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それでもわが子を苦しみから救いたい山姥龍は、地を目指して天界を離れます。冷たい雨の中を飛び続け、わが子の暮らす村に着くと、上空から地面めがけて勢いよく落下します。
ドドド・ドドォーーーン!雷鳴に似た轟音とともに、地面が波立つかのように揺れたのでございます。山姥龍は地中深くに潜り、神通力の込められた宝珠を地の底の水脈に沈めました。
①宝珠に触れた水は、神通力を帯びてキラキラと輝き、やがて近くにあった井戸を満たしたのでございます。(夕〜夜)
②その夜、夫・与八郎の枕元に、山姥龍が妻であった頃の美しい姿で現れ、子どもたちを残して突然姿を消したことを詫び、いまは観音様のもとで安らかに暮らしていることを話しました。そして西浦の井戸の水が、わが子の重い病に効くと伝えました。(夜)
③(わが子を助けた)宝珠を地中深くの水脈に沈めた山姥龍は、地中から頭を出したところで息絶えていました。
いつしか雨も止み、雲の間から射した満月の光が、山姥龍の傷ついた体を照らしておったそうでございます。(夜)
④翌朝、日の出と共に与八郎は西浦に出かけました。(当時の西浦は竹林か野原か?)昨夜聞いたとおり井戸の水は溢れ、大地の草木を潤しておりました。不思議なことに井戸のそばに山姥龍の姿はなく、桜の苗木が二本生えておったそうでございます。
与八郎が(妻に言われたとおり)その井戸の水を汲んで持ち帰りわが子に与えると、子は一命を取り留めることができたのです。そして立派な成人となった後に、わが身を救ってくれた母の供養のために、徳林寺を建てたのでございます。(朝)
PS. 未完成の創作昔話です。
誤字脱字、言い回しの不自然さなど、お気づきの点がありましたら、コメントをお願いします。
創作のキッカケは「観音堂の二本の桜」に記述してあります。
☆地に潜った時の衝撃・地響きを追加、画像追加
☆観音さまを登場させず、山姥が子どもたちを残して姿を消したことを詫び、
いまは観音様の下で暮らしていることを追加
☆画像入れ替え
☆土に埋まった龍の姿を見て、与八郎はどう考えるのか?龍が妻とは気づかない?
翌朝、龍の姿はなく、二本の桜の若木が生えておりました。
☆母の供養のために徳林寺を建てたことを追加 |
家主の独り言
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家主の独り言にお入りいただく際は、自己責任でお願いします。記述されている内容に対して家主は一切責任を負いません(笑)
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山姥物語・続 観音堂の二本の桜
こちらの桜は、残された宮丸・京丸兄弟が、母の供養のために建てたと伝わる徳林寺、別名山姥寺の彼岸桜です。先ほどの「山姥物語」は、悪さをした山姥を退治するお話ではなく、母が山姥であったと知らされてもなお、母を慕って手厚く供養したという「母を思う子の物語」として伝えられているのです。
この徳林寺から西へ400m(4町)ほど離れた場所に、この徳林寺に所縁の観音堂と二本の桜の古木があります。さて、ここからは(が)新しい物語の始まりでございます。
新蔵の放った矢で大けがを負った山姥は、人の姿に戻り、夫・与八郎の屋敷に戻って休んでおりました。ところが新蔵が血の跡を辿って訪ねてきたことを知り、障子に家族に宛てた想いを残し、慌てて屋敷を出て五条川を辿り木曽川を渡って、ふるさとの苧ヶ瀬池に逃げ込みましたが、池のほとりで力尽きてしまいました。
山姥はもとは苧ヶ瀬池に棲む大蛇でございました。
すでに千年の歳を経て、その身も最後が迫って来たことに気づき、生への執着と死への恐怖に苦しんでおりました。
ある時、人は短い命でありながら、仏法の教えによってその苦しみから救われていることを知りました。その不思議な力(に救い)を求めて本宮山に出向いた折に、参拝に通っていた与八郎を見かけ、与八郎の元に美しい娘の姿に化けて現れたのでございます。娘は玉と名乗ります。
玉は与八郎の妻となり、家族にも、村人にも慕われ、二人の子どもにも恵まれ、おだやかな時を過ごしておりました。ところがもとは千年を生きた大蛇でございます。恐ろしいことに満月の夜になると、自分でも気づかぬうちに山姥となり、悪さを働いておったのでございます。
己の性を悲しみ、家族を思ながら力尽きた山姥を哀れに思った苧ヶ瀬池の龍王様は、山姥を龍の姿に変えて、観音様にお仕えするようにと天界へ送り出されたのでございます。
やがて1年と数カ月が過ぎた頃、山姥龍は観音様にお仕えしながら、苧ヶ瀬池の竜王様(観音様)に頂いた神通力の込められた宝珠を泉に沈め、その身を浸して矢の傷を癒しておりました。
(☆宝珠を授けたのは観音さまにするか竜王か)
そんな折に、村に残してきたわが子が重い病(ぜんそく)に苦しんでいることを知った山姥龍は、わが身を癒すように授かった宝珠を、子どものもとに届けたいと観音様に願い出ましたが、まだ傷が回復していなかったので、いま地上に降りると二度と天界に戻ることはできないと言われたのでございます。
PS.
未完成の創作昔話です。
誤字脱字、言い回しの不自然さなど、お気づきの点がありましたら、コメントをお願いします。
創作のキッカケは「観音堂の二本の桜」に記述してあります。
☆徳林寺建立の由来追加
☆山姥物語は母を思う子の物語として伝えられている
☆与八郎の前に現れる前の話を追加
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東の空が白々としてくると社殿の前は一面血の海になっておりました。点々と続く血痕は本宮山を下り、鞍ヶ淵を過ぎ、安楽寺、羽黒の集落も過ぎ、青塚古墳の森を横目にして小口村へと伸びています。なおも血痕を辿って行くと、余野村の親友小池与八郎の屋敷門から中に続いていたのでございます。「不思議なこともあるものだ」そう思いながら新蔵は家人に声を掛けます。
出てきた与八郎に今までの顛末を詳しく話すと、与八郎は顔色を変え「実は、妻が昨夜から気分が悪いと奥で休んでいる」と言い、二人は奥座敷へ妻の様子を見にいきました。戸を開けると、部屋は一面血の海、妻の姿は見当たらず、障子に血で書かれた二首の別れの句が残されておりました。
もとめなき 契のすえの あらわれて
ついには帰る ふるさとの空 おもひあらば それかとも見えん
この里の 小池の水の あらん限りは 新蔵と与八郎は、すぐさま屋敷内を探しましたが、妻の姿は何処にもありません。ただ屋敷の裏木戸から外へ、黒く変色した血痕が点々と続いています。二人が血痕を辿っていくと、五条川のほとりでばったりと消えていました。与八郎には、二人の男の子(宮丸・京丸)が残されたのでございます。
「山姥物語」はこの先も続きますが、今回はここまでです。
ここからは新しい物語に移ります。
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山姥物語・続 観音堂の二本の桜
山姥物語・続(序章)
この桜は、この物語の主役、観音堂の二本の桜でございます。左は太い幹が捻じれ、観音堂の庭を包み込むように枝を広げた山桜で、右は小高い塚の上から辺りを見守るように立っている、町内では珍しい枝垂れ桜の古木です。
今回の物語を始める前に、まず大口町余野の徳林寺に伝わる「山姥物語」のあらすじからお話させていただきます。 弘長2年(1262年)秋、尾州羽黒に福富新蔵と言う郷士がおりました。新蔵は弓の名人で、いつも山野を駆け巡り、鳥や獣を狩って暮らしておりました。 ある日、新蔵はいつものように愛犬を連れ、本宮山の奥深くに分け入っておりました。ところがこの日はまったく獣に出合いません。すでに日はとっぷりと暮れていましたが、新蔵は月明かりを頼りに、なおも頂上の奥の宮へ向けて歩いていきます。 すると、先を走っていた犬が一目散に逃げ戻ってきて、何かに怯えるように新蔵の足元から離れません。 新蔵は不審に思い、暗い坂の先を透かし見て、ギョッとしました。岩の上で白髪を振り乱し、目を爛々と光らせ、口が耳まで裂けた山姥が、新蔵を睨みつけていたのでございます。 この頃、山麓の村では子どもが神隠しにあったり、家畜がいなくなったりという事件が次々に起きておりました。新蔵は「こやつが村人を苦しめている物の怪か」と、南無八幡を念じ強弓を引き絞り矢を放ちます。新蔵が射た矢は、山姥の左眼に深く突き刺さり、山姥は「ぎゃあー!」と叫び、逃げていきました。 すると煌々と輝いていた月がにわかに掻き曇り、稲妻が走り雷鳴が轟き、山は地響きを立てて揺れたのでございます。あまりの恐ろしさに新蔵は奥の宮の社殿の陰で風を避け、夜が明けるのを待つことにいたしました。 PS.
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山姥寺に所縁のある観音堂には、二本の立派な桜の木があります。
一本は町内では珍しい枝垂れ桜の古木、もう一本は幹の苔むした山桜です。
この観音堂は主を亡くし20年ほどが経ち、取り壊されることになりました。
半分の土地を売って、残った場所にお堂を建て直すのか
全部を売って、山姥寺の境内にお堂を建てるのか
どちらにしても、この桜が残される可能性は…
邪魔するつもりはないけど、一度地元の皆さんでじっくり考える機会があってもいいかな?
さ〜て、どうしましょうか?
山姥寺に伝わる「山姥物語」の続編を考えてみようかと思っています。
間に合うかどうかは、分かりませんが… |




