あさっての方向

見る人の心ごころにまかせおき高根に澄める秋の夜の月

読書日記

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 次のページ ]

・a little more than a little:わりと

・quality remains after the price is forgotten:値段は忘れても品質は残る

・give out:〜を外に出す、放出する、(気持ちを)表現する、

・You deserve a break once in a while.〔一種のねぎらい◆【直訳】あなたはときどき休憩を取るに値する→休みなく熱心に働いている。〕

・best deal:一番うまい話、最良のとりひき (…意味わかってても結構使いこなせない言葉)

・chill with:遊ぶ
(...has a few close girls to chill with)

面白い記事(?)を見かけたので以下に切抜き。<http://dndi.jp/00-ishiguro/ishiguro_89.php
リチャード・E・ニスベット『木を見る西洋人 森を見る東洋人』の書評に続き、李御寧「『縮み志向』の日本人」の書評もあった。これは読んだことがなかった。

その中で、「日本人が日本特有のように思っていること(「甘えの構造」など)は、実は東アジアに広がる傾向であり、それを独自のこととして認識するのは適切ではない。少なくとも、日本独特のものではない」みたいなことが書かれてあった。では一体、日本特有のものとは何か?! これは考えてもみなかったので、面白かった。確かに日本は対西洋との比較で浮き彫りになったことを「日本の文化」として捉えるが、その多くは中国や韓国と共通することだ。では日本とは何だろうか。「縮み志向」のみで語ることはできないと思うが、それも一つの要素かもしれない。…この書評の最後のまとめはなんか無理やりまとめてみました、みたいな感じで学術的に使えない。とりあえず原本を読んでみよう。

----------------------------------------------------------
「縮み志向」の日本人?
 さて、以上は東西の違いで、ここから東アジアの中での日本人の特徴です。これについて最近読んだ面白い本は、韓国の朝鮮日報論説委員、梨花女子大学教授、さらに初代文化相を努めた李御寧氏の「『縮み志向』の日本人」(講談社学術文庫)です。この本で、最初に頭を殴られたような思いがしたのは、日本人が、ともすれば中国、韓国を無視して西洋との対比だけを論ずるがゆえに、東洋文化共通の特徴であることをあたかも日本だけの特徴のように語りすぎるということです。典型的なものは、土居健郎氏の「甘えの構造」。韓国語には甘えの表現が山のようにあるそうです。我々の文化に独自なものがあるにせよ、その源流のかなりの部分は確かに中国、韓国から来て、共通の文化を持っているわけで、それを無視して我々は東洋の特徴を日本だけの特徴のように思いこんで語ってしまう。これは反省すべきですね。

 では、どこが本当に真性日本の文化なのでしょうか。李氏は、日本人には「縮み志向」があるとして、そのパタンを、石川啄木の「東海の小島の磯の白砂にわれ泣き濡れて蟹とたわむる」という短歌から説き始めます。この歌は、「の」で結びながら、東海の、小島の、磯の、白砂とどんどん視線が点景にズームアップしていって、最後に蟹と涙という一点に凝縮していきます。李氏によれば、日本の「トランジスタ文化」は平安時代からあります。清少納言は言いました、「ちいさきものはみなうつくし」と。

 まず、「折り畳む」。中国、韓国はあくまでうちわ型の扇なのに対して、折り畳む扇子は日本独自のものだそうです。日本の提灯も中国や韓国のものとは違って折り畳めます。折り畳み傘も日本の発明でした。次は、「取る」「削る」という文化。漢字を簡略化した仮名の発明。簡略化された姉様人形や達磨。その次は、「詰める」という文化。幕の内弁当、茶室、文庫本、コンサイスなどなど。詰められないものは、「つまらないもの」になります。

 李氏によれば、中国、韓国の文士や禅僧は、自然のありのままを尊び、自ら自然の中に庵を建てて住まうのに対して、日本人は、借景を用いて庭を造り、或いは石と砂だけで石庭を造り、さらには、盆栽を造り、ついには生け花で宇宙を表現しようとします。つまり、日本人は、自然を自然のまま尊ぶのではなく、人為的に自然をミニチュア化して、或いは象徴化して、自らの手の中に引き込み我が物にしようとする傾向があるというのです。

 さらに、李氏は、日本は茶室の四畳半に代表される凝縮された空間に数人が深い関係を持つという座の文化があり、これがQCサークルにつながると指摘します。また、茶道における「一期一会」、武士の文化としての「一生懸命」「一所懸命」に象徴されるように、時間的にも一瞬に凝縮したテンション文化を持っていると指摘しています。そして、ものに対する思い入れが半端ではないと指摘します。このコラムでも以前取り上げた針供養やロボットへの感情移入です。物が揃ってなければ「物足りない」ということになるわけです。他にも「縮み志向」を立証する鋭い指摘が多々あって、最後の結論は、日本人が「縮み志向」を忘れて大国意識に芽生えると失敗するという警句になっています。

日本の特殊性と普遍性
 李氏が描く日本人の美意識や嗜好、文化の特徴は切り口がとても鮮やかで、是非ご一読をお勧めします。しかし、私は、眼から鱗と思いながらも、日本人が「縮み志向」だとまとめるのはどうかなと思いました。というのも、先の石川啄木の歌も、我々の視線は、蟹と一滴の涙にズームアップした後、今度はレンズを引いて再び大きな砂浜の風景に戻っているのではないでしょうか。だからこそ、誰もいない砂浜で孤独に蟹と戯れている啄木の姿と寂しさがしみじみと感じられるのです。ごったがえした海水浴場では、蟹と戯れて涙しても絵になりませんわね(笑)。

 借景の庭も石庭も盆栽も生け花も、「削いで」抽象化されたメディア(媒体)であり、そこから意識は限りなく広大な自然や宇宙に向いているのではないか。また、一期一会の凝縮された瞬間に永遠を感じているのではないか。つまり、日本人は意識そのものが縮んでいるというわけではなく、「点景」や「デフォルメされたもの」から「余白」や「余韻」を感じて、もっと大きなものに思いを馳せるというのが日本人の感性、美意識、流儀だと思うのです。一瞬の点景を切り取る俳句や短歌、背景を描かずに花鳥風月や山河を描く水墨画がその典型です。描く物が小さければ小さいほど、ネガ(陰画)としての描かれていない背景は限りなく大きく、それも我々は味わっているのではないでしょうか。

 しかしながら、李氏の指摘で浮き彫りになったことは、同じ東洋の一員でありながら、西洋とは全く別の論理と嗜好で、日本人は森を見た後、西洋人と同じように木を見て、しかも、それで終わらずに、枝葉、さらにミクロの虫までに視線が移っていくわけです。そして、今度は、人為的に、手許にその自然の模倣品やシンボル、ミニチュアを造ってしまいます。そこが日本固有の科学や工業の素地かも知れません。

 その一方で、我々は依然八百万の神を信ずる森の民族だとも思います。我々と同様に昔は森の民族だったはずのヨーロッパ人が、キリスト教の伝来とともに、自然を支配下に置き、人工的な農園や都市に変えようとしてきた伝統文化とは決定的に異なります。しかし、現象面から見ると、人為的に何かを作り出そうとする点では、日本の文化が西洋とある種の共通性も持っていることも事実で、そうしたシンボリズムに普遍性があって、パリの印象派をはじめ、ジャポニズムがヨーロッパに影響を与えたのではないでしょうか。日本の感性を考えることは、かように日本の文化や美意識は何か、「日本人とは何か」を考える旅路であり、比較文化論的な観点からも、小生には尽きない面白さがありました。

東野圭吾、『宿命』 ★★★☆☆

人間の宿命、二人の異なるタイプの男(実は双子)の奇異な運命、人体実験。。。
要素は面白いんだけど、その面白さを十分に生かしきれていないような印象を受けた。具材はいいけど料理のしかたが今一つといった感じ。

最後でいきなり双子だったと分かるのもちょっと唐突。反発しつつも気になっていた、以外に決定的な伏線でもはっておけばもっと面白かったのに。

開く トラックバック(1)

カート・ヴォネガット、『国のない男』、日本出版放送協会、2007
Kurt Vonnegut “a man without a country”
★★★★☆

エッセイ。
よき知識人の文章にふれたときに味わう気持ちのいい圧倒感?がある。
代表作の『スローターハウス5』、読んでみたい。

--------以下、抜粋--------

「スターリンの教会破壊や現在の中国での教会破壊についてでが、この種類の宗教弾圧はカール・マルクスの次の言葉が原因になっているらしい。つまり『宗教は民衆のアヘンである』というやつ。マルクスがこう書いたのは一八四四年、アヘンおよびアヘン誘導体が、だれもが手に入れることのできる唯一の効果的な鎮痛剤だった頃のことだ。マルクス自身もアヘンを使用していて、その場限りであっても苦痛をやわらげてくれるアヘンに感謝していたという。マルクスは、客観的な事実を述べているのであって、宗教がいいとか悪いとかという話をしているわけではない。宗教は、経済的、社会的な困難に対する鎮痛剤になりうるとうことだ。つまり、宗教を否定しているわけではない。
 ところで、マルクスがそう書いたとき、われわれアメリカ人はまだ奴隷を解放していなかった。当時、慈悲深い神の目には、いったいどちらが喜ばしいものに映っただろう。カール・マルクスか? アメリカ合衆国か?」(24)

“That’s the end of good news about anything. Our planet’s immune system is trying to get rid of people. This is sure the way to do that.” (113)
(なんに関してもいい知らせはこれで、聞けなくなってしまった。われらが地球の免疫システムが人類を排除しようとしている。自己防衛のためには、これしかないのだろう。)

「芸術家には二種類ある。どちらが上ということはない。が、片方はそれまでの自分の作品や創作活動を第一に考えるグループで、もう片方は人生や命そのものを第一に考えるグループだ」(143)
「どんな芸術においても、いちばん大切なのは、芸術家が自分の限界といかに戦ったかということなんだ」(143)



レクイエム  

十字架にかけられし地球よ。
声を持ち
皮肉をこめて
言ってほしい。
破壊的な人間のことを。
「父よ、彼らを許したまえ。
彼らは自分たちのしていることが
わかってないのです」
(145)

東野圭吾、『悪意』
★★★★☆

『分身』、『予知夢』とあまり面白くない東野圭吾の作品を立て続けに読んでしまってちょっとがっかりしていたけど、これは面白かった。

ただ、刑事や主人公の手記ごとに分断して立てている章構成が、はたして効果的だったかどうかは疑問。

でも相変わらずプロットがよく、主人公のイビツな人間性も最後に面白いと思った。
ギリギリのところでの、自分ではどうしようもないイビツさって、面白いというか、つい見てしまう。近頃ちまたにあふれてる小説は、そのイビツさを簡単に盛り込んだものが多いけど、それはイビツなんじゃなくて、単なるhelplessな弱さで、そんなもん読み手にとっては退屈なだけ。その点この作品は面白かった。もっともそのイビツさはテーマではないけれど。

気になったのは、書き方(まとめかた)がなんか若いということ。何がそう思わせるのかわからないけど、これだけいい材料なんだから、改めて書き直されたものを読んでみたいと思った。今の東野圭吾なら、一段階レベルアップした料理ができるんじゃないかな。

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事