黄金のひばりたち

感動なき人生に興味なし・・・真っ向勝負人生を綴ります。

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東北大震災の被災地に触れて、今思うことを綴っておきます。
そして、心のスイッチを切り替えます。いつまでも映像や思いをを引きずってはいけない気がしたからです。
必要なときは被災地を思い叫びます。被災者支援を自分にしかできないことを続けていきます。しかし、ここ熊本の日常の中でいつもその目線では社会との意識格差がありすぎて人間関係が歪んでしまい、私の心も壊れてしまう。自らの主張を誇示し過ぎないように、ささやきながら思いやりながら復興支援していきます。
決して忘れることのない被災地の景色。頭の引き出しに一旦しまいます。帰ってきてたった一日だけど、一度も笑っていない自分がいます。リフレッシュして笑顔を取り戻したいと思い、現地で見た感じた思いをここで吐き出してしまいます。
 
 
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この1カ月で被災地の様子は大きく変わった。
津波の直後はきれいだった遺体は、現在黒い腐敗した肉片となって瓦礫の下から見つかるようになった。
避難所や病院ではみんな新聞紙の上に便をして丸めて捨てていたのに、いまは仮設のトイレが常設されるようになった。
当初はマスコミと被災者しかいなかったホテルは、支援団体でいっぱいになり、ホテルというホテルが満室である。
地元のラジオはひたすら「尋ね人」や「メッセージ」だけを連呼していたのに、今は音楽やバラエティーもやるようになった。
被災地の瓦礫はかなり撤去され(それでも初めて見た人はびっくりするが)、かなりきれいになり、水も引いた。
いい意味でも、悪い意味でも、いろんなものが変わっていると思う。


石井光太氏(ノンフィクション作家)
震災直後から被災地取材を行い、週刊ポスト、月刊WiLLなどに寄稿。被災地取材については、積極的にブログ、ツイッターを通しても発信している。
http://www.kotaism.com/
僕は、この鼻腔の粘膜に焦げ付いたように離れない津波のにおいを、一、二年後にかならず本にしてまとめる。
においをつたえることが、被災地にきたことのない人に津波を知らせることになると思うからだ。
そのとき、読者は、「気分が悪くなる本を読んだ」と言うかもしれない。が、気分のいい津波なんて存在するわけがない。本当の津波というのは吐き気がするほど嫌なにおいに満ちたものなのだ。
僕はそのにおいを記憶にとどめるために、瓦礫の山の中を歩き続けているのである。

現地にいて思ったのは、メディアが描く世界と、被災地にいる人々との<落差>だ。
たとえば、メディアはがれきの山の中におちているアルバムを保管する人のことを映しても、父親が死んだ息子のポルノ雑誌を見つけ出して涙する光景は報じられない。
見渡す限り廃墟となった町を映し出すことはあっても、そこに漂うヘドロや腐臭や下水の臭いなどについて説明することはない。
人を救う消防士や自衛隊が脚光を浴びても、物陰で嘔吐してながら遺体捜査をつづける彼らの姿が報じられることはない。
東京にもどって講演をしたり、インタビューを受けてそういう人たちのことを話すと、たいていその場にいる人たちから「聞いていて気持ち悪くなった」といわれる。
しかし、大切なことを忘れてはいないか。
気持ちのいい津波なんて存在しないのである。膨大な数の死者がでて、無差別に町が破壊され、人々が嘆いている。
そこに「気持ちのいいこと」なんかあるわけがない。
だが、そのなかで、人々は懸命に生きようとしている。
たとえば、嘔吐しながら遺体捜査をしてくれる人たちがいなければどうなるのだろう。
検死をしてくれる医者や歯科医がいなければどうなるのか。
彼らは決して光の当たらないところで苦しみながらも何とか津波の後片付けをしようとしている。そこから立ち上がる土台をつくろうとしているのだ。
僕は、そういう人たちが「気持ち悪い」といわれて目をそらされる世の中は異常だと思っている。
こういう人たちにこそ、光があたり、、どんな状況や思いのなかで津波の「負」を背負っているのかということを知られるべきだと思う。
これはツイッターに書いた光景についてもすべてそう思う。
真夜中の公園で下着を洗う女の子、がれきのなかで下痢に苦しむ人、転がっている使い古された生理用品。
こういう苦しみにこそ、津波の本当の姿があるように思うのだ。
むろん、全員が全員それを直視する必要はないと思う。
人間が生きるために「気持ちの悪いこと」から目をそらし、「気持ちのいいこと」に目を向けるのは当然のことだ。
だが、それだけではいけない。
やはり、本当の部分を知らせる<選択肢>がなければならない。
僕はその<選択肢>をつくるために、被災地をまわり、様々なレポートを書いているのである。
 

本気な人の本音を紹介しましたが、被災地での実情と被災者の心の中に一番近いのはこの本音の部分だと思います。
現地に行ったからこそ知ることが出来た実態と感じたことを綴ります。
 イメージ 2芸能タレントらが炊き出しなどで明るく振舞っていますが、その話題性のある明るい被災地映像は、今支援の心を持っている人たちの緊張感を取り去ってしまうのではないかと不安を感じました。
被災者のご自宅で瓦礫の撤去や泥だしのお手伝いをしていたその時その場所のすぐ近くで石原軍団が炊き出しをしていました。しかし、そのタレントがいる場所でその炊き出しをすがる思いで食べたいと思っている人がそれほどいたとは考えられません。ただ、有名タレントを一目見てみたいと思った被災地にありながら余裕のある人がほとんどだと思います。本当に困っている人たちは、そこへはいけないのです。動く手段もない。健康的にも余力がない人たち。本来炊き出しなどの支援を受けるべき人たちは、そんな支援を受けられずその情報さえも知らずに途方に暮れていたのが現実です。当然私も被災者ではないので行っていませんし、現地にいてもそんな情報は耳に聞こえてきませんでした。そこで思い出したのが、スマップの中居君や江頭24時など人目に触れず現地で支援活動をしたという情報です。メディアへの露出もなかったと思います。その後の真実の追っかけも聞きません。有名人が被災地を訪れる際に必ずテレビカメラがついてくることに、不信感が募ります。その輪は広がりを見せ、今ピークを迎えています。なぜでしょう?売名行為のエスカレート?一見元気を与えているようで、それは誤解される演出要素の強いパフォーマンスに近く、本当に苦しい人らをもっと苦しめる状況になっていることに気づいてほしいと石巻でボランティア活動をしながら思いました。
 自衛隊さんたちのおかげで道路がほぼ開通していて、壊滅状態の場所にも動けるようになっています。その反面、一ヶ月たった今も津波に遭遇し海水が引き、景色が変わった瓦礫の山に車の散乱状態のまま手付かずの地域がまだあり、おそらく瓦礫の下に行方不明者が眠っているだろう場所も目にしました。何年かかるか分からないほどの壊滅状態からの復旧活動・・・自衛隊員の苦労に、もっとスポットが当たってもいいと思いました。
 人が行きづらい地域にこそ行くべきで支援が必要だということ。人が集まりやすいところにはスピードを上げて復旧し、余分な救援物資がたまっていること。徐々に政府のもたつきと反比例して各地でボランティア団体が次々と発足し現地で活動していること。インターネットで見るボランティア情報はあくまで受け入れる役場側の都合による制限であり、被災者はボランティアを求めているということ。津波被害を受けた地域以外の被災地と言われている地域では電気やガスが復旧し、交通網もガソリンも食料も何不自由なく日常生活が出来ていること。。ボランティアセンターでの受付に来る人のほとんどが県外からのボランティアで、地元の人は少ないという。それは自分たイメージ 4ちも被災者だからという理由からであるが、ボランティアがテントを張って生活しながら寝袋に包まれて寝ている中、元気で暮らせる地元の人たちは何をしているのだろう?と思ったのはたぶん私だけではないと思う。パチンコ店の看板に目を奪われ、パチンコしている人が多いのに愕然とした。
 津波に襲われた人の心理は絶対に知ることが出来ない。語れない。言葉がない。まだ親の、子供の行方を探している人がいる。遺体安置所はボーリング場だった。その前を車で通ったが凝視できなかった。行方を探している先は、自宅の近くでも海の近くでもなく、各地にある遺体安置所だ。
 イメージ 5仙台空港が飛行機の乗り入れを再開してから二日目に羽田から仙台に入った。滑走路はニュースで見た瓦礫と共に津波が押し寄せていく状況とは一変してきれいになっていた。入り口は仮設で一ヶ所、トイレも一ヶ所、すべて機械ではなく人の手で仕事がされていた。「ありがとうございます」航空会社の人たちだろうか。そのすべての「ありがとう」は単なるあいさつ言葉ではなく、その人の心が伝わった。悲しみが伝わり再開を喜び、来てくれてありがたいと言う気持ちが凝縮した本物の「ありがとう」だった。
 女川町あたりだっただろうか・・・時速10キロ程度で車を進めていた。左前方に少年が立っていた。かわいそうにという感情だったが、すれ違う瞬間に目が合った。その目は鋭かった。悲しみにうちしがれた目ではなかった。
ハッとした。窓ガラス越しに無言の言葉が返ってきた。「お前ら何しにきた。助けてくれないのか。」・・・
イメージ 6 泥だしを手伝った家で、ボランティア活動を終え、自前のほうきとチリ捨て、そして一本の油性マジックペンを必要ならおいて行きますと言って差し上げた。「マジック・・・・ありがとう」たかが一本のペンに心から感謝された。
 車の散乱が永遠に続く景色を見ながら、何万台とあるこの車を誰がいつ撤去し、どこに運ばれ処分されるのか
考えた。そしてその車の数以上の行方不明者は今どこに眠っているのだろう。
 工場地帯は人影もなく壁の壊れた立派な大きな建物が立ち並ぶ。道はジェットコースターのレールのようにクネリ、まともに進めない。その建屋の看板は誰もが知る大手企業名が並ぶ。どれだけの人がここで被害にあったのか・・・この状況で再開復興できるのだろうか・・・全国に関連会社があり、社員も何万人規模。感覚が分からない。野球どころではない。だって仕事どころか・・・仲間が死んでいるのに・・・ひとりならいいのか、怪我ぐらいならいいのか、その工場に関わる社員と本社社員の態度のギャップに人間として心が痛む。
 語りだしたら限がありません。終わりにします。
 
最後に我がことを・・・
イメージ 7ブログをはじめてから、カメラを購入し、常に持ち歩くようになり日常生活からこだわりなく多くの写真を撮ってきました。カメラを構えるとピースサイン!不思議なことに、みんな笑顔になりました。今回カメラを持ち込み、たくさんシャッターを押しました。整理をして気づいたことがあります。被災者にピントを合わせた写真がほとんどありませんでした。ボランティアで訪れた61歳のご夫婦や避難所での子供たち、ボランティアチームを組んだ7人の出会った仲間たち、被災地の瓦礫を見つめる少年・・・・・当然プロではなく仕事でもなく趣味であり素人であり・・・・人気がないところですらこっそり撮っていたような気がします。写真を撮る理由なく、自信がなく、場面と雰囲気とを重んじなければ人の顔は写せないのだということを知りました。形には残らないが、本当は撮りたかったそれぞれの瞬間が脳裏に記憶されて、心にも残っているのがなんとも不思議。なるほど写真って言うのは心で撮るものなんだな・・・
 
今回の被災地訪問を活かして、
これからの人生、心の中でいっぱいシャッターを押せるように感性を発揮して歩んで生きたいイメージ 3
 
これで思いは胸に終い、震災の今とこれからについてはできるだけ語らないようにしたいと思います。
泥にまみれた長靴
記憶だけは絶対に失わないように、仕事机の横にそのまま置いておきます。
 
 
長らくお付き合いいただきありがとうございました。
 
 
  

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