|
NHKシリーズ証言記録 「市民たちの戦争」 ●「宮城県白石・集団学童疎開の記録」 昭和19年9月、浅草の国民学校の児童約350名が宮城県白石市に疎開してきた。親元を離れ、見知らぬ土地で暮らす児童たち。初めて体験する東北の寒さ、そして深刻化する食糧不足。翌年の昭和20年3月には卒業式のために6年生約100名が東京に戻る。そして3月10日、東京下町を襲った大空襲。宮城に残った下級生たちも多くが親を失い、戦災孤児となった。引率教師と児童たちの証言で、疎開生活の実態との空襲の悲劇を記録する。 ●「戦場になると噂(うわさ)された町 〜茨城 勝田〜」 兵器工場の町だった茨城県旧勝田町(現ひたちなか市)。太平洋戦争末期、本土決戦に備える大本営は、勝田に近い鹿島灘をアメリカ軍上陸地点の1つと想定し守りを固めていた。昭和20年7月17日、突如、アメリカ艦隊の艦砲射撃がこの町を襲う。破壊力はすさまじく、住民など110人余りが犠牲になった。そして、アメリカ軍が上陸するという噂が町に広まっていく。戦場になることを覚悟した人々の証言を伝える。 ●「“引き揚げ”の嵐の中で 〜京城帝国大学 医学生の戦争〜」 太平洋戦争が終わり大陸に取り残された日本人はおよそ660万。彼らは暴力と栄養失調、伝染病にさらされながら祖国を目指した。そんな混乱のなか、引き揚げ者たちのため医療活動を行った医学生たちがいる。日本が“外地”に始めて設立した帝国大学である京城帝国大学の医学生たちだ。彼らは、ソウル、プサン、博多港と各地で医療の最前線に立った。医学生たちが体験した引き揚げの現実と惨状を伝える。 |
全体表示
[ リスト ]





