山水臥遊

里山の外れ、谷川のせせらぎをたよりに歩いていくと、忽然と現れる仮想草庵。どうぞ、お茶でも一服・・・。

不生不滅 不垢不浄

母が遂に逝った。
8月の終わりに危ないと言われながら、11月には85歳の誕生日を迎え、新年さえ迎え、もしかしたらこのままずっと生き続けるんじゃないかと思っていた矢先だった。

認知症を患い、私の知っていた母は既に居なくなって久しい。

どうしても一度家に返してあげたくて、施設から自宅に運んで貰った。
いつも寝ていた和室に寝かせてあげて赤い口紅を引き、派手なジャケットを羽織らせたら、昔の母が戻って来たようで嬉しかった。
元はかくしゃくとした人だった。
一緒に色々な所に旅行に行った。
好奇心旺盛で、旅先ではむしろ私を引摺って行くほどだった。
元気だった頃の母が、旅先でちょっとまどろんでいるだけの様に見えた。

家族が集まり、母が写経していた般若心経を弟に読経してもらった。
それから母が作った曲を皆で歌った。
それがお別れの会だった。

その後、マンションに戻り、母への長い手紙を書いた。
母に聞いてもらいたかった思いの丈を残さず綴った。

そう言えば、母が昔写経して持たせてくれた般若心経がうちにもあったなと、本棚を探すと般若心経と一緒に、昔母が息子に書いてくれた手紙が出て来た。
そんな手紙をもらっていた事さえすっかり忘れていたのに、母の、当時小学校一年生だった息子に宛てたひらがなだらけの封筒の表書きを見て、母からの手紙の返事が来たのだと思った。
子育てが大変だった時、一番力になってくれたのが母だった。

そう言えば、子育てに協力してくれた事への感謝を、手紙には書いていなかった。

そう思って一度封をした手紙を開け、感謝の言葉を書き足した。

傍の般若心経には、色即是空 空即是色 不生不滅 不垢不浄 不増不減 無老死
などに言葉が並んでいた。

母はやっと病から解放され、頭をぼんやりさせていた重い霞のようなものと肉体から解放されたんだと思った瞬間だった。

母の意識は脳の死と共に消滅したんだと思っていたが、そうではなかった。
単に病気のせいで檻に閉じ込められていただけなのだと思う。

もう母とこうして意志の疎通が出来る様になったではないか。
むしろ母の意識はいつも私の周りにいてこれからはいつでも対話も出来るようになったのだ。

般若心経の言葉の様に、母の意識は死んだりはしないのだ。








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