木村藤子先生にお世話になりました

木村藤子さんについて〜Real・オーラの泉〜

全体表示

[ リスト ]

お医者様から、告げられた病名を本人には告げず検査と治療が、始まりました。
母は胆石だと思い、至って軽い病気だと認識していた様で、楽観的に何事も受け取っていました。
入院して数日後、最初のタイミング・・・母に、病名を告げる時が来ました。

いつもの様に検査室に、入った父が気を失って運ばれて来たのです。
病室で待っていた母は、何がどうなったのか解らず呆然と立ちつくして居るだけでした。
なぜか、その時「病名を言うのは、今しかない」と頭を過ぎったのです。普通なら、母がもっと落ち着いてから話す事のはずなのですが、自分でもビックリしました。

落ち着いた声で、静かに母に父の病名を告げました。
何をするにも、何を決めるにも、父に頼りっきりで、自分では出来ない母が「きっと、泣いてしまう」と思ったのですが・・・
母はしっかりと、病気と父を一瞬で受け止めた様でした。
あんなに、落ち着いている母を見たのは、初めてでした。

父は、入退院を繰り返し、告知より1年2ヶ月で他界致しました。
元気な間にと思って計画し、家族で行った旅行を本当に喜んでくれました。
肝臓から、ガンが頸椎に転移し身体が動かなくなってきた頃のこと、天井を見つめていた父が
「あそこに女の人がいて先ほどから、こっちを見て微笑んでいる。もう、退院出来ないかもしれんな。
有り難う」と、ポツリと言ったことがありました。
「何を言ってるの?」と聞いても、父は穏やかに微笑んでいました。

それから、1ヶ月しないうちに昏睡状態に入りました。頸椎に転移が看られる前の検査では、
「肝臓の抗ガン剤が、とても良く効いているから半年に一度の投与で、年単位で延命されると思います。」とお医者様から、伺って喜んでいただけに転移はショックだったし、それからはとても早く逝ってしまいました。

人間は、神様から運命というものを授けられて、この世に生を受ける。
病気・事故等、どうしても避けられないものがある。それが、「運命なのかな?」と・・・
病気に関して言えば、私もそうなるかも知れないし、ならないかも知れない・・・
でも、もしそうなっても最期まで、どういうふうに人生を精一杯生き抜いたかという事が、
大事なのかな・・・・と

木村先生に頂いた言葉の数々を、父も母もそして私も徐々に気づかせて頂いた年月でした。

奇跡かもしれないと、思うのですが父が、ガンの痛みに耐え痛み止めの注射を受け続けたのは、    3日程でした。頸椎に転移したため全ての神経が麻痺し、痛みも感じなくなったのです。
痛みから先ず解放されて、足・腕・会話が出来なくなり眠ったまま逝きました。


まわり道をしても、立ち止まっても、神様に授かった運命は変えられない・・・


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事