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[環境ルネサンス]森が盗まれる事情(上)違法伐採、生きるため


◇No.42 
 日本製の船外機がうなりをあげる。ボートはきびすを返し、いかだに組んだ200本近い丸太を引く木造船に横付けされた。
 インドネシア領カリマンタン(ボルネオ島)を流れるカプアス川。西カリマンタン州特別森林警備隊の隊員たちが一斉に木造船へ乗り移った。中にいた若い女がハンモックにいた幼児をあわてて抱き寄せる。男女6人の目が不安そうに、こちらを見つめた。
 「許可証はあるか」。ひげ面の男ブジャン(37)が「村の代表者の了解を得ている」と言い、「承諾書」と称する紙切れを差し出した。「当局の許可証がなければ違法伐採だ」。一喝され、ブジャンはようやくうなだれた。
 違法伐採取り締まりの切り札として昨年、全国10州に配置された特別森林警備隊。上流部に豊かな熱帯雨林が残るカプアス川は、違法材運搬の大動脈であり、重点捜査地域だ。
 だが、警備隊による摘発は進まない。今年に入り、無許可の材木を運んだ4人組を摘発したが、材木の所有者は姿を隠したままだ。
 「摘発は森林警備隊と軍や警察が連携しなければ成功しない。違法伐採グループは、縦割り行政の壁に阻まれ、我々がすぐ動けないことを知っている」。隊員の一人が悔しげに言った。
 州自然保護局事務局長のアーウィン・エフェンディは「カプアス川周辺の300の部族の中には、好戦的な部族もあり、地元民を敵に回さないよう慎重にならざるを得ない」と語った。
 武装したグループの摘発には危険も伴う。昨年、カプアス川上流のベトゥン・カリフン国立公園では、捜査中の森林警備隊が襲われ、警備隊所有の四輪駆動車3台が奪われた。公園事務所には「放火する。殺す」という脅迫もあった。
 摘発を残念がる住民もいた。「伐採地では一日1人10万ルピアも稼げた。今は家族全員がゴム畑で働いて一日20万ルピア(約2500円)がやっと。伐採道路のおかげで、徒歩で一昼夜かかった町まで、今は車で30分で行ける」。国立公園近くに住むリオン(44)は、違法伐採グループの再来を待ち望んでいる。
 カプアス川下流の製材所の責任者エマディ(37)は「丸太を持ち込むのは、ほとんど上流部の貧しい農民。どの森から切り出したかなんて確認していない」と言い放った。
 森林破壊が進むインドネシアでは、熱帯雨林はもう地方にしかない。貧困層には、一握りの企業に伐採権を与え、人々から森の恵みを奪ったスハルト政権への不満があった。1998年の政権崩壊後は、地方分権化が進み、地方政府が伐採権を乱発した。森林伐採がこれまで手つかずだった地域にまで及ぶにつれ、人々による盗伐も誘発された。
 インドネシアに拠点を置く国際林業研究センター(CIFOR)がボルネオ島の687世帯を対象に行った調査では、伐採による収入のある世帯はスハルト時代に1%だったが、政権崩壊後は94%に急増した。現金収入は、材木1立方メートル当たり約4ドルになっている。
 蜜(みつ)に群がるアリのように違法伐採に引き寄せられる村人。貧困と森林破壊の悪循環は続く。(敬称略、佐藤淳)



2006年 8月1日 読売新聞



]森が盗まれる事情(中)政府は「クロ」州は「シロ」(連載)

 ◇No.43
 「ロシアでは、書いてあることと実際は、違う」
 東シベリアと極東地域の取材で、通訳として同行したノーボスチ通信記者、コツーバ・セルゲイ(48)はこう言い、小話を披露した。
 「米国人、フランス人、ロシア人を冷たい水に飛び込ませるなら、米国人には『法律で決まっている』、フランス人には『流行している』、ロシア人には『厳禁されている』といえばよい」。スターリン時代から、法律は世のため人のために存在するものではないと達観してきたロシア人は、法や規制をくぐろうと発想する、というのだ。
 政府が昨年導入した人工衛星と航空機を使った違法伐採モニタリング調査についての取材は、難航した。
 モスクワの天然資源省森林局は、その成果を詳しく説明してくれた。結果はすでにインターネットで公開されていたが、航空写真を使って、許可地を大きくはみ出した違法伐採を示す資料は迫力があった。
 ところが、現場では話が違った。イルクーツク州森林局長のセルゲイ・ジュルコフは「あれは本当ではない」とあっさり否定。同局保護部の専門官、アレクサンドル・イエコリモフは、奇妙な説明を展開した。「空からの画像が(違法と)示した場所は、すべて許可区域内なのです」。問題になっているのは、細かな規則違反だけ、と示唆する。
 日本の林野庁によると、ロシア政府は昨年まで、「違法伐採といっても手続きの間違いなどによるもので全体の伐採量の1%程度」と繰り返してきた。森林局長代理のミハイル・ギリヤエフは記者のインタビューに、「昨年ロシアで1億8400万立方メートルが切り出され、うち違法に伐採されたものは10%にのぼる」と明言した。
 政府上層部の姿勢は大きく変わった。しかし、地方の役人は、中央主導の改革など「絵に描いたもち」と見るのか、いまだに違法伐採の存在を否定する。
 違法伐採問題に詳しい極東経済研究所教授のアレクサンダー・シェインガウスは「一番の問題は、政治や行政の不透明さだ」と断じる。「ある政策判断がなぜ下され、誰が準備したのか、政策決定があったことすらわからないことが多い」
 ここ数年、ロシアで森林をめぐる行政は大きく改変され、成果よりも混乱を呼んでいる。例えば、伐採の適否や流通監視業務は、同じ天然資源省内の森林局から自然利用監督局に移され、営林署の検査官は激減。沿海地方では、三つの営林署で2人という手薄な体制になっている。
 来年、森林法が改正され、森林管理の地方政府への移管が予定されるが、行政内部からも「方向性が全く見えない」との声が出る。
 司直による違法伐採の摘発強化にも、冷めた目が向けられる。
 沿海地方で従業員70人の伐採・製材会社を営むアレクサンドル・ソプチェンコは、自社伐採地が道路に近いため、盗伐に悩まされている。捜査当局による違法伐採の摘発強化をどう思うか、と聞くと、笑い飛ばされた。「子供の教育費を工面したい、といった貧しい人たちは捕まるが、違法伐採に携わる業者は警察、行政ともつながりが深く、取り締まりの網を逃れる」
 末端にいくほど不透明さを増し、混乱する森林行政、横行する汚職や腐敗。違法伐採の根は深い。(

2006年8月2日 読売新聞


[環境ルネサンス]森が盗まれる事情(下)まず「買わない」体制作り

◇No.44
 「連中の羽振りの良さに惑わされた」。インドネシア領カリマンタン(ボルネオ島)西部の川沿いに住むバケル(32)は、違法伐採グループに加わったことを後悔し始めている。
 村人は西カリマンタンの州都ポンティアナクに住み、軍とつながる有力者の配下のブローカーから、チェーンソーや船外機などを後払いで購入し、代金を違法伐採した木材で返済する。バケルは2000万ルピア(約25万円)分を購入したが、大半はまだ未返済。借金の額は一向に減らない。
 同州カプアス・フル県の副知事アレキサンダーは「県内の伐採地から出る木材はほとんどが輸出用。しかも県外の製材所で加工されるため、地元に落ちる利益は少ない。県内の森林のほとんどは保護区にあり、新たな開発も難しい」とため息をつく。地域が自立できる産業が育っていないことが、違法伐採を招く一因になっているというのだ。
 新潟大学教授(林業経済)の荒谷明日兒(あきひこ)は「インドネシアではスハルト政権崩壊後の経済混乱の中で違法伐採が増えた。ロシアの違法伐採も、ソ連崩壊後の混乱が引き金。背景の貧困や腐敗を取り除かなければ問題解決は難しい」と分析し、息の長い支援の必要性を指摘する。
 日本政府は3年前、インドネシア政府と違法伐採撲滅を目指す行動計画に署名し、バーコードを使った木材の合法性確認システムの開発を始めた。
 林野庁木材貿易対策室長の森田一行は「ゆくゆくは、二国間協定により、確認された合法材だけが輸出、輸入される仕組みに」と考えている。だが、ようやくボルネオ島とスマトラ島で伐採企業の協力を得て、システムの実証試験を始めようという段階だ。
 東大大学院農学生命科学研究科教授(国際森林環境学)の井上真は「買う人がいなければ、違法伐採は成り立たない。特効薬はないが、政府、企業、市民がそれぞれ、まず違法材を買わない取り組みを進めることが必要だ」と指摘する。
 違法伐採問題では、政府、業界、NGOを巻き込んだ自民党の検討会が大きな役割を果たした。日本の木材供給の8割は輸入材が占める。違法伐採問題をただせば輸入材の価格は上がり、国産材に活路が開ける、という期待があった。
 全国木材組合連合会(全国の木材加工、流通業者約2万社加盟)は現在、立ち木の売買、伐採、流通、製材、加工の各段階で、傘下の県木連などを通して、「合法木材供給事業者」を認定する作業を進めている。また、一昨年からは、原産地表示を進める協議会を作り、メンバーになった製材・木材流通業者が、統一マークとともに産地と樹種を表示する取り組みを始めた。
 環境NGOの「FoEジャパン」は、現在ロシアで、林野庁の委託による「木材供給国実情調査」を行う。
 調査スタッフの佐々木勝教(かつのり)(33)は「ロシアの行政や社会を変えようと原則論を論じるより、輸入側の日本の商社などと一緒になって、ビジネスの場で、違法材の流通をなくしていくことを考えていきたい」と話す。
 できることから、対策を積み上げる。木材消費国にっぽんの市民、政府、業界はまず何から手をつけたらよいか、模索中だ。(敬称略)
       ◇
(この連載は河野博子、佐藤淳が担当しました)


2006年 8月3日 読売新聞

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