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肢体障がいくらいで
教育問題
[ mar**al_l*w2*06 ]
2009/6/29(月) 午後 7:15
私は町民ではありませんし、周りに高齢者はたくさんいますが身障者がいる環境でもありません。確かに今の段階では私は何ら口出しすべきでない人間なのかもわかりません。現にこのことを他の身障者のブログで意見をしたら「(このことで)あんたに何か迷惑がかかったか!」「あんたにたのんでるんじゃない!」と一蹴されました。ですが、この問題はいつ自分の周りに波及してくるかもわからない問題であり、だからこそ健常者・身障者問わず国民の関心が高いのです。その国民の一人として、今の段階では彼女に同情・同調はできないと意見を述べているのです。
それから・・・
私は身障者の親になったことがないので、身障者自身また身障者の親の気持ちはわかりません。冷たいようですが。
あなただって、目の前でなすすべもなく、ただただ呆然とするしかない中、祖父や周りの人間が次々に冷たくなっていった者の気持ち、理解できないでしょ?
それと同じことです。
肢体障がいくらいで
教育問題
[ mar**al_l*w2*06 ]
2009/6/29(月) 午後 7:07
『希望』というものは、書いて字の如く『希(まれ)な望み』です。『希(まれ)な望み』というものはそんな簡単に得られるものなのでしょうか?さらにそれを叶えるには『口が十』人ぶん必要ということでしょう(実際にはもっと必要でしょうけど)。
『希(まれ)な望み』を叶えるためこのご両親が何をしましたか?
先にも言いましたが、町民一人一人に「お願いします。お願いします。」と頭を下げて回り、学友一人一人に「娘をみんなと同じ中学校へ通わせてやって欲しい」と署名を募り・・・そんなことされましたか?このご両親がしたことと言えば、自分たちの“アテ”が外れ、4月の下旬になっていきなり!裁判を起こしただけじゃないですか?
これのどこに同調・同情ができますか?「町や国もケチケチせず、そんなおカネくらい出してやれよ〜!!」とヤジれますか?
↓つづく
肢体障がいくらいで
教育問題
[ mar**al_l*w2*06 ]
2009/6/29(月) 午後 7:03
ご両親そして明花さんは「(普通)小学校に通えていたんだから中学校に通えるのも当たり前」と少なからず高を括っていたのではないでしょうか?だから、中学校・町教委側が入学拒否をしたときに、自分たちの思っていたこととは逆の、いわゆる想定外のことが起こり、慌てて裁判にしてしまったのではないのでしょうか?
『希望』を叶えるには何事にも“サクセスストーリー”が必要です。会社を成功させるにはそこにたどり着くまでの苦労談があるでしょう。先日、ピアニストの辻井伸行さんが一躍脚光を浴びましたが、彼も凡人には耐えきれないほどの努力や苦労があったからこそあの場所にたどり着いたわけです。臓器移植法案の衆院通過だってそうです。A案が良いか悪いかは別として、今にたどり着くまでに、臓器移植が叶わずまたそれを目前にして亡くなっていったご遺族の、愛する幼子が亡くなり身を引き裂かれる思いの中、街頭に立ち、署名を集め、道行く人に訴えかけ、苦労に苦労を重ねた結果、『希望』を得たのではないのでしょうか。
だからこそ、そこにみんなは同調や同情をし「頑張れ!!」と応援できるのではないのでしょうか?
↓つづく
肢体障がいくらいで
教育問題
[ mar**al_l*w2*06 ]
2009/6/29(月) 午後 7:02
800段もの階段にスロープを作るとなるとお金が掛かる。。。お金を掛けない方法と言えば800段もの階段を中学生になろうという女子生徒を毎日おんぶして登るしかなく。。。
どう考えても周りの理解がなければ不可能な通学でしょう!
このご両親が、明花さんが、小学校在学中から普通中学校進学を見据え、周囲や町・町教委そして中学校を日々日参して説得し、町民や生徒たちから署名を集め、役場や県議会に“直訴”して、苦労に苦労を重ねた末に実現できたなら、世論も拍手喝さいで彼女の通学を我が事のように「良く頑張られましたね!!」と満場一致で喜んだでしょう。
ですが今回の場合、ご両親そして明花さんは一切こういう行動を行っていない。
(↑あくまでも憶測ですが、こういう美談ともなるとマスコミが放っておくはずもなく、必ずどこかで記事になっているはず。しかしどこにもそれが見当たらない)
↓つづく
肢体障がいくらいで
教育問題
[ mar**al_l*w2*06 ]
2009/6/29(月) 午後 7:01
私は強弁を語っているわけではありませんよ。
普通校でもハードが優れ、日本人の福祉に対する理解が優れてきた時代なのであれば、むしろ特別支援学校などというものは廃止にしてすべての子どもたちが平等に普通校へ入学し、そしてみんなが揃って授業を受けることがいちばん望ましいと思っています。
しかし、この学校ではまだまだハードが優れているわけでもありませんし、周りの理解も様々に賛否両論でしょう。私が言っているのはまだ「(ハードもソフトも整っていないのに普通校に行かせたいというのは)時期尚早だ」と言っているのです。
今回の谷口さんの件では、例えば都会の公立学校のように通学が便利な場所にあり、学校に通うことが車イスででも容易で、既存の状態ででも何ら支障をきたさない、そのような中学校だったら賛否もまた変わっていたでしょう。ですが、田舎の学校で800段もの階段があって・・・って、フツーの健康な人でも800段もの階段を上り下りしたらフゥフゥ!!息が上がってしまうのに・・・私も含めてココに引っ掛かっているんですよ。
↓つづく
肢体障がいくらいで
教育問題
特別支援学校を本人が選択したのならそれもありでしょう。
しかし、小学校では普通学校に通い、友達関係も構築して
いるはず。
この多感な時期に引き裂く事が果たして公教育としてある
べき姿でしょうか?
私はそうは思わない。
特別支援学校を否定している訳ではありませんし、私が
関わったところでもしっかりと頑張られています。
しかし、本人の希望を尊重するべきであると思います。
ただ、行きたくてもケアが十分に出来ないという事は
あるんだろうとは思いますが。
支援学校にしても、市町村単位でやっている障がい児
スクールも非常に優れています。
そういうところもいくつか視察はしています。
否定はしませんし、個別の障がいの程度に応じたきめ
細やかなケアは支援学校の良い点でもあります。
ただ、あなたがどうして支援学校に行けと強弁出来るのかが
理解できませんが。
彼女の勝手ではなく、強い希望です。
それは尊重するべきだと思います。
でも、これは障がい児の親にならなきゃわかりませんけどね。
肢体障がいくらいで
教育問題
[ mar**al_l*w2*06 ]
2009/6/28(日) 午前 1:34
耐震化をすれば、それらの凍死者の幾分かは死者は減少しますが、果たしてバリアフリー化で死者は減少するでしょうか。四川大地震というものがありましたが、あれは耐震化(正確には正規の工法での建築ですが)をもししていれば多くの子どもたちが助かったかもしれないとされていますが、バリアフリー化でもやっぱり耐震化と同じように助かったでしょうか。
本来的には同時進行で耐震化・バリアフリー化を進められれば良いのですが、いかんせんわが国では何かにつけて優先順位を付けたがります(私も含めて)。またさらに悪いことに、それらの優先順位は弱者優先ではなく、権力者の“鶴の一声”で優先が決まってしまうというのも悲しい現実です。
まぁ・・・耐震化とバリアフリーの話は、鶏が先か卵が先かの話のごとくですのでこれで止めますが。
一つ質問なのですが、なぜ??特別支援学校があるにもかかわらず、普通学校じゃないとダメなのでしょうか??特別支援学校はちゃんとした学校ではないのでしょうか??それともあれは人間の行く学校ではないのでしょうか??ぜひお答え願います。
肢体障がいくらいで
教育問題
[ mar**al_l*w2*06 ]
2009/6/28(日) 午前 1:34
それは私は知らなかったですが、しかしそれはこの町内に限ってのことです。この裁判が判例とされ、ここそこでこういう裁判が起これば、ひょっとすると、耐震化が遅れている地域の学校でもこういうことが起こるとも限らないわけですよね。
ブログ主さんの仰られるように、学校は避難場所として、またレクリエーションの場所としての役目も果たすことですし、バリアフリー化は優先課題ではあります。しかし、私は阪神大震災を経験した人間ですが、たとえ避難場所にしているとしてその学校が倒壊してしまっていては、避難場所も何もないのではないでしょうか。建物に押しつぶされて死ぬ人や火災や煙に巻きこまれて死ぬ人のほか、たとえ助かっても寒さに耐えきれず死んでいく特に高齢者も多くいましたよ。ウチの祖父も含めて。
↓つづく
肢体障がいくらいで
教育問題
肢体障がいくらいで
教育問題
[ mar**al_l*w2*06 ]
2009/6/27(土) 午後 5:33
そうです。
出来ることは自分たちですればいいのです。
しかし、この世の中“言ったもん勝ち”“手を挙げたもん勝ち”なのでしょうか??耐震設備とバリアフリーは仰るように別予算です。ですが、大元はいっしょですよね?!つまり、同じだけ税金を納めている。なのに、一方ではなかなか進まない耐震設備、もう一方では手を挙げただけで予算がつくバリアフリー・・・これを『別』と割り切って理解できる一般国民がどれだけいるでしょうか?
相互扶助も大事です。弱者救済も大事です。
しかし、一般国民が周りを見渡せば、一生懸命年金を収めてきた人はスズメの涙ほどの年金で生活を過ごし、一方年金さえ払ったことのない人が生活保護で厚遇を受けているようなこのご時世・・・フツーの人は、物事をすべて一緒くたにして見るものですよ。
それから・・・
教育は平等ではありませんよ。
アホは東大へは入れてくれませんし、スポーツのできない人が特待を受けることはできません。
それぞれ個々に合った能力の分相応の教育があり、最低辺としてそれぞれ一人一人に教育を受ける権利があるというだけです。







