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2011年11月4日日経夕刊コラム「さようなら水戸黄門」にあったように、今の野田内閣を批判している人は菅内閣の時も同じ批判、鳩山内閣の時も、麻生内閣の時も政府を批判していた。ちょうど水戸黄門によって悪代官が次々罰せられるように。しかし新しい代官がまた悪事を働く。または水戸黄門自身が悪代官と同類であるかも知れないのに庶民はそれに気付かない。 政治家や官僚を批判するのは自由だが、ではもし大地震が起きて永田町と霞が関が大津波にさらわれて政治家も役人もいなくなったら日本国民は救われるのだろうか。 水戸黄門は幕藩体制を潰すことはできなかった。最大の政敵だった柳沢吉保を失脚させることもできなかった。綱吉の時代のバブルの後始末は光圀の死後16年たって吉宗がやったし、吉宗の死後10年たつとまた田沼意次が同じ賄賂政治を始めた。その田沼時代の末、天明の飢饉が百姓一揆を生み、松平定信が寛政の改革を行った。フランスでは民衆が革命を起こして王朝を倒したが、日本では一揆が幕府を倒すことはなかった。寛政の改革は7年で終わり、文化文政時代はまた田沼のような賄賂政治。その後を受けて始まった天保の改革は享保・寛政の改革を受け継いだはずだが、締め付けが厳しく、民衆を苦しめた。天保の改革が終わって10年後、黒船が来航した。 今の日本人が雇用悪化で苦しんでも資本主義を廃止しようとは思わないし、大臣がコロコロ変わっても議院内閣制を廃止しようとは夢にも思わない。与えられた環境の中での判断に縛られているだけである。 |
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2019/6/11(火) 午前 11:27 [ itouk_monogatari_rekishi2 ]