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日の丸は何時ごろ出来た?
日本の国旗になっている「日の丸」は何時ごろできた?
日の丸発祥は?
実は、薩摩、鹿児島に深い関係があります。
それも、種子島に!?種子島の船しるしから。
「種子島家譜」の天保6年12月3日のところに、
島津斉宣が斉彬と、娘である松寿院を磯山の猟に招待した時の記述に、次のように書かれている。
『船よりこれを観る、船中「日の丸」の下に青赤白三色の吹貫を着けたる船しるしをたてたり。(略)
別に快舟を設けて日の丸の船しるしをたて・・』
種子島の船しるしとして日の丸が用いられたことは確かですが、それが国旗「日の丸」のもとになったものか、あるいはたまたま同じだったか?
今のところ、薩摩が日の丸の発祥と考えられており、それを使った軍艦。
種子島はその起源とも言える。
今日25日から26日にかけて種子島ウェーブフェスタが開催されます。
種子島西之表市市制施行50周年記念事業も大詰めです。
サーフィン大会には、島外からの多数のエントリーがあり、種子島は熱くなりそうです。
詳しくは、下記のホームページをご覧ください。
⇒ http://www.city.nishinoomote.kagoshima.jp/surf/week.html
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種子島で天保6年(1835 年)12 月3日、前の太守島津斉宣公と世子(斉彬公)が磯の山で狩猟をなさることになりました。
松寿院さまは、海上より猟をみるようにと、斉宣公の仰せがあったので、船を仕立てて、磯の前の海上から猟をご覧になりました。松寿院さまの船には、日の丸、下着三色(青、赤、白)吹貫の船幟が立っていました。
斉宣公が松寿院さまに申されるには、
「種子島家の船幟は日の丸である。故に、新しくこれを作るよう、城代市田美作義宣が家老に命じた。世々当家(島津家)の船幟として伝えよ。」
「種子島家譜」の記録でも分かるように、「日の丸」は、はじめ種子島家の船幟であると斉宣公が名言されたこと。
そして、当時27 歳の斉彬公も、磯浜の松寿院さまの船の「日の丸」をご覧になっていたこと。その後、「日の丸」は島津家の船幟になったと書かれています。
2013/1/13(日) 午前 8:40 [ 公徳心やコンプライアンス ]
日の丸 発祥の地
薩摩藩主島津斉彬は,1853年(嘉永6年)11月,幕府に大船・蒸気船建造申請を行った時,日本船の総印として白い帆に朱の日の丸を使用しました。さらに,「日の丸」を日本全体の船印にするよう進言しました。幕府もその必要性を認め,日の丸を日本全体の船印とする旨を1854年(安政元年)全国に布達しました。
1855年(安政2年),薩摩藩が建造した昇平丸が江戸・品川に入港した時に,初めて我が国の船印として日の丸が揚げられました。
1870年(明治3年)1月27日,日の丸は日本の国旗として制定されました。
2013/1/13(日) 午前 8:54 [ 高砂のPCB汚泥の盛立地浄化 ]