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自分の気持ちの整理もつかないまま、電話をしてしまった物の、父の病名もこれから始まる検査や治療の事も、解っているのです。
ただ、自分の気持ちを、「ぶつけた」だけの電話だったと思います。
いま思い返すと、お忙しい先生にとても御迷惑をお掛けした事を、反省しています。
「はい、木村です。」と言う声に「もしもし、○○です。いつも、お世話になっております。」と、名前を名乗り、言葉を出そうとした瞬間に「あらあら、どうしたの?」と、いつも御相談を差し上げている時の様な「キリッ」とした口調ではなく、身内のようにとても優しく、まるで自分の横に居て見つめられている様な、そんな感じを受けたのは初めてでした。
その声を聞いた途端に、それまで我慢していた涙が止まらなくなりました。
父の病気の事を、報告し自分の心の整理が付かず「父に告知をして、良いものでしょうか?」とか、
「お酒を一滴も飲めない父が「肝臓ガン」だと、父だけを頼りにしている母に、どの様に伝えれば良いのか?」とか、自分は「これから、どのように行動を取れば良いのか?」等々、不躾にも堰を切った様に いろいろ、自分の事を「ダ−ッ」と話していました。
電話の向こうで柏手を打つ音が、聞こえました。
そして、静かな声でいくつかのお言葉を下さいました。
心が、落ち着きはじめ病院へと戻りました。電話を切る前に、先生から頂いた「どんな事があっても、頑張りなさい。貴方の為にも・・・」と言う言葉を胸に、納めながら・・・
病院へ戻り父母の居る病室に、入る前に深呼吸をして笑顔を作った事を、昨日の様に覚えています。
その時の、病室の模様や、何も知らずに笑顔で話す父母の姿も・・・
病気の事を、父にわざわざ告知しなくても良い。という事と、母にはもうすぐ話すタイミングが、やってくる。そして、私はいつまで経っても父母の娘で、大事な孫の母親であるという事。
公衆電話から掛けている事を気にして下さりながら、話した数分でしたが数年〜数十年のお答えを、
神様から頂戴し、木村先生がお伝え下さった。という事がそれから、約1年後に父が亡くなる前から
だんだんと、気付けた事などまた、アップします。
十数年経っていても、当時を思い出すとジワ〜と込み上げてくるものが有りますね。
泣き虫の私は、もっと強く為らなければと思っています。・・・
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tmkhrmさん、こんばんは。メルアドが公表されちゃうと、イタズラのメ−ルが来てはいけないと思い、申し訳ないのですがコメントを削除させて頂きました。ごめんなさい・・・
2007/3/1(木) 午後 6:22 [ gon*ar*s49 ]
いえ、ご配慮頂きとても嬉しく思います。
2007/3/2(金) 午前 2:22 [ tmkhrm ]