あさっての方向

見る人の心ごころにまかせおき高根に澄める秋の夜の月

短歌など

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大岡信、『精選折々のうた 上』、朝日新聞社、2007.7
★★☆☆☆

1979年〜2007年、29年間にわたる朝日新聞の連載コラムがまとめられたもの。色々な詩歌が楽しめていいのだが、一つの詩歌に対する説明がどれも数行で簡単にまとめられていて、中途半端。書くなら書く、書かないのなら一切書かない、くらいの潔さがほしい。なんかダラダラしてて…。 

1週間にわたってちょこちょこ頑張って読んでたが、その単調さのせいか、読んでいるうちにいっつも眠くなった。いくら大御所でも、本に値段つけるからにはその分の仕事をしなきゃ。とりあえず眠くてしょうがなく、もう多分本を開くことはないだろうと思われるので★2つ。


(以下、いいなと思った掲出歌)
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・うすらひは深山へかへる花の如 
藤田湘子

…岩絵の具で描かれたような、深いが淡い情景を彷彿とさせる。ステキ。

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・山もとの鳥の声より明けそめて花もむらむら色ぞみえ行く
永福門院
(むらむら=まだらに)

…明け方にだんだんと色々なものが見えてくるあの情感がよく出てる。「むらむら」って、いいね。朝らしく、明るく爽やかな響きで、なんだか自分も朝日が浴びているような爽快感があって、背伸びがしたくなってくる。

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・春の夜のともしび消してねむるときひとりの名をば母に告げたり
土岐善麿

…親に大切な人を紹介する時って、どうもなかなか言い出せない。春の夜優しい静けさに見守られているそのもどかしさがスーッと伝わってくる。

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・をり知れる秋の野原の花はみな月の光の匂ひなりけり
慈円
(をり知れる=正しい季節を知っている)

…「花と月光が『匂ひ』の一語に融け合う」と大岡信が記しているとおり、幻想的でうっとりする。秋、野原、月、と月並みすぎる取り合わせなのに、素晴らしい。

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・沫雪(あわゆき)のほどろほどろに降り敷けば平城(なら)の京(みやこ)し思ほゆるかも
大伴旅人(おおとものたびと)
(「ほどろ」のホドはホドクなどのホドと同じだという)

…雪が「ほどろほどろ」に降るって、よく分からなくてもしっくりくる表現。京を偲ぶ思いをよく引き立てている。

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・月てらす河を踰えつつししむらのうちなる鳥も目をひらきをり
高野公彦
(ししむら=肉叢(肉体))

…鳥類のギッと見開いた三白眼の目は、動物としての本能の凄みを感じさせる。月てらす河ってのも何だか原始的な無骨な風景で、なんだか現代アートの油絵で描かれたような粗野で根源的な感じがバンっと迫ってくる。

田辺聖子、『田辺聖子の小倉百人一首』、角川書店、1991
★★★★★

 百人一首の歌の解説だけでなく、一人ひとりの詠み手の人生や、その歌が読まれた状況などを小説のように平坦に説明してくれていて、百人一首の世界がぐんと身近に寄ってくる。

 この本で紹介されている織田正吉の『絢爛たる暗号――百人一首の謎をとく』(集英社)で述べられている、百人一首は定家のクロスワードパズルだ、という説も面白い。百人一首はパズルをといて読んでいけば隠岐の後鳥羽院への衷情の意を示したものになっている、というのだ。面白い。確かに百人一首にはパッとしない歌がちょこちょこ含まれている。詳しくは織田正吉の本を読んでみるまでわからないが、ちょっとスッキリした。

 あと、俊恵法師のところで紹介されていた、鴨長明(『無名抄』)の歌論も勉強になった。
 和泉式部の歌のうち、公任が絶賛した「津の国のこや(昆陽)とも人をいふべきにひまこそなけれ芦の八重葺(やえぶき」と、当時ほめそやされていた「暗きより暗き道にぞ入りぬべき遥かに照らせ山の端の月」、どちらが秀歌かという問いの中で…。
「…歌人としてのテクニックの実力を問うなら『こやとも人を』を採るべきで、公任卿はそれをいわれたのだろう。しかし真の秀歌は『はるかに照らせ』のほうだ。歌の評価は世々に変わるが、技術はいくら上達しても、技術にすぎない。しかし歌にこもる心ばせ(真実)は宝だ。宝こそ変わらぬものだ、永遠に。」

 そうそう、そうなんだよね。最近の短歌でも、今風にしようと記号を使ってみたり数字を1文字と数えてみたりと「斬新な試み」をしてる歌があるけど、小手先の技術で新しさを出してるだけのものはやがて廃れていくんだ。心ばせを歌に込めないと、ね。


(以下、特に面白いなと思った歌や人物)

 ・伊勢大輔(いせのたいふ)
「いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重ににほひぬるかな」(九重=宮中。昔、中国で宮門を九重にめぐらせたことから)
 この歌は、はなやかだけど軽すぎて全然面白みがないと今までは思っていた。でも、この歌ができた状況を知るとほほえましくなってくる。
 歌人の家系に生まれた伊勢大輔は、当時宮中入りしたばかりの新参者だった。まだ慣れないある日、紫式部がこの新参者に花をもたせようと、晴れの日に天皇に花を捧げる役を譲ってくれた。だが、花を渡す時には歌を詠まねばならず、代々歌で名を挙げてきたこの新参者がどういう歌を詠むのか皆注目していた。家の名にかけて、変な歌や中途半端な歌は詠めない。慣れない宮中での晴れのお役目プラス、歌の披露、彼女は相当緊張していたに違いない。その静まり返った空気の中、緊張のピークにありながらか細い声で読んだのがこの歌。一座はどっと歓声に包まれ、みな伊勢大輔のことをほめそやしたという。大成功でよかったよかった。

・曽禰好忠
 「由良の門を渡る舟人かぢを絶え行方も知らぬ恋のみちかな」を詠んだ曽禰好忠の話も面白い。
 彼は変わり者と呼ばれ、あまり出世もできなかったらしい。何が変わっているかというと、歌風も人柄も、当時は奇妙だと言われてたほどらしい。例えば彼の歌には次のようなものがある。
「うとまねど誰も汗こき夏なれば間遠に寝とや心へだつる」(きらいというんじゃないんだが、何しろ汗のひどい夏なんでね、あんたと寝るのも間遠になったせいか、それにつれてあんたの心も隔たったようだね)
 美しく雅やかな王朝の歌とは少し違う。田辺聖子は「現代風で、とても千年前の気分がしない。それだけに当時の歌壇からは<邪道どす>と排斥されたようである」と言っている。こんな人もいたんだな。こういう存在を百人一首の中に混ぜてる定家もなかなか隅に置けない。

 ・藤原実方朝臣
 特に心にぐっときたのは、藤原実方朝臣の次の歌。
「かくとだにえやはいぶきのさしも草さしも知らじな燃ゆる思ひを」 
 (こんなにきみを愛していると いえればいいんだけど とても口に出してはいえないよ だまって胸を焦がすぼく まるで伊吹山のもぐさのように くすぶって燃えるぼくの思い きもはちっとも 知らないんだろうねえ)
 これは清少納言に贈られたかもしれない歌、となっている。清少納言と実方はよき友達だったらしい。実方は、この歌でみてとれるように一途。だけど、その分血の気も多かったらしく、殿上で喧嘩をしてしまって、一方的に殴りかかった実方は天皇に左遷された。<陸奥の歌枕を見てまいれ>と東北に左遷された、という有名な話はあったが、この人のことだったのか。

・和泉式部
「白露も夢もこの世もまぼろしもたとへていへば久しかりけり」
「もの思へば沢のほたるもわが身よりあくがれいづる魂かとぞ見る」
百人一首に取られている歌ではないが、本で出てきていてとてもグッときたので。田辺聖子も「まことにふしぎな言語感覚と詩心にめぐまれた女流歌人で、天才としか言いようがない」と賞賛している。本当にそうだ。
和泉式部は結構もてた人で、結婚をしてて子供がいても、為尊親王、親王亡き後はその弟の敦道親王と恋仲になって、夫には離婚されている。敦道親王とのことを綴ったのが『和泉式部日記』。

 ・左京大夫通雅
「今はただ思ひ絶えなむとばかりを人づてならでいふよしもがな」
(今はもう あなたのことを ぼくは思い切ります ぼくたちの恋は 禁じられた恋でした ただ それをせめて 最後にあなたのお目にかかって 直接 お伝えしたいのです 人づてでなく ぼくの口からいいたいのです あきらめましょうと あきらめられぬぼくらの恋を)
 この歌もググッときた。切なすぎる。
 通雅は、伊勢の斎宮の役を終えたばかりの皇女、当子内親王との禁断の恋をしていた。中の関白家の嫡男だったが、父の伊周が失脚してから政治生命を絶たれる。皇女は結婚する必要もないし(したきゃしていいらしいが)、しかも未来のない奴とのことでウワサになるなんて、親(院)としてはとても赦せない。当子内親王には厳重な見張りの警護がつき、通雅は近寄ることさえできなくなってしまった。
 この恋、二人とも真剣だったみたいで、その後、通雅は「荒三位」といわれるくらい奔放な不良青年になってしまったし、当子内親王は17歳で落飾(落髪)されてしまった。…そんなに本気なんだから、親も赦してやればよかったのに。カワイソウ。

白洲 正子、『西行』(新潮文庫)、新潮社、1996
★★★☆☆

 前に読んだ新古今和歌集についての『花にもの思う春』がよかったので読んでみたけど、思ったほどは面白くなかった。
 西行ゆかりの土地ごとにまとめて、作者も実際に足を運んだりして書いている。題について……『西行』というよりは、『西行を訪ねて』とかなんとかにしたほうが内容が分かりやすいのにと思った。てっきり西行の概要書みたいな本かと思っていたので。内容が細かいうえにまとまりが悪くて、分かりにくいところがある。


(新しくしったこと&興味深かったこと)
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 ・もと「佐藤義清(のりきよ)」こと西行は、むかで退治で有名な俵藤太秀郷の子孫だった。また、奥州藤原氏と(5代前の兄弟の関係で)血のつながりがあった。

 ・西行は「たてだてし」(気が強い、かどかどしい、荒れくれ者)と古今著聞集に記されている。(30) もともとクセのある人で、そういう自分を多分自覚しつつ出家して、出家といっても仏教にこだわることなく足の向くままに旅や修行をして、「悪し良しを思ひ分くこそ苦しけれただあらざればあられける身を……善悪の区別もわきまえず、悟りをも求めず、ただ世の中をあるがままに生き、あるがままに死んで行……」(163)こうとした。

 ・鳥羽法皇の待賢門院(璋子(たまこ)(崇徳天皇、後白河天皇の母))の方と一時通じて、その後何十年も忘れられなかった。(それを知って桜の歌を読むと、一層しみじみとしてくる)。よっぽど好きだったらしく、西行は待賢門院にゆかりのある人をよく訪ねている。西行が讃岐に旅して一時庵を構えていたのも、そこに流された崇徳院(待賢門院の子)をたずねてのものと思われる。崇徳院だけではなく、待賢門院に使えていた女官とか、とにかく待賢門院とつながりのある人、待賢門院が行った土地などをよく訪ねている。(そんなに好きだったんだと胸が痛くなります)

 ・この待賢門院はある意味時代に翻弄された女性:大納言藤原公実の末子だったが幼い頃白河法皇の寵妃の養女となる。白河法皇に孫のようにかわいがられて育てられるが、かわいさあまって60歳を過ぎる法王に手をつけられ、鳥羽天皇の中宮となってからもその関係は続いていたという。法王の他にも数人の人との関係があったらしい。第一子の崇徳天皇は、白河法皇との子で、夫の鳥羽天皇もそれを知っていて(祖父の白河法皇の子なので)「叔父子」と呼んでいたらしい。白河法皇死去ののちは鳥羽天皇が別の女性に情を傾けるようになり、最期はさみしいものだったらしい。)

 ・風になびく富士の煙の空に消えてゆくへも知らぬわが思ひかな
「西行は『富士』の歌を自讃歌の第一にあげていたと、慈円の『拾玉集』は伝えている」(223)

俵万智、『花咲くうた 三十一文字のパレット』、中央公論新社、1995
★★★☆☆

 この前読んだ、同著者の『あなたと読む恋の歌百首』に掲載されていた歌とほぼ同じ。エッセイもほぼ同じ。「白の寂しさ」「透明を感じる心」「新婚の歌」とか、カテゴリーが違ってるだけ。といっても、出版年をみるとこちらのほうが2年早いので、『あなたと読む恋の歌百首』のほうが使いまわしをしたということになるけど。
 出版社の都合もあるだろうけど、これだけ同じ内容なのに違う本として出すなんて、思い切ったことをするなあ、という感じ。まあ、一回読んだだけじゃ身に入ってないことも当然あるから、いいんだけどさ。。。


(いいなと思った掲出歌)

・空気銃もてる少年があらわれて疲れて沈む夕日を狙う
 岡部桂一郎

・梅の木を梅と名付けし人ありてうたがはずだれも梅の木と見る
 奥村晃作

俵万智、『あなたと読む恋の歌百首』、朝日新聞社、1997
★★★★☆

朝日新聞の日曜版に、2年間掲載された俵万智編纂の恋の短歌集。
百一の短歌が、見開き1ページに一首ずつ載っていて、各歌に俵万智のコメントというかエッセイが添えられている。そのエッセイを読むのもまた面白い。歌に接する、彼女の気取らない素直な感動が伝わってきて、好き。自尊心からか肩に力を入れて書いた文章って、やっぱそれだけで不透明なベールが読み手との間に入ってくるし。この本の彼女の書き方は、自分の過去の思い出や、日ごろ思っていることなんかを絡ませながら、読者に近い目でそれぞれの歌を味わったのをそのままエッセイにしたような感じ。短歌に親しむ粋な例を見せてもらっているようで、すてきだ。

 それに和歌と違って、短歌は本歌取りや故事のこととか考え込まずに(ほとんどは)読めるので、眠くてダルイ通勤電車で読んでも苦にならなくていい。もちろん、和歌が技巧に傾けていた分だけのエネルギーを、短歌は別の何かに向けなくてはならず、その分、作り手には本質的に厳しいことだと思うけど。。。読む分にはね、いいですわ。

 
 眠い電車で読んでいてもヒュっと胸にとびこんで今も心に残っている歌をメモメモ。

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・赦せよと請うことなかれ赦すとはひまわりの花の枯れるさびしさ
  松実啓子

・月面に脚が降り立つそのときもわれらは愛し愛されたきを
  村木道彦

・一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております
  山崎方代

・せつなさと淋しさの違い問うきみに口づけをせり これはせつなさ
  田中章義

・息あつくわれをまく腕耐えてきしかなしみをこそ抱かれたきを
  沢口芙美

・樹の葉噛む牝鹿のごとく背を伸ばしあなたの耳にことば吹きたり
  早川志織

・愛などと言はず抱きあふ原人を好色と呼ばぬ山河のありき
  春日井健

・あやまてる愛などありや冬の夜に白く濁れるオリーブの油
  黒田淑子

・幾億の生命の末に生れたる二つの心そと並びけり
  白蓮

・ギリシャ悲劇観てゐる君の横がほに舞台の淡きひかり来てをり
  高野公彦

・チェロを抱くように抱かせてなるものかこの風琴はおのずから鳴る
  大田美和

・君かへす朝の舗石(しきいし)さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ
  北原白秋


(百首の中には選ばれていなかったけど、エッセイで紹介されていて、この本で一番いいなと思ったのは次の歌)

・シャンプーの香りに満ちる傘の中 つぼみとはもしやこのようなもの
  早川志織

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あとは俵万智のエッセイから、ひとつだけ抜粋。いいなと思ったものはいくつかあるけど、全部入れると長すぎるので……。

「氷河期より四国一花は残るといふほのかなり君がふるさとの白
  米川千嘉子

恋人のふるさとというのは、独特の感慨がある。そこは、自分の知らない少年時代の彼が、過ごした町。……私の場合、相手の少年時代のことやふるさとの話を聞きたくなったら、あ、恋かなと思う。ただ気の合う人とか、一緒にいて楽しい人という段階では、特にふるさとのことを知りたいとは思わない。その人の心の、素朴な芯のようなものに近づくキーワードが「ふるさと」なのだ。
 提出歌では、恋人のふるさとへの思いが、花に託されている。四国一花は、愛媛県の代表的な高山植物で、夏になると、二センチほどの小さな可憐な花をたくさんつけるそうだ。……その白というのは、触れると溶けてしまいそうな、あやうい印象だった。作者はそれを「ほのかなり」と捉えた。やわらかな光を思わせる、的確で美しい表現だ。……彼のルーツから人類のルーツへと、読者の思いを飛翔させる小道具としても、四国一花が効いている。具体的に言葉を費やしているわけではないけれど、体言止めの「白」の後には、何か敬虔な気分が、やさしく広がっている。」

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