木村藤子先生にお世話になりました

木村藤子さんについて〜Real・オーラの泉〜

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花粉症

とても長い間、更新していませんでした。
皆さん、本当にごめんなさい。m(_ _)m

今年は、ビックリするくらい花粉症がひどくて・・・
頭は重いし、鼻が詰まって夜は眠れないしで体力の全てを使っているようです。
少し良くなって参りましたので、明日より更新致します。

どなたか、良いアレルギ−の対処法を御存知のかたいらっしゃいませんか?

では、また明日・・・

お医者様から、告げられた病名を本人には告げず検査と治療が、始まりました。
母は胆石だと思い、至って軽い病気だと認識していた様で、楽観的に何事も受け取っていました。
入院して数日後、最初のタイミング・・・母に、病名を告げる時が来ました。

いつもの様に検査室に、入った父が気を失って運ばれて来たのです。
病室で待っていた母は、何がどうなったのか解らず呆然と立ちつくして居るだけでした。
なぜか、その時「病名を言うのは、今しかない」と頭を過ぎったのです。普通なら、母がもっと落ち着いてから話す事のはずなのですが、自分でもビックリしました。

落ち着いた声で、静かに母に父の病名を告げました。
何をするにも、何を決めるにも、父に頼りっきりで、自分では出来ない母が「きっと、泣いてしまう」と思ったのですが・・・
母はしっかりと、病気と父を一瞬で受け止めた様でした。
あんなに、落ち着いている母を見たのは、初めてでした。

父は、入退院を繰り返し、告知より1年2ヶ月で他界致しました。
元気な間にと思って計画し、家族で行った旅行を本当に喜んでくれました。
肝臓から、ガンが頸椎に転移し身体が動かなくなってきた頃のこと、天井を見つめていた父が
「あそこに女の人がいて先ほどから、こっちを見て微笑んでいる。もう、退院出来ないかもしれんな。
有り難う」と、ポツリと言ったことがありました。
「何を言ってるの?」と聞いても、父は穏やかに微笑んでいました。

それから、1ヶ月しないうちに昏睡状態に入りました。頸椎に転移が看られる前の検査では、
「肝臓の抗ガン剤が、とても良く効いているから半年に一度の投与で、年単位で延命されると思います。」とお医者様から、伺って喜んでいただけに転移はショックだったし、それからはとても早く逝ってしまいました。

人間は、神様から運命というものを授けられて、この世に生を受ける。
病気・事故等、どうしても避けられないものがある。それが、「運命なのかな?」と・・・
病気に関して言えば、私もそうなるかも知れないし、ならないかも知れない・・・
でも、もしそうなっても最期まで、どういうふうに人生を精一杯生き抜いたかという事が、
大事なのかな・・・・と

木村先生に頂いた言葉の数々を、父も母もそして私も徐々に気づかせて頂いた年月でした。

奇跡かもしれないと、思うのですが父が、ガンの痛みに耐え痛み止めの注射を受け続けたのは、    3日程でした。頸椎に転移したため全ての神経が麻痺し、痛みも感じなくなったのです。
痛みから先ず解放されて、足・腕・会話が出来なくなり眠ったまま逝きました。


まわり道をしても、立ち止まっても、神様に授かった運命は変えられない・・・

自分の気持ちの整理もつかないまま、電話をしてしまった物の、父の病名もこれから始まる検査や治療の事も、解っているのです。
ただ、自分の気持ちを、「ぶつけた」だけの電話だったと思います。
いま思い返すと、お忙しい先生にとても御迷惑をお掛けした事を、反省しています。

「はい、木村です。」と言う声に「もしもし、○○です。いつも、お世話になっております。」と、名前を名乗り、言葉を出そうとした瞬間に「あらあら、どうしたの?」と、いつも御相談を差し上げている時の様な「キリッ」とした口調ではなく、身内のようにとても優しく、まるで自分の横に居て見つめられている様な、そんな感じを受けたのは初めてでした。

その声を聞いた途端に、それまで我慢していた涙が止まらなくなりました。
父の病気の事を、報告し自分の心の整理が付かず「父に告知をして、良いものでしょうか?」とか、
「お酒を一滴も飲めない父が「肝臓ガン」だと、父だけを頼りにしている母に、どの様に伝えれば良いのか?」とか、自分は「これから、どのように行動を取れば良いのか?」等々、不躾にも堰を切った様に いろいろ、自分の事を「ダ−ッ」と話していました。

電話の向こうで柏手を打つ音が、聞こえました。
そして、静かな声でいくつかのお言葉を下さいました。

心が、落ち着きはじめ病院へと戻りました。電話を切る前に、先生から頂いた「どんな事があっても、頑張りなさい。貴方の為にも・・・」と言う言葉を胸に、納めながら・・・

病院へ戻り父母の居る病室に、入る前に深呼吸をして笑顔を作った事を、昨日の様に覚えています。
その時の、病室の模様や、何も知らずに笑顔で話す父母の姿も・・・
病気の事を、父にわざわざ告知しなくても良い。という事と、母にはもうすぐ話すタイミングが、やってくる。そして、私はいつまで経っても父母の娘で、大事な孫の母親であるという事。

公衆電話から掛けている事を気にして下さりながら、話した数分でしたが数年〜数十年のお答えを、
神様から頂戴し、木村先生がお伝え下さった。という事がそれから、約1年後に父が亡くなる前から
だんだんと、気付けた事などまた、アップします。

十数年経っていても、当時を思い出すとジワ〜と込み上げてくるものが有りますね。
泣き虫の私は、もっと強く為らなければと思っています。・・・

今晩は!!やっと、復活致しました。\(^○^)/
敦盛様、「はじめまして」様、nyannko y31様、ご心配をお掛けしたうえに、暖かいお言葉まで頂戴し 本当に、有り難う御座いました。
今回、久しぶりに寝込んでしまい床に着いて「ボ−ッ」としていたら、亡くなった父の事を、なんだか 思い出しました。

うちの父は、頑固者で昔気質が服を着て歩いている様な人で、「男たるもの、世の中に何が恐い物等あるか!」と言うのが口癖で、そのくせ人情には篤く見た目は、「男気がある人」と世間では、言われていたのですが、本当は、ものすごく怖がりで病院なんか行って検査を、受ける事になろうものなら、
母を、必ず連れて行く。(いや、付いていってもらう・・・)という大騒ぎ。
父は、若い頃から胃が弱く、晩年にも胃潰瘍を患い。たまに胃けいれん等を起こしては、救急病院へ搬送される事も何度かあり、母子の間では「もしガンを患うんだったら、胃が危ないね。気を付けないと」なんて、よく話していたんですが、ある日、外出先で一人胃けいれんに襲われて、搬送された病院から電話が掛かってきました。隣の県の病院だったから電車で約50分・・・

お医者様曰く「胃けいれんではなく、胆石ですよ。今日は、痛みが強い様なので1日入院してもらって
明日、腹部のエコ−で胆石の大きさや、数など詳しい所を検査しましょう」と、言われ
内心「ホッ」として、母と長男と一緒に帰路に着きました。

腹部エコ−の検査を終え、数時間後「お医者様からお話がある」とナ−ス・ステ−ションの前を通り掛かった時、呼び止められ「後で先生のお部屋へ、行って下さいね」との事、「じゃあ、母にもその様に伝えます」と答えると「いえ、先生がお子さんをお呼びする様にとの事ですので」と言う返事・・・
なんとなく、嫌な感じを受けながらお医者様の前へ・・・
ご挨拶を、申し上げて病状の説明が始まった。

「肝臓ガン」だったんです。それも、「もう肝臓内に転移がみられ切除も出来ない」と・・・
頭が真っ白で、病室に戻って平気な顔で居られる自信もなく病院を飛び出しました。
これからの治療内容を、父にどう説明しよう?母には、どう言えばいいんだろう・・・

頭の中の整理がつかず、病院と駅の間を何往復もしました。
私は、どうして気持ちを落ち着ければ良いのか解らず、気が付けば木村先生の所にお電話を差し上げていました。

父の病気時の事なので、詳しくアップして行きたいと思います。
木村先生から、どの様にお答えを頂き、父と接して、そして最期に父の「気づき」、私の「気づき」についてこれから、続けます。

今日も、お休みです。

更新しようと、頑張ったのですが・・・
申し訳ありません。今日も風邪ウイルスの圧勝です。
完敗致しました。
早く、治るようにスタミナ・ドリンクで今日は応戦です。

皆さん、ご心配頂きまして有り難うございます。
                    gonzares49 拝

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