松井秀がニューヨークに凱旋
万雷の拍手の中で手にしたチャンピオンリング
2010年4月14日(水)
ヤンキース戦前に行われたチャンピオンリング授与式で、観客の声援に応える松井秀【Getty Images】
それはまるでハリウッド映画のように――。ほとんど絵に描いたようなヒーローの帰還セレモニーだった。
エンゼルスを迎え撃った今季のホーム開幕戦の試合前、名門・ヤンキースは総力を挙げての盛大な優勝リング贈呈式をフィールド上で開催。ヨギ・ベラ、ホワイティ・フォードといった伝説的OBが招かれた場で、昨季優勝に貢献した名優たちにチャンピオンリングが手渡されていった。
そこで誰よりも目立ったのは、マリアーノ・リベラでもアレックス・ロドリゲスでも、そしてデレック・ジーターでもない。すでにヤンキース選手ではなくなったはずの、松井秀喜だったのだ。
「リングを獲るためにずっとヤンキースで7年間戦い続けたわけだから(贈呈式の間の)一瞬だけは喜びたい」
試合前に用意された会見ではそう語っていた松井だが、一方で「ファンからどんな反応がかえってくるかは想像できない」とも発言。7年という短くない期間をこの街で過ごし、新陳代謝の早い地元民の気質を十分に理解した男ならではの慎重なコメントだった。
■盛大なスタンディングオベーション
一二塁間に整列していた元同僚たちが松井のもとに一斉に駆け寄って、次々と熱い抱擁を交わした【Getty Images】
しかし普段はせっかちで移り気なニューヨーカーも、昨年11月のワールドシリーズで松井が見せた勇姿を忘れたはずがない。オフのエンゼルスへの移籍も、スター選手にありがちな金目当てのものではなかったことを誰もが理解していたはず。野球を良く知る満員のファンが、戻って来た松井にささげたのは、立ち会った誰もがしばらく忘れないほど盛大なスタンディングオベーションだった。
万雷の拍手の中でリング(注/実は元同僚のおちゃめなイタズラで最初に渡された指輪は偽物だったことも後に判明)を受け取ると、さらにその後にとびきりのクライマックスが到来。一、二塁間に整列していた元同僚たちが松井の元に一斉に駆け寄って、次々と熱い抱擁を交わした。
最後に最も心を通わせたジーターとしっかりと抱き合って、「松井帰還劇」はここでようやく完遂したのである。
「非常に感動した。おそらく一生忘れられない瞬間。幸せでした」
まるで小粋なシナリオライターが筋書きを用意したかのようだったリング授与式を振り返り、後に松井はそう語った。エモーショナルなセレモニーを見た直後、記者席で目をぬぐっていた米国人記者は1人や2人ではなかった。去り際にこれほど大きな歓声を浴びせてもらえるプロアスリートなど、この街でもそれほど数多く誕生してきたわけではない。
実績がないものにはそっけないニューヨーク。その一方で、能力があって結果を出す者には、この街の住人は立ち上がって拍手を送ることをいとわない。国籍も、人種も関係ない。力さえ認めれば仲間として認められ、尊敬も得られるのだ。
■次の地点に進んだことの証し
2003年に渡米以来、松井にとってもすべてが順風満帆だったわけではなかった。本塁打数は伸びず、批判にさらされた時期もあった。スターぞろいのヤンキースの中で、必ずしも最大級の脚光を浴びてきたわけではなかった。だがそれでも、この日の会見でジーターがささげた言葉は、ニューヨーカーの松井に対する印象を分かり易い形で表現していたと言って良い。
「松井は私にとって最もお気に入りのチームメートの1人。プロフェッショナルという言葉がぴったりで、毎日必ず準備を整えてスタジアムに来てくれた。何があろうと言い訳をするのを聞いたことはない。手首を故障して同僚たちに謝罪するような選手にはこれまで出会ったことがない。ホーム開幕戦の場に彼がいることは適切に思えるし、ファンからオベーションを受け取るに相応しいよ」
主将ジーターが予言した通りの見事な雰囲気のなかで、フランチャイズ史に残るセレモニーは終焉(しゅうえん)――。これでついに、松井にとって「メジャー生活の第1章=ヤンキース時代」が真の意味で終わったとも言えるのかもしれない。
リング授与式の余韻が冷めやらぬ中、すぐに開始された試合で、松井は5打数無安打。昨季まで辛苦をともにしたアンディ・ペティート、マリアーノ・リベラといったベテラン投手たちに完ぺきに抑え込まれた。
「最初は違和感があったが、打席に立ったら打ってやろうという気持ちになった」
試合後にそう振り返ったが、明日以降はその違和感もさらに薄れるはず。
終わりは始まりでしかなく、今後、ヤンキースと松井はそれぞれの道を歩んで行くことになる。これから先はエンゼルスの4番打者・松井として、苦しいスタートを切ったチームを押し上げなければならない。そしてもしも彼の第2章にヤンキースが絡むとすれば……それは秋のプレーオフで古巣と直接対戦することになったときだろう。
そんな夢の対決が実現できるかどうかは、「up to you.(自分次第)」。ニューヨークを離れても、「すべては自分次第」。
明日以降はオベーションの総量は減るかもしれない。殊勲打でも打てば、ブーイングにさらされるかもしれない。しかしそれは、また新しい戦いが始まったことの証し。松井がニューヨークという通過点を突破し、次の地点に進んだことの証しでもあるに違いないのだ。
地元ファンと旧友が異例の大歓迎 松井秀、古巣NYに凱旋
【ニューヨーク=渡辺浩生】「ヒデキ・マツイ!」。場内アナウンスが高々と名を呼び上げた瞬間、超満員のヤンキースタジアムに大歓声がとどろいた。
13日に行われた米大リーグの優勝リング授与式。昨季のワールドシリーズ制覇をたたえる本拠開幕戦直前のセレモニーでは、覇者ヤンキースの選手がフィールドに勢ぞろいする中、最後にシリーズMVPとして、エンゼルスに移籍した松井秀喜の名が呼ばれた。
[フォト]チャンピオンズリングを手にする松井
地元ニューヨークのファンは、西海岸に新天地を求めて去った自分をどう迎えるか。「想像できない」。試合前の“凱旋(がいせん)会見”では、そう淡々と語った松井。だが、一人だけ違う色のユニホームを着た「55」番のカムバックを、観客は総立ちで出迎え惜しみない拍手を送った。
「おそらく一生忘れられない瞬間。幸せでした」。めったに感情を表に出さない松井が、心から感激した表情で語った。
ヤンキースのジラルディ監督から箱入りの優勝記念リングが手渡されると、整列していた元同僚たちがいっせいに松井の元に駆け寄る。松井も、かつての戦友たちと顔をクシャクシャにして肩を抱き合った。
実は、箱の中身のリングは偽物。この後、試合前に両チームが整列した際、ジラルディ監督から本物が手渡された。親友のジーターがたくらんだいたずらと聞かされ、松井は「はじめにもらったものが本物だと思っていた」と苦笑した。
見守るファンは複雑な心境だった。ヤンキースの55番のユニホームを着た男性は「松井を慰留しなかった球団の判断は今でも間違いと思っている」と話すと、「今日も縦じまを着て戻ってきてほしかった」と寂しげな表情を浮かべた。同様に「55」のユニホーム姿で応援したニュージャージー州在住のジョー・サンジェニートさんは「彼の謙虚な姿勢がずっと好きだった。今日のファンの反応が、彼がニューヨークのヒーローだということの証明」と話した。
セレモニーで旧友たちとひとしきり喜んだ後、気持ちの高ぶりを振り切るように一人、三塁側に戻っていった松井。試合では「最初は違和感があったが、打席に出たら打ってやろうという気持ちになった」。容赦なく向かってくる先発ペティットらヤンキース投手陣の前に、凡退を繰り返したエンゼルスの4番指名打者・松井。それでもスタンドのファンは、敵陣の赤ゴジラが登場するたび、変わらぬ声援を送ってくれた。
エンゼルスがアブレイユの満塁弾で2点差まで迫った九回。松井が2死で打席に立つと、その勝負強さを知る一部のヤンキースファンからはブーイングも。しかし二飛に終わって試合終了。結局、松井は5打数無安打。異例の大歓迎をしてくれたヤンキースファンに、バッティングで“お返し”はできなかった。
チームも開幕から2勝6敗と波に乗れない。「自分を含めて選手が持てる力を取り戻していけば、チームの勢いはついてくると思う」。試合を振り返る松井の言葉には、少し悔しさがにじんでいた。
この瞬間を映像で見たとき、思わず「スタンディングオベーション」
感動で目に涙がたまった
野球とベースボールの違い
選手を一人の人間としての尊重しているところにあるように思う
人種の違いなのか、文化の違いなのか、歴史の違いなのか・・・
日本人による日本人の野球
アメリカンベースボール同様にチーム間での選手の移籍は頻繁に行なわれる
敵チームにいけば敵になり、野球の応援どころではない
すべてではないが、日本ではお目にかかれない感動的なワンシーンであった
それとも・・・松井秀樹という野球人の成せることなのだろうか
野球はこうして国際的な国と国の架け橋となっていることにも
もっと目を向けるべきだと思った
おかげさまで 『黄金のひばりたち』 社会人野球ブログ ランキング1位!
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