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2018.6.15.

先日、JADIS/JA-80に使っている球が1本逝ってしまったので、こりゃスペアを買って置かないと!と思って、某所をみたらラス1で4本ペアが出ていたので、M支配人に無理を頼んで落としてもらった。

昔は、1本2000円くらいで買えたのに、今じゃその倍の値段。しかしそれでもKT88やEL34といった人気球よりも随分と安いんんだからこれも時代の流れで仕方がない。

最近、この球もあんまり見かけなくなった。特にペアで出ているようなものはほとんど見かけない。

あたしゃ何よりこの球がMade in Englandというところに惚れているわけで。
だから他のヨーロッパ球やロシア球、はたまた米球よりも、なんとはなしに英国の球を使うことに勝手な魅力を感じている。

鳴らすのがChartwellだからというだけのことだけれど。
英国のSPをあんまり濃厚な感じに鳴らすのは、ちょっと違うような気もしていて。
まあ、鳴ればなんでもよかったりはするけれど。

ECC83は東独製で、ECC82は仏製。とにかく米球を入れないところになんとかヨーロッパの響きを期待しているわけ。


とかなんとか言っても、実はスベトラーナのKT88なんかはものすごく色気が出て結構このアンプには合っているようにも感じていたが、英国球の魅力はもう少し素朴な感じで、色彩感のあるにはあるが、ちょっとドスが効いた感じが遠のくのがいい。
あまりに濃厚すぎると、ふしだらな感じで、こっちがおかしくなってしまいそうになるので。

まあ、兎に角こういう球は見つけたらげっとするしかないのが今のご時世。



・・・・・



2018.7.1.


もう7月ですな。暑い。

最近、ほとんど音楽など聴く余裕がなくて人生なかなか山あり谷ありというか、いや谷ばかりだなあーと思いつつも、まあ生きてりゃなんとかなるさと思うしかない。

けど、現実はそう甘くもないしね、、、ホント大変だあ〜。
矛盾に満ち満ちている。

ミスチルのHanabiでも聴こうと思って、ネットにつなぎ、エレボイチームの電源を入れた。


どうも昔から不満だった音だが、久々に鳴らしてみると結構いいもんだなーと思ってしまう。

音楽を聴くのって、最近ではテレビの音声くらいなもんでオーディオ装置で音楽など聴いていなかった。


まあしばらく聴いていると、それなりにまた不満も出てくるが、エレボイのSPで音楽が聴けることのこの不思議さを考えると、まあこれも幸せというしかないのかもしれない。

自分で稼げるようになってからは、あれだけJBLに嵌ってしまったけれど、もともとはエレボイのSPがほしかったんだ。
学生の頃は、そんなにオーディオにお金をかけれないし、どこかで聴いてその音にあこがれたわけではない。とてもJBLのSPなんて買えそうもなかったし、第一クラシックを聴いていたあたくしが、JBLを使おうなんて思っていなかったそれが、エレボイのSPになんとはない家庭用SPの平凡だけれど、ギスギスしない暖かい何かそんな雰囲気がありそうだったので。

JBLのような研ぎ澄まされた何かとか、切れ味鋭いとか、なにかドライだけどやたらと乗りがいいとかそういうものを音楽には求めていなかった。だからエレボイだとそういうのがあたくしに丁度よいんじゃないかと単純に雑誌の記事を読んでそう思っていただけだった。



どこに満足を見出すか、日ごろのふつうに慣れてしまうと、ありがたみがわからなくなってくる。

世の中の矛盾、うまく生きて行くことのむずかしさ、健康、寿命・・・いつまでこうしていられるんだろう。

いつかは人間死ぬんだから、せめて生きている間はもうすこし、ほんのすこし努力することを忘れないようにしないとなあーと思ったり。

どうせ、そんなに急に頑張れたり、世の中が自分の都合に合わせて回ってくれるはずなんてないんだし。


今日がなくて明日はない。日はまた昇るが、今日の自分が明日あるとは限らない。

それが人生というもんだろう。


何か楽しみをみつけて、前を向くしかないじゃないか。

音楽って、本当にいいもんだなあと思う。
少し、気持ちが落ち着いた。

オスカーピーターソンとベニーグリーンのカルテットでも聴こう。



・・・・・



2018.8.5.


最近でもないけれど、昔からよく思っていたことが、JBLの家庭用のSPで割と大き目のタイプ、例えば、オリンパスとかパラゴンとかあるけれど、ああいうのをよく台の上に乗せて使っている人が多いように思う。

どこかのJAZZ喫茶も、お立ち台じゃないけれども、なんcmもある台の上に置いて使っている店があった。

JBLのSPで、特にホーンのタイプは耳の位置にSPを上げてこないといい音がしないと思っている人が多いように思う。
確かに、耳に突き刺さるような音を聴きたい人にはそれでいいのかもしれないが、、、

しかし、JBLのSPがそんな環境で使うためにああいうデザインになっているとは到底思えないんだけれどねえー。


少なくとも昔にあったBanbiのパラゴンにはそんなことはしていなかった。
当たり前だと思う。あんなものを台の上に乗せて鳴らしてしまうと絶対に音のバランスが悪くなると思う。

本来の使い方は、ポン置きで30畳くらいのところでつかうべきSPなのであって、反射板の真ん前に座って聴くなんて言っているのも、本当にバカげていると思う。

モノラルの時代の最後期にステレオが出てきてそのころのSPなんだから音のイメージはモノラルでもステレオでもならせて、なおもいい雰囲気が出るようなことでないと全くJBLの旗艦の意味がなくなってくるだろうに。


どこかの雑誌に耳の位置にミッドのユニットがくるようにセッティングするのがふつうみたいなことを書くヤツがいて、まことしやかにみんなそんなセッティングにしなきゃいけないのだろうと思ってしまうんだろうね。

ランサーの復刻盤S101だって、べつに床に直接置いて聴いていたって全然大丈夫だし、むしろその方がいいんじゃないか?と思ったりもする。もし、耳の位置まで高くしたいのなら、4425でも買えばいいじゃないかと思ってしまう。


確かにスタジオモニターならいざ知らず、家庭のなかで聴くためのSPをそんな風にセッティングしたってどうしようもないんじゃないのか?

バランスが取れないし、直接飛んでくる音に快感を覚えてだんだんそういう風に耳に突き刺さる音でないと満足しなくなるんじゃないんだろうか。

音楽とはもっと違う世界じゃないか?といつも思うんだけれど。

エンパイアのSPをスコーカーを耳の位置まで上げて使うようなアホはどこにもいないように、ランサーだってそうだよ。



自分でドラムたたきながら、やれ音像だの音場だのと言っていることの方がバカげているように思う。
そんなものを聴いてほしくて音楽やっていないし。

音の美しさ、楽しさ、面白さ、音に込められた気持ちや空間に響き渡る快感とか、、、
まあいろいろあるとおもうけれど。


ステレオでなくても音がちゃんと聴ければ、音楽が楽しく聴ければそれでいいじゃないか?と思ってしまう。
いろんな楽しみ方があるのはわかっているけれど、あまりにオーディオばかりに必死になりすぎても結局は音楽は聞えてこないかもしれない。


その昔、5.1chを真剣にマルチアンプ+マルチウエイで、劇場用SPで鳴らしていた時代があったけれども、あの夢はもう今では消えてしまった。

それをする空間を持ち合わせていないからだけれど、、、できるのならまたやってみたいと思う。

そのシステムは、最終的には未完成のまま終わってしまったけれども、ステレオなんかじゃ出せない世界がある。

オーディオって、何なんだろうなと思う。音楽を聴くためのツールじゃないのか?
オーディオをするためだけに存在するオーディオってちょっとおかしなことになりやしないのか?



・・・・・



2018.8.11.


ある人に会いに、京都まで行ってみた。

そこは27年前に一度行ったことのある場所だった。
あれから、おそらく一度も行っていない気がするが、記憶違いかもしれない。

ただ、残念なことに会えなかった。
ここのところずっとすれ違いになっていたので、顔を見たくて行ってみたのだが、まあこれはこれで致し方ない。

久々の京都で、晩御飯を食べるところを探して、適当に店に入ってみて焼き鳥を食べた。

ついでに、JAZZのLiveと書いてある店があったので、入ってみた。

プレーヤーのド真ん前の席に座れた。
それはいいのかわるいのか。

まるで、一緒に演奏しているかのような近さ。

で、音楽としては相当楽しめた。


最近再びドラムの練習を始めた。

自分の出す音のなんと情けないことよ、、、。
そのプレーヤーの出す音は、濁りのない澄んだ音だった。
凛として潔い。しかも芯のしっかりとした繊細な音だった。

何時間か前に出していた自分のドラムの音との隔たりがあまりにもひどくて。

そういえば、以前に使っていた子供用のドラムセットをジョージアンさんに叩いてもらったら、全く本格的な音がしたのに驚いたことがある。

今使っているLudwigのBreakbeat の時も自分のたたく音と、ジョージアンさんの音は全く別ものだった。

ああいうのって、オーディオにも言えて、使う人によって全く様変わりした音になることがある。


オーディオも楽器と考えれば、その装置から出したい音があって、それがあきらかに反映されるのだから、当然といえば当然かもしれないが、その音を出すための方法論があるだろうし、そのテクニックがないとその音が出せない。

どんな機材を使うかで音が変わるけれども、結局は使い手次第という至極ごもっともな自分のなかでの結論。

その京都でやっていたドラムのおやじさんに、休憩時間に話しかけてみた。
どうして練習したらいいんでしょかと。

やっぱり基本のテクニックをしっかり身に着けて、自分の目指す音をさがすしかないと。


おー、さすがですなあ。世の中そういうもんでしょう。

音楽とは、あるいは人生とは、なかなか難しいもんだね〜。


会いたかった人よ、いいことがあるように祈っているからね。

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