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丁度一年, 茨城でもまだ復興のスタートラインに立ててない気がします。 いや、日本がですけどね。 震災は私達に色んな事を考えさせました。 昨年の3月から5人家族だったのがちょっとお頭の足りない息子と2人家族となりました。 震災から1週間は、とりあえず喰う事と家の整理で終りました。 でも折れた右腕、水や電気、電話も使えない数日困りましたがたぶん自分の人生の中 ではつらい順位ではそれほど上位では無いかと思います。 それでも色々考えさせられました。 震災寺には錯乱した息子から階段から突き落とされたり色々ありましたがまずまず、 支障なく普通に生きてます。 昨年、津波が押し寄せた漁港の今日の様子です。 この港の時計は1年間、同じ時間を刺したままでした。 あの運命の時間、津波が押し寄せた頃でしょうかね。 山伏が海に向かって祈祷していました。 人それぞれ、この一年の思いってのがあるんでしょうね。 |
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一年前の写真なのか?昨日の写真なのか?とも思いました。
地震がいろんな災害を日本中にもたらしました。
日本!しっかりしろよ〜(^^)/~~~ とのメッセージもあるのでしょうか?
震災現地ではいろいろ大変でしょうが、ご自愛いただきまた1年を築いてくださいm(__)m
2012/3/12(月) 午前 7:19
1年前の今頃は,まだ真っ暗だったよね〜,寒かったし・・なんてこと考えていました。地震以外でも,ごんさんにはいろいろなことが「津波」みたいに押し寄せた時期だったんですよね〜。
遠くからこっそりと応援していましたよ。
1年は長いようで短い,でも短いようだけれど 思いのほかたくさんのことができたと思います。
復興もすこしずつ・・進むことでしょう。
2012/3/12(月) 午後 7:52 [ - ]
トトロさん、こんにちは。
津波で水に浸かった地区は復旧が遅い気がします。
海岸線の崩れた国道は修復中ですし。
これ以降、絆という言葉をよく聞くようになりました。
日本人の価値観を変えた事件であるのでしょうね。
2012/3/18(日) 午後 3:57
えこさん、こんにちは。
震災直後はとりあえずの家の修復と馬鹿息子の面倒で忙殺されてました。
ああなっちゃうと意外にも自分が罹災者という意識はないんですよね。
おそらくやる事があるうちは私は不幸ではないです。
・・・というか倒れたヒートポンプソーラ、300kg以上あったんです
けどなんで起こせたのか自分でもわかりません。
2012/3/18(日) 午後 4:04