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今年のプレイヤーズリストが完成しました。
(ラークスのあらゆるグッズ等はファンクラブや関係各位のご好意によって作成されています。)
感謝の心を胸に秘め、いざ挑め
未来の夢を叶えるために! 全ての思いに応えるために! みんなの声に答えるために!
みんなの願いを思いを夢を、翼に背負い 今年も熊本ゴールデンラークスは思いっきり羽ばたきます!
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つながる想い、つなげよう希望〜「被災した子どもたちを応援しよう」〜
okoさんのブログ転載記事です この記事のURL: http://blogs.yahoo.co.jp/psmdb732/8858033.html
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今日はおとなりの鹿児島県へ出張でした。
丸1日車を走らせては、降り、いろんな場所を見て回りました(出店候補地調査)
鹿児島と言えば桜島! 噴煙が上がっていました
霧島市のいたるとこでレンゲ畑が広がっていました
天気は晴れ!なのだが、視界全体がかすんでいる?
これが桜島の灰の影響なのでしょうか
土地視察を終えて、帰り際に面白い壁
インパクトのある絵図がずらりと・・・
熊本方面へ車を走らせていくと、海岸沿いの道へ出て導かれるように細い路地へ
浜辺に車を停め、干潮で海底をあらわにした砂浜を歩き、波打ち際まで行きました。
その間、何を考えていたのか・・・自分でもハッキリした意識はありませんでした。
ただ海に近づき、海に触れ、海は何を考えているのか・・・
この海は東北の海とつながっている
石巻で見たあの海とつながっている
そう思うと・・・・・
怒りが込み上げ、海に感情をぶつけた
しかし、海はなにも応えてくれなかった・・・
30分ほどだろうか・・・
ずっと海を眺めていた・・・
海もおれを見ていた・・・
砂の上にメッセージを書いた
もう責めないから
二度と怒らないで
みんなで海を愛するから
人を愛してくれ
今度は生きるための恵みを与えてほしい
波打ち際を歩きながら、10分後戻ってきたら、メッセージは海に飲み込まれ消えていた・・・
海はわかってくれたのだろうか・・・・
信じるしかない・・・
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東北大震災の被災地に触れて、今思うことを綴っておきます。
そして、心のスイッチを切り替えます。いつまでも映像や思いをを引きずってはいけない気がしたからです。
必要なときは被災地を思い叫びます。被災者支援を自分にしかできないことを続けていきます。しかし、ここ熊本の日常の中でいつもその目線では社会との意識格差がありすぎて人間関係が歪んでしまい、私の心も壊れてしまう。自らの主張を誇示し過ぎないように、ささやきながら思いやりながら復興支援していきます。
決して忘れることのない被災地の景色。頭の引き出しに一旦しまいます。帰ってきてたった一日だけど、一度も笑っていない自分がいます。リフレッシュして笑顔を取り戻したいと思い、現地で見た感じた思いをここで吐き出してしまいます。
この1カ月で被災地の様子は大きく変わった。 本気な人の本音を紹介しましたが、被災地での実情と被災者の心の中に一番近いのはこの本音の部分だと思います。
現地に行ったからこそ知ることが出来た実態と感じたことを綴ります。
被災者のご自宅で瓦礫の撤去や泥だしのお手伝いをしていたその時その場所のすぐ近くで石原軍団が炊き出しをしていました。しかし、そのタレントがいる場所でその炊き出しをすがる思いで食べたいと思っている人がそれほどいたとは考えられません。ただ、有名タレントを一目見てみたいと思った被災地にありながら余裕のある人がほとんどだと思います。本当に困っている人たちは、そこへはいけないのです。動く手段もない。健康的にも余力がない人たち。本来炊き出しなどの支援を受けるべき人たちは、そんな支援を受けられずその情報さえも知らずに途方に暮れていたのが現実です。当然私も被災者ではないので行っていませんし、現地にいてもそんな情報は耳に聞こえてきませんでした。そこで思い出したのが、スマップの中居君や江頭24時など人目に触れず現地で支援活動をしたという情報です。メディアへの露出もなかったと思います。その後の真実の追っかけも聞きません。有名人が被災地を訪れる際に必ずテレビカメラがついてくることに、不信感が募ります。その輪は広がりを見せ、今ピークを迎えています。なぜでしょう?売名行為のエスカレート?一見元気を与えているようで、それは誤解される演出要素の強いパフォーマンスに近く、本当に苦しい人らをもっと苦しめる状況になっていることに気づいてほしいと石巻でボランティア活動をしながら思いました。
自衛隊さんたちのおかげで道路がほぼ開通していて、壊滅状態の場所にも動けるようになっています。その反面、一ヶ月たった今も津波に遭遇し海水が引き、景色が変わった瓦礫の山に車の散乱状態のまま手付かずの地域がまだあり、おそらく瓦礫の下に行方不明者が眠っているだろう場所も目にしました。何年かかるか分からないほどの壊滅状態からの復旧活動・・・自衛隊員の苦労に、もっとスポットが当たってもいいと思いました。
人が行きづらい地域にこそ行くべきで支援が必要だということ。人が集まりやすいところにはスピードを上げて復旧し、余分な救援物資がたまっていること。徐々に政府のもたつきと反比例して各地でボランティア団体が次々と発足し現地で活動していること。インターネットで見るボランティア情報はあくまで受け入れる役場側の都合による制限であり、被災者はボランティアを求めているということ。津波被害を受けた地域以外の被災地と言われている地域では電気やガスが復旧し、交通網もガソリンも食料も何不自由なく日常生活が出来ていること。。ボランティアセンターでの受付に来る人のほとんどが県外からのボランティアで、地元の人は少ないという。それは自分た
津波に襲われた人の心理は絶対に知ることが出来ない。語れない。言葉がない。まだ親の、子供の行方を探している人がいる。遺体安置所はボーリング場だった。その前を車で通ったが凝視できなかった。行方を探している先は、自宅の近くでも海の近くでもなく、各地にある遺体安置所だ。
女川町あたりだっただろうか・・・時速10キロ程度で車を進めていた。左前方に少年が立っていた。かわいそうにという感情だったが、すれ違う瞬間に目が合った。その目は鋭かった。悲しみにうちしがれた目ではなかった。
ハッとした。窓ガラス越しに無言の言葉が返ってきた。「お前ら何しにきた。助けてくれないのか。」・・・
車の散乱が永遠に続く景色を見ながら、何万台とあるこの車を誰がいつ撤去し、どこに運ばれ処分されるのか
考えた。そしてその車の数以上の行方不明者は今どこに眠っているのだろう。
工場地帯は人影もなく壁の壊れた立派な大きな建物が立ち並ぶ。道はジェットコースターのレールのようにクネリ、まともに進めない。その建屋の看板は誰もが知る大手企業名が並ぶ。どれだけの人がここで被害にあったのか・・・この状況で再開復興できるのだろうか・・・全国に関連会社があり、社員も何万人規模。感覚が分からない。野球どころではない。だって仕事どころか・・・仲間が死んでいるのに・・・ひとりならいいのか、怪我ぐらいならいいのか、その工場に関わる社員と本社社員の態度のギャップに人間として心が痛む。
語りだしたら限がありません。終わりにします。
最後に我がことを・・・
今回の被災地訪問を活かして、
これからの人生、心の中でいっぱいシャッターを押せるように感性を発揮して歩んで生きたい
これで思いは胸に終い、震災の今とこれからについてはできるだけ語らないようにしたいと思います。
泥にまみれた長靴
記憶だけは絶対に失わないように、仕事机の横にそのまま置いておきます。
長らくお付き合いいただきありがとうございました。
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