黄金のひばりたち

感動なき人生に興味なし・・・真っ向勝負人生を綴ります。

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Song for Japan Man - Yomigaere!  マン - 甦れ!
 東日本大震災を受け、スウェーデン在住、MANが日本のための応援歌
「Song for Japan Man - Yomigaere! / マン - 甦れ!」ミュージックビデオを作成。
 
この曲に感銘を受けたNY staffは、5月にこの曲を被災地に持って行きます。
ニューヨークから祖国を思う沢山のチャリティーイベントなどの
NY中のおっきな皆の想いをこの映像にのせて直接、被災地へ届けてきます

スウェーデンから日本へ、スウェーデンからNY、NYから世界へ、世界から日本へ
 
『甦』とは、" 更に生きる " と書きます。
 
 
Sweden語の諺なんだけど、Så länge det finns liv finns det hoppっていう。
 
命がある限り、希望もある。
 
だから俺は、絶望さんたち にも期待していたい。
 
今日じゃなくても、明日じゃなくても、一年後じゃなくても、必ず、
ああまだ生きてて良かった〜って思う日が必ずくると俺は信じてる!^^

MAN自身の、ヒストリーMANから、CANNAへの手紙(eMail) April 08  2011 
 
 
 
 
『実は俺もFlashbackすること昔よくあった。今になってやっと治ったようなんだけど、夢つ〜か悪夢の中でまだあるんだよな』
 
俺の実の親は移民として西アフリカのGuine Bissauからポルトガルまで非難したんだけど、
なぜか分からないけど、なんかの理由で俺を捨てて、それで孤児院に入れられた。
そして、養子になってSwedenに来たわけなんだけど、養子の親は今最高にRespectしてるし、最高に愛してるけど、親との付き合いはいつも簡単だったっていうわけでもなかったね。トラウマのせいか、俺かなり大変な子だった。
心の落ち着きはなかった。学校で一人の黒人だったので、長年それで苛められてきたので、性格が更に悪化。
悪い連中と絡んだり、学校サボったり、家出したりすること多かった。
結局、人種差別主義者やナチに殴られたり、侮辱な事されたりすることに耐えられなくなったし、 親と仲悪かったし、俺には行き場はないって思った。
白人の世界に馴染めんし認められるわけもないし、アフリカに行ってもそっちの言語さえ話せんし、俺って人生漂流者じゃんってだんだん思い込むようになって、
俺にはなんの価値のないから死んだ方が増しだろうって、死んだらとにかく痛みはないやろ、痛みから解放されたいから死のうかって思うようになった。
その時点でもう学校行ってないし、親とも話さんし、食べることも、寝ることもほとんどなかった。
これは高校2年生の時だったと思う。ある日親と大喧嘩して、出ていけって言われて家出したんだけど、真冬の真夜中だったので、どこにも行けんかった。追い詰まれた気分になって、すごく暴れてたのを憶えてる。
町のどっかのスーパーの窓を割ったり号泣きしたり、石投げたりとか今思い出すと、なかなか信じられないほど乱暴しだしたんだよね。幸いにも俺しか居なかった。完璧に闇の気持ちに翻弄されてたから他の人見たら襲っちゃったかも。
 
自分の怒りもう止められなかった。みんな死んじゃえってみんな俺ほど苦しめ!って思った
 
電車の踏み切りを渡ろうとしたら、遠い電車の音を聞こえてきた。
じゃあ、このクソの人生を終わりにしようって思った。俺どうせそもそも失敗だし、でも電車に引かれる寸前、
 
 
足が勝手にゆっきりゆっくりと動き始めて、踏み切りから降りようとした。自分が誰かに操りされてる感じ。
気のせいだったかも知れないし、自分の本能だったかも知れない、未だに分からんけど、ぎりぎり跳ねられなかった。
っていっても右の腕すこしひかれて、肘の骨を折っちゃった。
でもその痛みより、すご〜い開放を感じた。 
 
     俺、生きてるんだ!    
 
    自分で生きること選んだんだ。
 
 
 
 
日本のみんなに この思い 届け!FROM サポーター 雲雀
Song for Japan Man - Yomigaere!  マン - 甦れ! 

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