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監督 中村義洋
出演 堺雅人 竹内結子 香川照之
2010年日本映画
ゴールデンスランバーは当然、ビートルズの曲の名前だ。ビートルズを知らない人には、まったくなんのことかわからないだろう。そして、ビートルズを知っている私でも、なぜこの物語が、「ゴールデンスランバー」なのかは、残念ながら、わからなかった。
伊坂幸太郎の原作を読んだわけではないので、”この映画を見た限りでは”という限定付きで、「ゴールデンスランバー」と物語の内容のつながりがわからなかった。
所々で、ビートルズの”ゴールデンスランバー”は出てくる。当然、版権の問題があるので、”ビートルズの”ゴールデンスランバーは流れない。出演者がつぶやくように歌う・・・
でも、その意味を物語に結び付けることは、困難だ・・・
映画のストーリーとしては・・・
首相が地元仙台でのパレードで暗殺された。首相はアメリカのケネディ大統領が暗殺された時のようなオープンカーに乗っている。その後、その犯人として青柳(堺)が指名手配される。
青柳は無罪だ。つまり、冤罪なのだが、用意周到に仕組まれた冤罪で、本人に見覚えのない”証拠”が数々出てくる・・・それは、ケネディ暗殺の犯人と”された”オズワルドのように・・・
オズワルドがケネディ暗殺の犯人なのかは今となってはわからない。周知の通り、オズワルドはすでに死んでいる。ただ、オズワルドが真犯人ではないという説は今でも根強くある。そして、真犯人は一個人ではなく、大きな組織、もしくは、国家的な何かであるかもしれない。
そのケネディ暗殺事件をモチーフにした物語であり、ケネディ暗殺事件の現代版・日本版であるともいえる。
もちろん、原作はわからないけど・・・
現代版という意味では、現代は監視社会でいたるところに監視カメラが設置されている。その監視カメラに青柳が映っていて、その映像が事件の犯人として裏付けるための証拠となる。
その映像は、”本物の”青柳が映っているものもあれば、偽物の青柳が映っているものもある。偽物は他人を美容整形手術を行って本人に似せているのだ。
映像とは恐ろしいものだ。
特に報道で使われる映像は。監視カメラに映っている偽物の青柳は、確かに青柳に似ているのだが、画質が悪くモノクロで、実際のところはよくわからない。だから、本人が映っている画像と並べて放送することで、本物と思わせる。こういう手法を「権威付け」といい、手品にも使われる。
黒い液体の横に墨汁のボトルを置いておき、それが墨汁だと思い込ませる。そして、その液体を瞬時に透明に変える。実はコップの中の黒く見える液体は、透明な水の周りに黒い紙を入れているだけで、瞬時に透明にしているのは、その紙を取り除いているからなのだ。
ただそれだけのことなのだが、コップに黒い水が入っているだけよりも、隣に墨汁のボトルがあるほうが,人は,そのコップの水が黒いと信じ込んでしまうのだ・・・
作られた映像と、ある一定の方向性を持って意図的に流される映像で、青柳はどんどん追いこまれていく。しかし、昔の仲間たちや偶然出会う人たちの力を借りながら逃げ延びていく。
メディアを逆に利用し、無罪を主張しながら逃げていく。
しかし、青柳は無罪にはならない。
偽物の青柳が水死体で見つかる。もしくは、見つかったことにされた。
本物の青柳は美容整形で違うスガタカタチを手に入れる。
それでも、青柳を知る人には、自分が生きていることを知らせる。
スガタカタチ以外の青柳を知っている人だけが、青柳を本当に知っていたということだ。本当の青柳を知る人だけが、青柳のスガタカタチが変わっても、本当に生きていることを信じることができるのだ。
逆に考えれば、一人の人間を社会の中から抹殺することなんて簡単なことなのだ。
大きな社会の中では、知り合いなんて少ないし、友達はもっと少ないし、本当に自分を知っている人はもっと少ない。
結局、自分が実際に生きていて、かかわりを持ち続けている世界は、指折り数えることができる人たちだけで成立しているわけだ。
伊坂幸太郎がこの原作で直木賞にノミネートされたが、本人が辞退した、ということと、単純にビートルズの「ゴールデンスランバー」という曲と同じ題名ということで、注目していた作品なので原作も読んでみるつもりだ。その時には「ゴールデンスランバー」と物語とのかかわりがわかると良いなあ・・・
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