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2018.8.13.

押入れを掃除していたら、昔に買ったフェラーリが出てきた。

と言ってもプラモデルだけどw。

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梅田のキディーランドで買ったのだろう、包装紙もそのままで、値段は900円。

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大した中身ではないが、それにしても懐かしい。

昔、308GTBにあこがれたことがあった。
ポルシェよりも、フェラーリにあこがれた。
イタリアンレッドの。

テスタロッサなんかが出てくる以前の話。

365とかいいなーといつも思っていたんだ。

でもとてもフェラーリのオーナーにはなれるほどの甲斐性もないし。
本当に乗りたいと実は思ったこともない。

写真でしかみたこともないが、365は高速道路でみたことはあったけれども、なんか違う独得な走りには、ますます近寄りがたい何かがあるように感じた。

ある人のお宅にディーノ246が置いてあって見せてもらったが、ちょっと感動した。
思ったよりも、こじんまりしていた。

それでも、その風貌には、どうしようもない魅力が詰まっていた。


車にはとんとご縁のないあたくしになってしまった。

一番困るのは、時間が読めないということ。
それに、運転すること自体面倒になったし、事故も怖い。疲れるとか睡魔に襲われるとか、、、まあいろいろあってあまり車には興味がわかなくなった。

でも、やっぱり今一番乗りたい車は?と言えば、やっぱりフェラーリかな。
きっと一生ご縁がないけれど。


ついでに見つけたのは、フェアレディーZ。
これはもう完成させたやつ。

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サファリラリー仕様の240Zと、ロングノーズの240ZG。
ついでに、フェアレディー2000。

部品が数点とれているが、それでもまだまだちゃんと生きているのに感動。


当時、ラリー仕様のものは、ドロドロになりながら走りまくるダッツン240Zのことを想像しながら作っていたら、なんかわくわくしてきたんだ。

プアマンズポルシェといわれようと、フェアレディーZの運転の楽しさと言ったら、もう最近の車にはあまり感じないなにかがあった。乗ったことのある人にしかわからない。L20のエンジンを積んだタイプでもスカイラインとはかなり印象が違う。お風呂につかっているような着座位置と、ちょっと重いハンドルで、長いノーズをえいやーと回すのが楽しかった。4万キロくらいは走ったと思う。



ある挫折を味わったとき、こういうプラモデルも全部処分しようと思ったことがあった。
でも、その時は思いとどまって置いておくことにした。


あれから何十年たって、今再びこのフェアレディーを見たとき、その頃のことを思い出した。

いつも、どんな時でも捨てないで思いとどまっていたら、いつの日か輝きに変わるときがあるかもしれない。

おまけにチョロキューっていうのかな?動くヤツも救出。

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・・・・・



2018.8.28.

最近のうちのドラムセットは、ロータムとフロアータムの大きいのを追加して、なかなかの外観になっているのだが、、、
何せ、あたしゃ実力もなけりゃ、ドラムの基礎もクソもあったもんでなく、まあど素人が楽器とただ戯れているにしかすぎない感じだろう。

しかしながら、、、今練習している曲は、結構雰囲気があって、やはりロータムとフロアータムを追加してするべき曲なので、なんかやたらと楽しくなってしまっている。

この曲は、ライブなどでは、フロアータムは1つで演奏されているし、シンバルも3つという結構ベーシックな構成でされているのもあれば、やはりちゃんとたくさん並べてやっている場合もあるので、どれを採ればいいのかわからなくなってくるが、ヨハネスどんがドラムセットをくれたおかげで、以前よりも音の出せる幅が広がった気がして今はなんだかおもしろくなってきている。


シンバルは、イタリアのU−fip製なんもんだから、以前使っていた国産の安いものと比べると本当にいろんな音が出てくるのに驚くのだが、今練習している曲には合っていないようだ。

叩き方を工夫すればまあ何とかなりそうではあるのだが少し叩いた瞬間に少しデッドニングとでもいうのか、輝きを落とすような工夫が必要で、ちょっと日本のポップスにはあわないのかもしれない。

よく多くのミュージシャンがジルジャンを使っているのをみると、やはりそうなんだろうなーと思わずにはいられないけれど、
そこは、あたくしやっぱりイタ物が好きで、シンバルもイタ製にしてしまっているところなど、ど素人のなせるわざなんだろうかね。

U-Fipのシンバルをたたいていると、とくにライドシンバルは低いチューニングのものなので、そこが日本のポップスに合わない理由の最たるもんなのだろうが、音の響きなんかは以前に使っていたWild 500や、なんちゃら300とかいうものよりは圧倒的によくて、さすがにここらへんは違うなーと思うし、イタもんらしく、ちょっと響きが洗練されているように思える。


まあ、弘法筆を選ばずで、どんな楽器でも、上手い人が触れば一瞬にして音が変わってしまうんだから、あたくしが思っていることなど、大した問題でもないんだろう。


音楽は、本当に演奏する人によってごろごろと表情を変えるので、難しい〜。



・・・・・


2018.8.28.


30年ほどの間、全く放置されていた押入れを片付けた。

昔のメンズクラブや、バンドやっていたころのビデオテープ、バンドスコア・・・、いろいろ出てきた。

コンサートに行ったときのパンフレットなんかも救出。

写真集なんかもあった。

うれしかったのは、行方不明になっていたバーンスタインの直筆サイン。
漸く再会できた。


控室にヨハネスどんと尋ねて行った。
バスローブを着ていたバーンスタインは、タバコを口にくわえながら(あれは葉巻だったか?)、快くサインしてくれた。

スターのほんのひと時を目の当たりにして、なんだかただただスゴイなあーと思っていた。

バーンスタインに会えたことはうれしかったが、その後のバーンスタインのいい演奏にはついに出会えなかった。


NYPと来て、ショスタコの5番やマーラーの巨人をやっていったようだが、そのコンサートには行けなかった。
とてつもなくすごい演奏会だったとあとで聞いて、あたくしも行きたかったがそれも仕方のないことだ。
いいコンサートに出会えたら、やっぱりずっと記憶に残る。とくに若い時のそういう体験はいい財産になるんじゃないだろうか。



・・・・・



2018.8.30.


押入れの捜索は今日で終了した。

ハセガワのFerrari/328GTBも出てきた。
全く手つかずで三番街のキディーランドの包装紙もかかったままだった。

当時、よほど308に惚れていたんだろう。何とも言えない、スッキリしたデザインはどこの車にもない魅力にあふれていたと感じていたと思う。308の本なんかも出てきて、そうだったんだなーと思出だしたというか、実はほとんど覚えていなかったのだが、それを見て思い出したんだろう。

だいたいFerrariなんて持てるような分際ではないし、必死で所有しようという気持ちすらおこらないくらいに遠い存在だった。

働くようになって、車のことなんてアタマには全く無くなったので、今でも乗る機会がほとんどないこともあって、あまり興味もないのだが、もし車が必要なところで暮ら無ければならなくなったときは、故障の少ない車を選ぶだろう。

いつまでも憧れがあるのは、いいのか悪いのか。人生1度きりなんだから、一度くらいは乗ってみたいもんだけどね。




・・・・・


2018.8.31.


がちょうさんが会いに来てくれた。

先日お見舞いに行ったのが、会えなくて残念だった。
体調が悪いのにわざわざ来てくれたなんて、本当にうれしいことです。

人間だれしも、いつまでも順風満帆とはいかない。
いつかは、病気をしたり、いろんなピンチに陥ったり、いろんな天災にあったりと、人生本当に厳しいものだと感じる。

あたくしも、いつまで生きていられるのかわからないけど、まあせめて生きている間は、自分なりに誰かの役に立てれたらいいなと思いながらなかなかそうもままならない毎日。

今日、テレビでウミガメの産卵から卵がかえって、海に子ガメがかえってゆくというのか、旅立つところがテレビでやっていたので、思わず見てしまった。

130個くらいの卵がうみつけられても、全滅するときもあれば、ある程度は生きて海に帰ってゆくのもあるらしいけれど、卵がかえるまでも相当気候に影響をうけるし、生まれてきてもいろんな天敵にやられてしまうことだってあるだろうし、今や絶滅危惧種になってしまっているウミガメも、そりゃ環境の変化で随分と苦労しているんだおろうと思う。

ミュージックフェアではTRFが出ていたが、ほとんど自分と歳がかわらないのに、頑張っているなーと思わずにはいられない。

自分が小さいころには、50半ばの人って、随分とじいさんくさく見えた時代だったけれど、今はどうなんだろうねえ。

この年になるまで生きてこれるとも当時は思っていなかったし、今のこの状況を想像することさえできなかった。


自分の小さいころには、グループサウンズを白黒テレビで見て、エアギターで踊りまくっていたらしいが、その頃の憧れは、今はほんのすこしだけ実現できているのかもしれない。

ギター、ドラムを時々触って遊んでいるが、それも小さいころの夢を未だに追い続けているのだろうか。


音楽をすることって、しかし本当にいいことだと思える。
できれば、もっとピアノを習っておけばよかったと後悔が残るが、まあほんの少しでも音楽に触れていられるなら、それはそれでいいじゃないか。



・・・・・


2018.10.21.


ステ〇ンを立ち読みしていた。

評論家が評論家のお宅を訪問する記事のようだったけれど、菅〇さんもなくなられてしまった。
パナのトイレである催しがあって、並んでタチションしたこともあるが、、、

瀬〇さんといい菅〇さんといい昔の記事は本当に面白かったと思う。

その本を立ち読みしながら、ふとまたオーディオを再開しようか・・・と思ったりもした。
なぜかわからないけれど、そう思った。

4508にE145を入れて、その上に2360ホーンと2450ドライバーを付けていたが、つまらない音に手放してしまった。

2450はワイドレンジでツイーターを足さないならそれで行くしかなかったが、実際のところは、やはり何か物足りない感じがした。で、ツイーターを足すわけだが、それも置き場所に困った。ホーンからつりさげる手もあってそれでも良かったけれど、なんかなーと思いながら。2450は音自体はつまらない。キナくさい音がして2360の時代的には合わないドライバーだと思った。

2445の方がよほどシステムの音に合っていたが、すでに2450を手に入れた時点でギブアップしていたんだろうと思う。
金銭的な問題もあったが、自分の気持ち的にすでに何かもうこれ以上のことをすることに歯止めをかけれるいろんなことがあって劇場用のステップアップはもうやめておこうとしていた気持ちがどこかにあった。

置き場所も困っていたし、だんだんとそのシステムを構築する元気もなくなっていた。

あと2445を2つ手に入れればどれだけほっとできたんだろうとおもうが、もはやその元気はなかった。
不思議なものだと思う。

なぜそこまでしなかったんだろうね。
おかげで、またツイーターをさがさないといけなくなりそうだけれども。

一度は手放した2360ホーンと4508はがもしかするとまた戻ってくる可能性が見えてきた。


最近、あまり聴かなくなった、パラゴンや4350にしても、久々に聴いてみるとやっぱりいいなーと思う。

パトリシアンとジョージアンは、特にいいSPだと思う。

普段、テレビの音や4430の音ばかりを耳にしていると、大きなSPの音は魅力にあふれている。

何も気にしないでポンと置いて鳴らしていてもこんな感じなんだから、どうしようもない。
いいものはいいとしか言いようがない。


評論家の人達のシステムをながめていると、それはその人の歩んできた道のりというわけだから、それでいいわけで。

あたくしは、あたくしのシステムがある。
だから、それをやっぱり完結しないとダメなんじゃないか?とふと思った。
9分9厘にして道半ばなりと師匠は言っていたが、確かにそうだなーと思う。

完結させないで終わるのはあまりに惜しい。

だから、、、やっぱりもう一度やりたいと思った。


しかし、もはやツイータは手に入るとしても、というか無いならないでもいいが、チャンディバはどうしようもない。
なので、4508にはNWが要るんだ。

修理ないといけないけれども5234Aならある。7KHzの周波数ボードもどこかにあるはず。
UREIの525も1台は残してあるから、フロントのステレオなら3ウエイマルチもできる。

もう4ウエイはしないしできない。サブウーハーは2台が残っているから、それでいい。

8330は8台が残っている。エッジはボロボロで修理が必要だが。

サンクラS8000もまだ何とか生きている。
フェーダーが死ななければ何とか使えるんじゃないか。


最近、本当に大きなシステムで聴くことがなくなってしまった。
聞きたい音楽もコレというものがなくなったせいもあるけれども、、、


せめて、2360を使ったシステムは復活させたい。いや別に2380を使ったものだっていいんだけど。
あの劇場用のSPで鳴らす、マルチchの音は、やはりわくわくする何かがあるんだ。

オーディオにわくわくすることがなくなってしまったのは、自分にも責任がある。
ドラムもまたたたき始めた。



・・・・・



路面電車に乗りたくて、阪堺線に乗った。

始発から乗るのですわれたが、ほぼ満員状態。

隣に座った女子高校生とその母親とおぼしき2人は、席の隙間が十分に1人は座れるであろう広さがあるにもかかわらず詰めようとしない。

あたくし、母親、女子高生、その隣の順だったのだが、母親はあたくしの方に積めればいいのにつめない。
女子高生の隣に白髪のおばあさんがやってきた。隙間があるので、そこにそのおばあさんが荷物を置いた。

母親はあたくし側に詰めればいいものを、わざと詰めない。
そのご老人はずっと立っていた。

しばらくして、そのご老人が降りたあと、母親はその娘に対して、ああいう老人には席はつめない。
荷物を置いて、こっちが詰めたら必ず座ってくる。
だから、絶対に詰めないんだと話していた。

あたくしは、しばらくその会話を聞いていたが、一体どういう教育をしているんだろうなーと思わずにはいられない。
その40代くらいの母親は、見かけは質素でマスクをしいていた。
恐らく化粧もしていないんだろう。

どういうことでそういう教育方針になるのかわからないが、今の40代くらいの男性にしても女性にしても、結構な頻度で席を詰めない輩が多いように感じる。

当然、その子供の年代は、言わずもがな。
そういう大人の教育を受けて育っているのだから、それが当たり前なんだろう。


どこの公共交通機関でも、一人でも多くの方が座れるように譲り合ってくださいだの、席に荷物は置かないでくださいだのとアナウンスしているのはよく耳にするのだが、、、


今の若い人?でもないと思うが、ある程度の社会的な立場の年代の人々がこんなことでいいんだろうか?と思うことがよく街を歩いていると見かけるのだが、


粋という文化が失われてきているんだろうね。
教育の問題なんだろうか。

もはや、モラルなど教えない学校、荒れ果てた学校で、一体何を教えているんだろうか。


いつか地下鉄で車両の一番端の席、の3人か4人掛けくらいの席に70代くらいのじじいとババーが座っていた。
しかも、詰めればあと2人は座れるだろうにと思うようなところを2人で占有している。

その前にあたくしが立っていたら、そのジジーはさすがに少し寄って、あたくしその空いたスペースに座ったのだが、そのジジーは詰めてやったのだから礼くらい言えとあたくしに言ってきた。

あたくしは、かなりきつい口調で、おまえはアホか!公共交通機関であんたのような座り方をしている方がおかしいだろう!と言ってやったら、唖然としていた。

どっちもどっちだが、いまの世の中本当におかしい。

粋なはからいとは一体どういうものなのか。

菅野さんが九鬼周蔵?の粋のなんちゃらという本のことを書いていた。


関西人は、マナーが悪いのは全国一だとは思うが、それにしてもひどすぎる。
アホの坂〇は笑えるからいいのだが、マナーは笑えない。
大阪府の中学?の学力テストは全国で最下位だそうだが、ナルホドとわかるように思う。

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