|
8月6日(土)
広島に原子爆弾が投下されてから66年目の8月6日が今年もやって来た。 朝から平和記念公園では、原爆死没者慰霊式と平和記念式典など多くの行事が営まれた。 そして今年は、核兵器廃絶と戦争のない世界恒久平和の実現を越えて 求めたものがあった。
それは、東日本大震災からは命の大切さを強く感じ、福島原発からは放射線の恐ろしさを再認識したことから、今年は 若い人たちも含めて多くの方が命と平和への思いを感じた日となりました。
これからは、今までの原子力の”安全神話”は崩れたこともあって、この日を契機に被爆の犠牲者を思いやり、放射能の恐ろしさから、人類はこれからのエネルギーを根本的に組み換えなくてはならなくなったと思います。
そして原発事故から得た教訓は、核の平和利用は是認されるのだろうか。
今夜は、原爆で犠牲になられた方々や、今なお被爆の後遺症に苦しめられている方への鎮魂の”とうろう流し”が行われた 元安川からのお祈りを捧げます。
慰霊塔 |

- >
- 生活と文化
- >
- 祝日、記念日、年中行事
- >
- その他祝日、記念日、年中行事








祈りの気持ちが伝わって来ます。
本当は喧騒の中でしょうが、シーンとした静かさが良いですね。
母も被爆者でしたが、何も語らず逝きました。
2011/8/7(日) 午前 9:27
被爆者の平均年齢が77歳となっているとのこと、あれから66年ですから被災した年齢が11歳、親を探し逃げ惑うのみだったことででしょう。
お母上も原爆に遭われ艱難辛苦の時代を送られたのですね。私も10歳の時被爆しました。幸い無傷でしたがあの時の惨状は忘れられません。
この元安川でも閃光で一瞬にして全身を火傷をして川に飛び込み水を求めたのです。その供養に”灯篭流し”の行事が始まりましたが今では戦争のない世界平和を願って灯篭に託していますね。
当時の状況は、語り尽くせぬ悲惨さで逃げ惑うのみでした。
2011/8/7(日) 午後 0:53 [ goo*733*802 ]
私の叔父も宇品付近で原爆で亡くなりました。”灯篭流し”をする元安川も犠牲者でいっぱいだったと聞いています。この日は全ての犠牲者に祈りをささげたいと思います。原子力はまだまだ人がコントロールできる代物ではないということですね。
2011/8/7(日) 午後 4:51
当時私たちは知識がなかったので、原子爆弾を新型爆弾=ピカドンと言って恐れたものです。
戦争は民間人でも誰彼容赦無く襲いかかる惨さがあります。亡くなられた方にはご冥福をお祈り致しますが核爆発のこわさが身に浸みます。
これから福島原発の汚染地域や燃料棒のこれからの処理をどうするのでしょうね。
2011/8/7(日) 午後 5:20 [ goo*733*802 ]
goodさん>こんばんは♪
昨日は原爆投下の日でしたが今年は福島原発事故の放射能問題で
もう一度考え直す事になりましたね。
原発は平和利用の目的の一つで安全と言われて来ましたが、もう
一度、エネルギーの再考が必要となりました。
でも、東京電力をはじめ電力会社は莫大な利益優先が福島の事故
が起きても変える気は全くないようですね。
自民党をはじめ民主党や数多くの議員達が企業の『使途不明金勘定』
からの裏献金を多額で頂いていましたから誰も本音での発言が出ない
ようですね。。。マスコミにはもっと大きな罪がありますね。。。
今日はふと、このような事が頭をよぎりましたよ。
ポチ!
2011/8/7(日) 午後 9:21 [ さんちゃん ]
原発の安全神話は崩れたことから、核の平和利用を叫んで来た我々はこれからどう共存していくのでしょうか。
ヒロシマで起きた悲劇とフクシマで起きた放射能汚染は、核の問題を問うていますね。
66年前、一瞬にして家族をバラバラにした後の”語り部”の言葉から漏れるのは、家族を失い孤児として生きた時代の悲しみを吐露されていました。
当時、8/6から8/15の終戦、以後食べて行くのがやっとの時代、子供も働き手の一人として懸命に生きた時代を思うと、繰り返してならぬ出来事です。
この元安川の灯篭流しで亡き人を弔う家族を見て、次世代が幸せであって欲しいと願いました。ポチに感謝。
2011/8/8(月) 午前 4:19 [ goo*733*802 ]