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究極のレッスン 〜「風に向かって」
「遥かなる道」を目指したい!・・・そんなあなたのために。

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  〜 39歳 怒涛の上達 〜

トーナメントに参加し始めて3ヶ月程過ぎた頃、私のもとに友人のツアープロ、T.Nと弟子でもあるH.Tが短期ではあるが渡米してきた。
T.Nは当時関西では乗りに乗った若手プロで、京滋オープンを制し来年のトーナメントは開幕から出場予定の選手だった。
調整も兼ねこの Tommy Armour Tour に参加してきた。

私は日本で「有志会」というプロとアシスタントプロの研修会を月1回開催していた。
「日本版ミニツアー」というところであろうか。
総勢20名から30名までの小さなトーナメントである。
その中には現在トップツアープロとして活躍している平塚哲二プロも参加していた。
会の主旨は勿論技術向上の為であった。
その研修会の中でも彼はずば抜けた強さを見せていた。
私はプライベートで彼と何度もラウンドした。
5回に1回しか勝てなかった。
勿論かなりのBETは彼の手に渡っていった・・・

彼らが到着するやいなや我々は練習ラウンドを開始した。
ところがラウンドを重ねる毎に私と彼との間に差がついていった。
私が彼に勝てないのではない、彼が私に勝つことが出来なくなったのだ。
ひどい時には80を軽くオーバーした。
来年ツアーに参加するという選手がである。
慣れない芝のせい?
勿論それもあるだろう、しかしもっとも大きな原因はコースレイアウトにあった。

ティーショットを飛ばせば良いだけの日本のコースとは違い確実なコントロールが要求されるアメリカのコースではドライバーの精度がスコアに直結してしまう。
私はショットに於いては彼よりも数段勝っていたから・・・
このような結果になっていったのである。

    〜 涙 〜

そんな練習ラウンドの折
とあるホール(450ヤード)で私は2アイアンを手にしていた。
彼がその瞬間こう言った。
「それはないでしょう!450ヤードですよ!」
別に彼に悪気はなかった。
年下ではあるが日本ではいつも私にコース攻略のアドバイスをしてくれていたから・・・
その延長に過ぎなかった。
しかし私は何故かそこでムットして・・・
「ここではお前は俺に教えるな!日本とは違う!ここにはここのゴルフのやり方がある。黙っとけ!!」
「すみません・・・」
「・・・・・・・・」
長い沈黙の後私は2アイアンでティーショットを打っていった。
勿論彼の手にはドライバーが握られていた。

18ホールを終えた私達にはスコアの上で大きな差がついていた。
72でラウンドした私の対して彼は83。
無言のまま車に乗り込んだ私達は帰途へと就いていた。
その車中、後部座席でくやしさに鳴咽をあげて泣く彼の姿があった・・・
私は驚いて声も出なかった。

「すみません!生意気なことを言ってしまいました!」と彼
「いや!ついカットなってしまった俺が悪い」
「だけどこれだけは解って欲しい」
「アメリカでのコース攻略ではもっとも大切なのはセカンドショットをどこから打つか?という事でティーショットのディスタンスではないという事」
「わかりました!」と彼

アメリカの大地はわずか3ヶ月の間に二人の立場を簡単に逆転させ、しかも私に何か得体の知れないエネルギーを注ぎ込んでいたのだった。

     〜 意地 〜

その後の彼というと・・・トーナメントでは、日本から持参してきたドライビングアイアンをティショットで多用した。
成績はグングン上がり、賞金を手にする事も多くなった。
それでも・・・まだ私には勝てなかった。
そして彼が帰国する前日。
私達はプライベートなラウンドを行った。
わたしは彼に言った。
「100ドルのBetな!」
彼は頷いた。
私達の戦いが始まった。
17番までお互い一歩も譲ることなく同スコアできた。
18番2人はフェアウェイの中央にボールを運んだ。
そして、セカンドショット。
わたしのボールはグリーン中央を捕えた。
しかし彼のボールは右サイドのバンカーに中。
私は「これで決まった!」・・・と内心思った。
彼は慎重にスタンスを取ると、ピンを見据えて集中してきた。
いやな??感じがした。
軽く打ち出されたボールはカップの中に吸い込まれた。
最終ホールをバーディで締めくくった。
軽い衝撃を脳に受けた。
しかし私の5mのバーディパットも残っている。
私も集中した。
ボールは・・・ホールを通り抜けた。
負けた。
くやしかった。
しかも最後に・・・

二人は堅い握手をした。
「ツアー頑張れよ!」
彼が残した意地のバーディ。
明日に繋がることを祈った。

    〜 【ボールスピード】 〜

アメリカに渡って半年も過ぎた頃、Tommy Armour Tourでの成績も上位に顔を出せるようになっていた。
ショット、アプローーチ、そしてパットに於いても技術的問題はクリアー出来ていたからである。
ただスコアは安定してきたものの調子が良くて18ホールで2アンダー、3アンダーどまり。
これでは3日間でイーブンパーがやっとこさ、とても優勝出来るるスコアは望めない。

ショットがついてもバーディパットが決まらない。
アメリカ人のプレーヤーの爆発力は凄まじい。
私の方が遥かにショットの精度が高いのにも関わらず、終わってみれば彼らはバーディの山を築いている。
そして何度となく言われ続けたこの言葉「Toshi!パットさえ入ればいつでも65は出せるよ!」
慰められているのか?けなされているのか?

「技術的な問題はないはずだ!」
「精神的にも負けてはいない」
「なのに何故?!」

私は例のスティーブ.ロマンティンをゴルフに誘った。
18ホールを終えて彼に尋ねた。
「俺のパターのどこに問題があるんだい?」
彼は考える事なく答えてきた。
「技術的問題は全く無い完璧なストロークだ!」
「問題はスピード」
「???」
「スピード?」
日本では聞いたことのないフレーズだ。
「それはタッチという意味?」
私は聞き返した。
「いや!違う」
「君のパットはスピードが一定でない」
「パットでもっとも大切なのはスピードなんだよ!」

英語が完璧ではない私にとってこれは禅問答のようなもの。
私はもう一度聞き返した。
「私のパティングにおけるタッチが弱いのかそれとも強すぎるのか?」
「そうじゃない君は自分の【ボールスピード】を持っていない」
「???」
彼は容赦なく続けた。
「何故同じ距離のパットを強く打ったり弱く打ったりするんだい?」
「何故どんな状況でも同じ【ボールスピード】で打たないのか?」
この言葉で私はようやく彼の言わんとすることが見えてきた。

私も含めて日本人プレーヤーの多くはこういう事をグリーン上で口にする。
「このラインは強めに打ったらカップの内側やけど、タッチだしたらボール一個は切れるかなあ?」
キャディさんもこう切り返す。
「真っ直ぐ強め大丈夫よ!」
「そやけど外れたら少し下りやし・・・3パットの可能性があるから流しとくわ!」
この会話は日本のプロでも平気で使う。
トーナメントの解説でもゲストプロが「さあ!ここは真っ直ぐ強気に打てるかどうかがこの試合を決めるKeyになるでしょう!」

今私は・・・この会話を本当に滑稽だと思う。
しかしスティーブに指摘されるそれまでは「私も同じ言葉」をいつも自分の頭の中でつぶやきながらプレーしていたのだ。
「ここはどうしても外せないパットだ」
「強めに真っ直ぐ!!」
また時には「無理に強く打ってバーディパットを3パットのボギーにしたくない」
「ここは安全にジャストタッチでいこう!」・・・

「状況に応じて【ボールスピード】を変えてしまうパットをするべきではない!」と彼は言いたかったのである。
彼はこう続けた。
「【ボールスピード】を変えないでプレーし続ければ自分のラインも明確になってくる。」
「グリーンを読む目も一定してくる」
「Toshiはあまりに多くのラインを持ち過ぎている」
私はここまで言われて「日米プレーヤーのパットの差はここにあったのか!」とコロンブスの卵以上の驚きであった。

彼の言葉の意味が良く理解できた人は、先ほどのキャディさんとのやりとりは本当に滑稽だと気づくはずである。
キャディさんにどれくらい曲がるか聞く事は全く意味のない事なのだ。
「どちらに切れるのか?」と聞くのは許される。
しかし「どれくらい切れるのか?」という質問は・・・本当は答えられるはずもない。
専属キャディならまだしも、初めて出会ったキャディさんがあなたのパティングの【ボールスピード】をどうして知っているのか?
【ボールスピード】を知らずしてラインの答えは出てこない。
無数とも言えるパットラインを作り出す事が出来るのは、あなたが持っているパティングの【ボールスピード】だけなのだ。
人にラインを聞く事の滑稽さが身に沁みてわかった。

【自分自身のボールスピードを持つ】
この事がパティングではもっとも大切な要素なのだ。

ジュニアの頃からプレーしてきたプレーヤーは誰に教えられる事なくこのスピードを自分のものにしている。
ブライアン.ハーモン(Braian.Harman)
彼の持つパティングの【ボールスピード】はデビュー当時のタイガー以上だと書いた事がある。
彼の為にラインを読んであげる事は・・・誰にも出来ないはずである・・・

私はさっそくこの【ボールスピード創り】に取り掛かった。
しかしこれは・・・予想以上に難しかった。

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