山水臥遊

里山の外れ、谷川のせせらぎをたよりに歩いていくと、忽然と現れる仮想草庵。どうぞ、お茶でも一服・・・。

公開

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全29ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

来し方行く末

母の死を通して、私の感情は色々な動きをする。

まずは生きていることへの虚無感。

そしてそれが落ち着いて来て、母の記憶を辿りながら、まだ自分の幼い頃の記憶にまでたどり着く。

集団保育の始まる前の子供にとって外の世界は、時々母について回る買い物の店々や、時々立ち寄る公園などに限られる。
そのどれもが驚きと発見に満ちてキラキラしていた事を思い出す。
薬局について行くと、ケロちゃんやら何やらの小さなおまけが貰えるのがとても楽しみだった事。
可愛いねえ、やらいくつ?やら他愛ない店の人との話が多分嬉しかったのだろうこと。
何も特別な事のない日々が、今大人になった自分が捉えるより、ずっと美しく楽しい記憶として刻まれていることに気づかされる。

母のしてくれた事はそれで十分じゃないか、ああして欲しい、こうして欲しかったなんて思うのは結局、自分で勝手に握りしめた事で、子供の様に、小さな目の前の場面だけを見れば、不幸などどこにも無かった事に気づく。
下手に知識が増えて視野が広がると、色々と不幸の種をほじくり出すものだなあと、びっくりして馬鹿馬鹿しさに呆れる。

多分あの世で母に会うまで、自分は楽しく生きて行けるだろうと、思う。
母に心からの感謝。

不生不滅 不垢不浄

母が遂に逝った。
8月の終わりに危ないと言われながら、11月には85歳の誕生日を迎え、新年さえ迎え、もしかしたらこのままずっと生き続けるんじゃないかと思っていた矢先だった。

認知症を患い、私の知っていた母は既に居なくなって久しい。

どうしても一度家に帰してあげたくて、施設から自宅に運んで貰った。
いつも寝ていた和室に寝かせてあげて赤い口紅を引き、派手なジャケットを羽織らせたら、昔の母が戻って来たようで嬉しかった。
元はかくしゃくとした人だった。
一緒に色々な所に旅行に行った。
好奇心旺盛で、旅先ではむしろ私を引摺って行くほどだった。
元気だった頃の母が、旅先でちょっとまどろんでいるだけの様に見えた。

家族が集まり、母が写経していた般若心経を弟に読経してもらった。
それから母が作った曲を皆で歌った。
それがお別れの会だった。

その後、マンションに戻り、母への長い手紙を書いた。
母に聞いてもらいたかった思いの丈を残さず綴った。

そう言えば、母が昔写経して持たせてくれた般若心経がうちにもあったなと、本棚を探すと般若心経と一緒に、昔母が息子に書いてくれた手紙が出て来た。
そんな手紙をもらっていた事さえすっかり忘れていたのに、母の、当時小学校一年生だった息子に宛てたひらがなだらけの封筒の表書きを見て、母からの手紙の返事が来たのだと思った。
子育てが大変だった時、一番力になってくれたのが母だった。

そう言えば、子育てに協力してくれた事への感謝を、手紙には書いていなかった。

そう思って一度封をした手紙を開け、感謝の言葉を書き足した。

傍の般若心経には、色即是空 空即是色 不生不滅 不垢不浄 不増不減 無老死
などに言葉が並んでいた。

母はやっと病から解放され、頭をぼんやりさせていた重い霞のようなものと肉体から解放されたんだと思った瞬間だった。

母の意識は脳の死と共に消滅したんだと思っていたが、そうではなかった。
単に病気のせいで檻に閉じ込められていただけなのだと思う。

もう母とこうして意志の疎通が出来る様になったではないか。
むしろ母の意識はいつも私の周りにいてこれからはいつでも対話も出来るようになったのだ。

般若心経の言葉の様に、母の意識は死んだりはしないのだ。







日日是好日

樹木希林さんの遺作、「日日是好日」を見る。
主人公の父親を除いて男性はほとんど登場しない。
女性の平凡でささやかな生き方。その心の支えとなるお茶と日常に見え隠れする美。
そんなささやかな美を湛えた小さな作品だった。

前日、初心者の生徒二人に、袱紗さばきを教えたばかりで、主人公と従姉妹の二人が樹木希林演ずる武田先生から袱紗さばきを習っているシーンが妙に印象に残った。

こじんまりと集まって小さな布を畳んだり開いたりする。
手から手に伝えられる先生の教え。昔ながらのおばあさん先生像を樹木希林さんが好演している。

映画を見た知り合いからは、茶道の本質からは外れているなどという意見も有ったが、こんな女性ならではのお茶も有り、それが細かい所まで描かれていると思った。


Share the silence

先日海外からの大学生に初めて茶道を体験してもらった。
彼らの集中力の高まりと、場の静まりは比例する。

大人相手の茶席だともうちょっとざわざわした感じが残る。

今日は日本人の高校生を相手に茶道体験をしてもらった。受け身で聞くことに慣れている学生の集中力が醸し出す茶席は大人のそれよりずっと研ぎ澄まされている感じだ。

お茶は良くインタラクティブアートなどと言われるが、まさに客の側も茶席の空間を作っていると言う不思議な芸術である。
一人でお茶を点てたり飲んだりする空間とは違う、日常とは切り離された場を作り出す。
部屋の秒針が動く音や、湯水の注がれる音が急に感じられ、それが一人一人の気持ちを鎮め、平安へと誘う。お茶の持つ不思議な力である。

最期の母

施設にいる母が食事を摂らなくなって2日経ち、胃瘻か看取りかの意思表示をと迫られる。

もしこのままだと平均10日から二週間なのだそうだ。
これが最後かもと思いながら母に会いに行く。

私を産んで、育ててくれてありがとうと肩を抱いて言った。
骨だらけになってはいたが、まだ温かかった。
最後おうむ返しに、「ありがとう」と返してくれた。
意味がわかっているかはわからない。

手を離した時、母が私の前半生のバディ、伴走者であったことを急に理解した。
良きにつけ悪しきにつけ、足がかりを付け 、世界の初期設定をしてくれたのが母だった。
カタパルトから飛び出す飛行機のように、そこから解き放たれた瞬間だと感じた。

本当に遅まきながらだが、ここからは一人で後半生を歩んでいくのだ。そして後ろでその様子を見守っていた息子の前半生の伴走者が私であり、私の後半生の伴走者が息子なのかも知れない。




全29ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.

過去の記事一覧

洞中庵
洞中庵
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(1)
  • ensyuu
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事