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PCが故障中、今までPCに費やしていた時間が空白になってしまいました。思うと何気なく長い時間PCに触れていたのだな、と気づかされます。女子バレーボールの試合を見たり、本を読んだり、猫と戯れたり、時間をつぶしました。

それ以外に、今まで見ようかどうしようか迷っていた映画を見ることにしたのです。その一つが、この「パッション」でした。この映画は、イエス・キリストの最後の12時間を表現したものです。キリストについての映画やアニメなどは今までにたくさんあり、私も幼稚園がプロテスタント系だったため、キリスト教にはそれなりに興味があり、当時テレビで放映されていたキリストのアニメを見た記憶があります。

たくさんあるキリストについての作品の中で、この映画は他のどの作品とも異なることでしょう。なぜなら、この作品はかなり強烈に作られていると思ったからです。私が見たアニメの作品では、ソフトなタッチで描かれ、全体的に穏やかな印象でした。キリストの顔もきれいで、苦労を刻んだようには見えません。どちらかというと、キリストが何をし、どういうことを民衆に教えたかをメインにしている感じです。そのため、パッション(=受難)についてはそれほど大きく描かれていませんでした。

この映画では、題名のとおり、パッション(=受難)についてをテーマとして取り上げているのです。キリストは、ユダの密告によりユダヤ教徒に捕まってしまいます。捕まったイエスは、ユダヤ教会には死刑にする権限がないため、あちこちをたらい回しされ、その間ずっと嘲笑され、嫌がらせを受け、時には暴力まで受けました。普通の人にとっては屈辱にしか思えないそのような行動を、キリストは黙って、遠くを見ています。

受難はさらに続き、一応の罰としての鞭打ち刑が執行人の行き過ぎにより惨いものとなり、その後十字架を担いでゴルゴタの丘まで運ぶ際も、周りのローマ兵の嫌がらせは度が過ぎるものがあり、キリストは何度となく膝をつきます。

受難は、はっきり言って目を覆いたくなるものばかりでした。人を憎むと、これほどまでのことができるのか、というくらいのもです。この映画を見たクリスチャンの老女は、ショックのあまり死んでしまったそうです。そのくらいひどいものです。

今まであったキリストについての映画に比べ、この映画は相当に生々しい作り方をしています。そうすることによって、実際にあった受難の意味を問おうとしたのではないか、と思いました。また、リアルに描くことによって、見ている人々に自分自身の問題として取り上げやすくしたのかもしれません。

では、キリストの受けた受難の意味とは、何でしょうか?キリストは、結局のところ無実の罪で死刑にされてしまいました。当時隆盛だったユダヤ教のすることに対して、キリストの教えはことごとく反対の立場にあったのです。キリスト自身は、ユダヤ教に対して反抗する気も異議を唱える気もあったかどうか怪しいですが、ユダヤ教会には実質的にはそうとられてしまいました。

ユダヤ協会に睨まれ、逮捕され、死刑を望まれたキリスト。その根底にあるのは、自分たちの立場の安泰と私利私欲によるものです。ユダヤ教会が発布していた免罪符によって天国に導かれるのではないことを示したキリストは、ユダヤ教徒にとっては目の上のたんこぶであったことでしょう。

ユダヤ教会が中心となっていますが、これは人間の感情として捉えるのが妥当だと思います。なぜなら、キリストは全ての人間の罪のために死んだのですから。キリストが受けた受難の量と質は、全ての人間の罪を表しているのではないでしょうか。それらに耐えてゴルゴタの丘を登りきったキリストは、その信念によって死を選びました。全ての罪を受け止め、その贖罪のため天国に昇ったのでしょう。受難は、全ての人間に対する愛を与えるために、必要なものだということです。

キリストについてもっと知りたいという方は、こちらをご覧ください。

やはりというか、当然ながら、ここまで書いておきながら、私にはこのキリストの世界というものがピンとは来ません。生まれついてキリスト教文化に触れていたわけでもなく、キリスト教の勉強をしたこともなく、信者にもなっていないのですから。私は、この映画を最初見たときに感じた感想は、キリスト教至上主義とかアメリカ至上主義の流れの作品なのかと思ったのです。でもそれは、浅はかではないか、と思いました。

キリスト教について詳しくない人は、私以外にもこの日本では多いことと思います。私を含め、キリスト教について詳しくなく、あまり興味を持たなかった人はこの映画をどの様に見たらいいのか、考えました。その問いについて解く鍵は、「時代」なのではないでしょうか。イエスの死によって、時代区分がされています。それが、「B.C.」と「A.C.」です。訳せば、紀元前、紀元後となります。この映画が作られたのは、昨年の2004年です。つまり、キリストが死んでから2004年が経ち、新世紀となってまだ3年(4年?)しか経っていないということになります。

21世紀の始まりは、アメリカの同時多発テロでした。このテロにより、中東との関係が一気に激化し、イラク戦争が始まります。この戦争の意義はどこにあるのか、目的は何なのか、未だに不透明なものです。傍から見ると、大量破壊兵器の脅威を隠れ蓑に石油権益をほしがっていたように見え、詭弁を弄している感じが、当時はしました。これは、キリストの時代のユダヤ教会と似ている感じがします。

監督のメル・ギブソンは、現代の世界情勢をかんがみて、この映画を作ろうと思ったのではないか、と推測しています。現代への警鐘として、この映画は多大なる貢献をしているのではないでしょうか。

そんな「パッション」ではありますが、アメリカではユダヤ人団体から圧力がかかっていたそうです。理由は、キリストを殺したのはユダヤ人であるということから、そのことに対して公けにされることを恐れてたからでした。メル・ギブソンもその風当たりをくらい、彼はほされてしまっている、ということも耳にしました。

とても衝撃的な映画ではあり、考えさせられる部分もあり、面白い映画だと思います。ただ心臓の弱い方は、ご覧にならないことをお勧めします。下手なホラー映画よりも怖いかもしれません。

ここまでいろいろ書いてきましたが、この受難を乗り切れたのはキリストだったからなのだな、と思ってしまうのは弱さなのでしょうか?私だったら、最初の鞭打ち刑でもう力を無くしていただろうな、と思います。見ているだけでも辛かったですから。キリストの死を最後まで見届けた二人のマリア(聖母マリアとマグダラのマリア)とヨハネ(?)も、すごいと思いました。キリストの受けた受難を自分のものとして感じているにもかかわらず、最後まで見届けるのですから。

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閉じる コメント(15)

よくわかりました。少なからず興味あるお話なのですが・・・まず、観ることはできないですね〜。。罰当たりかもしれませんが、ほとんど無宗教のアタクシ・・・難しいこともわかりません・・・しかし、戦争の背景には必ず、宗教がありますよね〜。幸せを願う為にある信仰では、ないのでしょうか・・・? 話、変わりますが・・・相変わらず的確な感想・・・素晴らしいですね〜☆

2005/8/10(水) 午後 1:49 mam*ob2**5

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>あき。さん、コメント、ありがとうございます。キリスト教についての知識はそれほど必要とはしませんが、面白いというか、興味深い映画ですよ。宗教は、あらゆるところで隠れ蓑的な扱いをされるのが問題なのではないかと思います。

2005/8/10(水) 午後 8:02 [ gog*_ni**y_g ]

CMとかで『パッション』は観たことありましたが、私には観る勇気さえ ないです・・。(グロい印象を受けたので・・・) 今では、何気なく「キリスト」という言葉はよく耳にしますが、その「キリスト」はとても勇敢(?)な方だったんですね。なんか気の毒です・・・。

2005/8/10(水) 午後 8:30 ☆もんちっち☆

人は少なからず誰かを頼り、その人を崇める部分があるのではないかと思っています。そして、崇められる側もまた人間であるのですよね。その期待という力が大きくなるにつれて、受け止められる者は減っていくのだと思います。キリストがそのように崇められたとしても、人であることは変わりありません。その苦悩は人だからこそであるとも思います。(つづく〜)

2005/8/11(木) 午前 0:08 シナモン

(つづき〜)劇団四季の「ジーザスクライストスーパースター」を見たときにも感じましたが、その苦悩を受け止める決意も人だからこそ。ユダの裏切りを許し、人の罪を許し、自分の罪に苛まれる。それもやはり・・・。映画が「生々しい」のも・・・。僕は無宗教ですが、「人」だからこそのものには考えてしまいます。この記事に傑作を押させて頂きますね!

2005/8/11(木) 午前 0:13 シナモン

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一緒に見た人と、「なぜ?誰も助けないのか」について揉めました。すごく揉めて休戦中です。信仰し信頼し尊敬し愛している存在が瀕死。なぜ?助ける努力をしないのか?それが物語の始まりだから仕方ないことなのか?分かりたいけれど今だ分かっていません。?ですもっと勉強します。

2005/8/11(木) 午前 10:46 ppo*ing**7

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>cinnamon1130さん、コメント、ありがとうございます。私は、キリストを「神の子」として考えています。そこにcinnamonさんと考え方の違いがありそうです。どちらが正しいかは明らかにできない問題でしょう。とても参考になる意見でしたし、私にない視点でした。ありがとうございます。傑作ボタンも、ありがとうございます。

2005/8/11(木) 午後 3:03 [ gog*_ni**y_g ]

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>ころりさん、コメント、ありがとうございます。誰も助けなかったのは、周りはローマ兵に逆らえなかったこと、キリストを信じていなかったから、ではないか、と私は思っています。宗教的勢力としてはユダヤ教の方がありましたから、それに引きずられたのではないでしょうか?マリア等は、キリストに課せられた受難と理解していたのではないでしょうか?だから助けることはしなかったと。

2005/8/11(木) 午後 3:08 [ gog*_ni**y_g ]

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>nekokochan2426さん、コメント、ありがとうございます。私は、グロい印象の映画とは知らなかったので、見てしまいました。でも見て、後悔はなかったですよ。自分の信念を貫き通したのですから、キリストはかなり勇敢ですよね。

2005/8/11(木) 午後 3:14 [ gog*_ni**y_g ]

私も、前半のローマ兵や宗教勢力の問題からくる自己防衛は、理解できるのですが、課せられた受難と考えて助けないのは、疑問ですね!自己を犠牲にしても助ける意思がないのかなと思ってしまいました。描写ばかり取り上げられたこの作品ですが、いろいろと宗教にかかわりが浅い日本人には、とても考えさせられるいい映画です。いろんな意見が聞けて楽しかったです。

2005/8/11(木) 午後 4:53 ppo*ing**7

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これ映画館で観てしまったんです〜〜あまりの残虐シーンの連続で具合が悪くなって途中退場された方もいましたよ。状況によって人はどこまでも残酷になれるんだ・・・と思いました。

2005/8/11(木) 午後 5:36 Swan

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>ころりさん、コメント、ありがとうございます。もしかしたら、立場の違いもあるかもしれませんね。マリアは大工の夫であり、キリストの母、巻き込まれなかったのが不思議であるくらいですし、マグダラのマリアは姦淫の罪を背負っていますし。なので助けたくても助けられなかったとは考えられないでしょうか?

2005/8/12(金) 午前 0:07 [ gog*_ni**y_g ]

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>swanさん、コメント、ありがとうございます。映画館とは、かなりの迫力だったでしょう。私も途中、気持ちは悪くなりました。残酷さ、ホントにすごいですね。笑いながらあそこまでしてしまうのには、驚きました。でもそうでないと、兵隊としては勤まらないのかもしれないですし。

2005/8/12(金) 午前 0:11 [ gog*_ni**y_g ]

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こんにちは!そうですね、立場の問題はありますね。もっと周りを巻き込んでしまう恐れも手伝ったのかも知れませんね〜。くぎを手に打ち込む場面はちょっと嫌でした。。

2005/8/16(火) 午前 1:51 ppo*ing**7

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>ころりさん、コメント、ありがとうございます。あらゆるところに出てきた人間のいやらしさと言うものを見せ付けられたのが、私は嫌でした。映像としてショッキングなシーンよりも、そういうものが自分の中にもあることを突きつけられた感じがして。

2005/8/16(火) 午後 3:08 [ gog*_ni**y_g ]

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