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まゆみんの夫です。
以前、このブログで、韓国人は400年前の秀吉の朝鮮出兵の恨みを忘れておらず、
特に加藤清正が治めていた熊本に対しては未だに敵意を持っているって話をしました。
僕の家は加藤家の配下だったので、おそらく朝鮮出兵にも参加していたと思います。
だから、余計に400年も恨み続ける韓国人に対して恐怖を覚えます。
昨夜、まゆみんから意外な話を聞きました。
実は、まゆみんの実家も朝鮮出兵に関係がありました。
ただ、立場は全く逆で、
400年前、陶芸家であった先祖は、朝鮮から無理やり連れてこられたそうです。
朝鮮出兵で、多くの現地の職人を無理やり連れてきたのは有名な話です。
まゆみんの先祖もその職人だったそうです。
同じ熊本ですから、400年前の強制連行に互いの先祖が直接関わっているかもしれません。
まゆみんにとっては、このことは歴史的な事実ではあっても
恨みのような対象ではないそうです。
ちなみに、僕の先祖はさらに時代をさかのぼると、父親の先祖も母親の先祖も平家の落ち武者です。
もちろん、源氏に対して恨みはありません。
戦争による恨みは代々受け継ぐものではないと思います。
戦争のおろかさは受け継ぐべきでしょうけど。
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なんと400年も前の家系がわかる、お二人は凄いですね。
びっくりしました。
戦争ほど愚かなものはないと思います。
平和だからこそ、いろいろできるものね。
子や孫に青い空と海を残したいです。
2009/7/5(日) 午後 11:26
我が家は両親ともに、平安時代までさかのぼれますよ。父の方は趣味で資料を集めて調べたそうです。昔の戸籍は寺で探せるそうです。
母方は寺なので、自分ところで分かっているそうです。
憎しみは忘れることができると思います。時間はかかるでしょうが希望は捨ててません。
2009/7/6(月) 午後 11:27
まゆみんさんはご先祖さまが陶芸家だったので芸術的な才能があるのかも知れませんね。
2009/7/6(月) 午後 11:29
朝鮮出兵の朝鮮側の資料である「宣祖実録」には次のように書かれている。
「人心怨叛し、倭と同心」「斬る所の首級半ば皆朝鮮の民」
朝鮮の民衆は既に王や大臣を見限り、日本軍に加担する者が続出した。
また、明の朝鮮支援軍が駆けつけてみると、辺りに散らばる首の殆どが朝鮮の民であった。
と書かれているのだ。
実際、王が首都漢陽から逃げ延びるとき二人の王子は民衆によって捕らえられて日本軍に引き渡されている。
漢陽死守を願う民衆を見捨てて、王や大臣たちがとっと逃げだしたのだから、朝鮮民衆も彼らのために命を投げ出して日本軍と戦う気が起きるわけがない。
また、景福宮などの焼失に関し、
李恒福の「白沙集」によれば、秀吉軍の入城前にはすでに灰燼となっていた。
それは、民衆が兵乱と聞けばすぐに蜂起して、宮廷を襲い略奪したからだ。
ことに奴婢は、秀吉軍を解放軍として迎え、奴婢の身分台帳を保管していた掌隷院に火を放った。
2013/7/13(土) 午前 10:13 [ アジアや世界の歴史や環境を学ぶ ]