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9月27日(木) |
歴史
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8月30日(木) 今回の歴史ハイキングは、呉市倉橋島(古名=長門島)を訪れる。 倉橋島の南端には、火山を背に負い白い砂浜に風格漂う松林が広がる景勝の地 "桂ケ浜" がある。入り江の沖には小島が散らばる風光明媚な場所で、瀬戸内海航路の要衝の地であった。 奈良時代には、この地を訪れた遺新羅使一行がその途次、望郷の念を詠んだ万葉集に 倉橋を歌った和歌八首が石碑に刻まれ歌碑が建てられている。 ○ 石走る滝もとどろに鳴く蝉の 声をし聞けば京都し思ほゆ ○ 山川の清き川瀬に遊べども 奈良の都は忘れかねつも ○ 磯の間ゆ激つ山川絶えずあらば またも相見む秋かたまけて ○ 恋繁み慰めかねてひぐらしの 泣く島陰に庵りするかも ○ わが命長門の島の小松原 幾代を経てか神さび渡る ○ 月よみの光を清み夕凪に 水手の声呼び浦廻漕ぐかも ○ 山のはに月傾けば漁りする 海女の燈火沖になづさふ ○ われのみや夜船は漕ぐと思へれば 沖辺の方に楫の音すなり 以上八首 日本の白砂青松百選に選ばれている桂ケ浜周辺には桂浜神社・多賀谷氏の菩提寺”西蓮寺”や遣唐使船を作ったドッグ並びに造船歴史館などに新造された遣唐使船が置かれ今に残る歴史と文化に通じた。
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7月28日(土) 森に入れば不思議な世界に出会う。 自然の中では、お互い相寄り添って生きていかなければならない場合もあれば、勢力争いをして群落を広げ存在感を示している勢力もある。 例えば、ブナの一生は200〜300年と云われていますが、森の中に入れば大木のブナや古木が不思議な姿で生きている。 その姿は、威風堂々型・異種同居型・夫婦型・コブ型などの姿で一生を過ごしている。 今回 恐羅漢山の台所原を歩いているとブナとトチの木の異種同居型に出合った。今日まで風雨に曝されながら生きて来たのでしょう。 *政治の世界は、小泉丸から安倍丸そして小沢丸に大揺れに揺れてどこに漂着するのでしょうか。 |

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7月5日(木) 平安時代弘仁・貞観期(810〜823)の仏像と吉川元春父子の遺跡を訪ねる。 上記の遺跡へのいざないで、午後は吉川父子が遺した中世の遺構を訪ねました。何故この奥深い芸北にこのような文化が生まれたのか案ずるに、毛利元就を始め、その系を継ぐ吉川家の偉大さを重ねなければなりません。 この地域は良質の砂鉄に恵まれ鉄づくりが盛んで、交易を土台にして毛利氏や吉川氏の勢力も拡大、戦国時代の経て鎮護の世界へ、そして和の世界へと変遷したのです。 今、中世遺跡保存整備事業が昭和61年(1986)に施行され、この地において発掘作業が行われ歴史公園として開かれようとしています。 ○ 万徳院跡 1575年頃、吉川元長が数多くの神仏の加護を得るために建立した「諸宗兼学」の寺院。 菩提寺としたが、1600年頃岩国市へ移転する。 ○ 吉川元春館跡 1583年 吉川元春は家督を元長に譲り 隠居所として立てた館。 1600年吉川氏が岩国へ移封後廃墟となったが、現在整備事業が続けられ、ガイダンスホールが 今年8月に完成するそうです。 これらは、今も整備事業が続き歴史公園としてオープンしています。 写 真 万徳院跡の境内と吉川元春隠居所の石垣並びに元春・元長の墓所
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7月5日(木) 平安時代弘仁・貞観期(810〜823)の仏像と吉川元春父子の遺跡を訪ねる。 今回は上記の遺跡をいざなう歴史ハイキングで、北広島町千代田の古保利薬師の国指定重要文化財=薬師如来坐像を拝顔出来ました。 この地域は、大和政権の勢力が及んで安芸国造の一族である凡氏の氏寺=福光寺(廃寺)が建立されたが 吉川氏が岩国移封後衰退、その後地域の人に”古保利の薬師さん”として信仰を集めていた仏像があった。 荒廃を免れた仏像は再評価され、昭和17年には本尊の薬師如来像が国宝に、その他11体の仏像が重要文化財に指定を受け現在公開されています。 柔和な顔立ちで、左手に薬壷を持ちお優しい右手を差し延べる坐像は、薬師として人々の心を惹きつけ親しまれた如来そのもである。 この奥深い山中に弘法大師がこの地にお出でになり、自ら仏像を刻み寺院を建立された古保利山福光寺は地域の皆様に廃寺後も守られている。 |







