛から己を解き放つ潮時を私たちは迎えている。たとえば東京裁判のアメリカ人弁護士ウィリアム・ローガン氏は「連合国が行ないました経済封鎖は日本に対する戦争行為に他ならないものであると断定する権利を（日本は）持っていたのであります。た、それにもかかわらず日本はその特有の忍耐力を以って、円満にこの争いを解決しようと試みたのであります。然るに経済封鎖は強化され、軍事的包囲の脅威と相俟って、ついに日本は自国の存立の擁護のためには、最後の手段として戦争に訴えざるを得ないと考えるに至ったのでありました。日本がこの連合国の経済封鎖を持って直ちに宣戦布告に等しきものなりと解釈することなく、平和的解決を交渉によって忍耐強く追求いたしましたことは、永遠に日本の名誉とするにたるところであります。････それ｛大東亜戦争｝は不当の挑発に基因した、国家存立のための自衛戦争であったのであります」（『東京裁判　日本の弁明』小堀桂一郎編・講談社学術文庫）と述べており、占領政策の責任者だったマッカーサー元帥も「太平洋戦争は日本の自衛戦」であったこと、「東京裁判は間違っていた」ことを告白していたことは歴史的事実です。&lt;br /&gt;
　そうした東京裁判史観やA級戦犯についての小泉首相の理解は不十分ではあるものの、靖国参拝は日本人の心の問題として必須の行為であるとして、内外のプレッシャーに負けずに信念を貫き通している頑固さと態度は賞賛に値すると思う。そうした首相にエールを送る論調を、マスメディアに期待したいが無理だろうか？</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/goforbroke1929/13665873.html</link>
			<pubDate>Mon, 17 Oct 2005 15:24:49 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
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			<title>曖昧の美学</title>
			<description>　何事につけ白黒はっきりしたほうがよい、といえないこともないが、それでは世間に潤いを欠くことにもなる。島国で人口密度の高い日本では、人込みの中で身体が触れ合ってもお互いにいきりたつことはなく、暗黙のうちに触れ合った事情を了承し合う。というのも「袖触れ合うも多生の縁」といった仏教的な教養が、日本人には無意識に染み付いていて自然に無用の｢衝突」は避けているからだ。何でも白黒に区別したがる西洋合理主義のデジタル方社会に比べ、表面的には西洋化したもののまだまだ日本は多分にアナログ型社会なのである。そして、そのアナログ型社会において潤滑油の働きをしているが「曖昧さ」に他ならない。&lt;br /&gt;
　曖昧とは「はっきりしないさま」で、どちらかといえば「あやふや」といったネガティブな印象のほうが強いが、白黒の判別ができない灰色ゾーンで事柄を追窮するとなると｢曖昧」の枠内で｢推定結果」を求めるほかない。いささか乱暴なこじつけになるけれども、世の中の出来事は白か黒かで合理的に解決されるよりも、むしろ灰色の妥協点で手を打って有耶無耶に&amp;quot;解決&amp;quot;されているほうが圧倒的に多いのである。また、物事には重箱の隅をつつくようにして無理に明るみに出すより、そっとしておくほうが遥かに増しなことも多いことはいうまでもない。&lt;br /&gt;
　ところで最近、石原慎太郎氏の言動に「おやっ」と思わされる点があった。同氏のコラム「日本よ」（産経新聞九月五日付）とその後の俵某とのテレビ対談で、日本人による戦争責任の総括がなされなかったことを悔やみ、Ａ級戦犯の合祀を批判をしていたのを見聞した。これに対し九月十日付け産経新聞の｢正論」で、上坂冬子氏が異議を申し立てておられたので筆者の僻目ではないと安心した。&lt;br /&gt;
　それにしても比較的に正論を吐く石原氏が、こと戦争責任総括とＡ級戦犯合祀について、中韓両国政府を喜ばすような狭量の意見を書き、話していたのには落胆させられた。端的に言うと、当時は占領軍が日本人自身の手による戦争責任追及を許さなかったし、だからこそ後日｢衣食足りて礼節なる｣頃には、すでに一億日本人がそれぞれの立場で戦争責任を分担して敗戦の屈辱を背に飢餓の苦しみに耐える形で｢禊ぎ」を済ませ、占領軍が裁き処刑したＡ級戦犯に鞭打つことなくその合祀を容認するといった｢曖昧の解決」をしたのである。東条元首相が宣誓供述において自らの責任を認めているものを、殊更その合祀は許されないというのは狭量かつ不遜で、武士の情けを知らない者の言い分ではないか。残念！</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/goforbroke1929/11976989.html</link>
			<pubDate>Wed, 28 Sep 2005 16:50:02 +0900</pubDate>
			<category>その他政界と政治活動</category>
		</item>
		<item>
			<title>選挙のときだけ憂国の士になる政治家ども</title>
			<description>　選挙戦になるとにわかに野党の政治家どもは、いまにも日本が衰退し、自分たちを選ばないと日本に明日はないようなことを言うが、いったい彼らは何様のつもりでいるのだろうか？だいいちいまだって日本は、多くの国々と比較して住み心地の悪い国ではない。もちろん完璧ではないけれども（完璧な国ってあるのかな？）、一般論として衣食住は足りているといえるし、多くの日本人は礼節を知り、真面目で勤労精神と向学心に富んでいる。これらいずれの資質においても日本人は国際水準を抜いているし、生活インフラの整備と運営も他国に引けを取らない。そして日本には、独自の輝ける文明がある。心の持ち方ひとつで、誰もが仕合わせに住める国である。そのような日本にケチをつけ、いかにも己が憂国の士か救世主のような面をする政治家どもの思い上がりは許しがたい。&lt;br /&gt;
　もうひとつ野党政治家の気に入らない点は、大東亜戦争（太平洋戦争）について「日本人が自らあの戦争の総括を何らかの形できちんとしただろうか」とバカの一つ覚えのように繰り返していることだ。敗戦の日を境に一億の日本人は「耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ」ことによって、各人がそれなりに“総括”してきたのだ。たとえば占領下の屈辱とまともに向き合い、民主化と経済復興に取り組んできたのである。こうした過去６０年間の平和な歩みに“戦争の総括”を裏打ちしてきたのだ。このほうが世界に向けて演出する“戦争総括政治ショー”よりも余程ましではないか。&lt;br /&gt;
　どだい古今東西の歴史を紐解いて見ても、戦争に負けていちいち勝者に謝ったりした例もなければ、被植民地諸国が宗主国に謝罪を要求した例もない。喧嘩両成敗の譬えどおり、喧嘩そのものが悪いので、喧嘩を売ったほうも買ったほうも等しく罰せられて然るべきはずである。これと同じ理屈で悪いのは戦争であって、勝てば官軍ではあるけれども負けたからといって誤る必用など毛頭ないはずだ。たとえば大東亜戦争でも負けた日本は勝者の仕組んだ｢東京裁判」を受け、占領軍司令部に贖罪感を植えつけられなど必要以上の“謝罪行為”を強要され、応じたのである。&lt;br /&gt;
　だからこのまま日本が国際平和に貢献すればいいことで、勝者でもない中国共産党（勝者は国民党政府だった）や南北朝鮮に改まって謝罪するのはおかしい。すでに経済支援活動を通じて“迷惑料”は支払ったいるのだから、村山談話のようなことは言うだけ相手に見くびられるというものだ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/goforbroke1929/10160398.html</link>
			<pubDate>Sat, 03 Sep 2005 21:51:16 +0900</pubDate>
			<category>政界</category>
		</item>
		<item>
			<title>６０年前の今日を偲んで思うこと</title>
			<description>終戦記念日も60回を数えると、ひとしお感慨深いものがある。思えば60年前の今日、半信半疑で聞いた敗戦の報が事実だとわかって何となくほっとしたこと、ついで何とも形容しがたい虚脱状態に襲われたことを思い出す。まるでメモリーを消去したようなそのときの途方もない虚脱が、一夜にして軍国主義から民主主義の世の中へと移り変わらせるリセットの余地を心に与えたような気がする。&lt;br /&gt;
　ところで８月15日には靖国神社の問題がクローズアップされ、特に今年はマスメディアに大きく採り上げられている。端的に言えば靖国問題は理屈ではなく、日本人の心の問題である。逸早く占領軍が靖国神社の閉鎖を画策したにもかかわらず無事に残されてきたのは、靖国神社を国のために命を落とした英霊の招魂所として護り、残したいと願う人々の心がその存続の原動力となったからだ。遺族、宮司、厚生省関係者、政治家そして支援者が、それぞれの立場で共通の願いを達成させようと努力した結果なのである。そのなかには誰一人として靖国神社を国家神道や軍国主義の象徴にしようと意図した者はなく、ただ２４０万余の英霊を祀る伝統的な神道の招魂所としての存続を願ったまでのことである。&lt;br /&gt;
　浅薄な政治家、学者、言論人のなかには首相の靖国参拝は「近隣諸国の人々の感情を傷つける」とのたまう輩もいるが、本当にそう考えているのだとしたら恐らくかれらには“日本人の心”がないのだろう。そんなセンチメンタルな科白は中韓両国現政権が好んで使う政治的レトリックであることくらい言わずと知れたこと、だいいち信義に欠ける中韓指導者らに与してまともな日本人の心を傷つけて省みないとはいったいどういう了見なのか理解に苦しむ、喝！！</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/goforbroke1929/8856776.html</link>
			<pubDate>Mon, 15 Aug 2005 17:16:20 +0900</pubDate>
			<category>その他祝日、記念日、年中行事</category>
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