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[環境ルネサンス]水都再生(4)水辺復活、気温下がった!
◇No.48
猛暑が続く8月のソウル。オフィス街の光化門から若者の街・東大門に流れる清渓川(チョンゲチョン)は、水遊びに興じる子どもや、腰を下ろして涼むカップルらでにぎわう。道路にふさがれていたこの水辺は昨年10月、約半世紀ぶりに復活した。国立環境研究所(茨城県つくば市)の一ノ瀬俊明・主任研究員(43)ら5人はいま、ソウル市の関係者らと共に、この川の周辺で気象観測作業を続けている。
ヒートアイランド現象の研究をしていた一ノ瀬さんが、韓国気象庁から観測調査協力を依頼されたのは2002年。日韓合同の調査団は03年6月から、同川周辺で定期的に気温や風力を観測してきた。
市内を歩きながら、気温、湿度などから「快適度」を測定するアメニティーメーター、約3メートルの高さの超音波風速計などを歩道に設置し、定期的に計測する。若者の人気スポット、映画館「ソウル劇場」。そこでも清渓川から風が通ると、アメニティーメーターは「不快」から「暑い」に下がった。同市治水課の崔晋碵(チェジンソク)チーム長は「自然な姿を取り戻し、市民がくつろげる場を作るのが目的だったが、周辺の温度を下げる効果も期待できそうだ」と話す。
清渓川は李氏朝鮮時代から、ソウル市民の洗濯や川遊びの場だった。そこがコンクリートでふたをされたのは1958年。都市開発の進んだ76年には、その上に高架道路が建設され、川はすっかり忘れ去られた。
しかし李明博(イミョンバク)・前ソウル市長が河川の景観復活を訴え、03年から高架道路を約6キロにわたって撤去、再び自然の川へと戻したのだ。総工費420億円、世界でも例のない大がかりな河川復元工事は、河川が都市のヒートアイランド現象をどれほど緩和させるか、世界で初めて実証する場としても関心を集める。
道路が河川へと姿を変え、「排熱源」は「吸収源」に切り替わった。ソウル市がこの夏行った予備調査では、清渓川近くの気温は周囲より3度近く低かった。今年の観測データはまだ集計されていないが、一ノ瀬さんは「清渓川は(ソウルの西の)黄海から吹く風の通り道。川の復活で、周辺市街地にもヒートアイランド緩和効果が出るのではないか」と見ている。
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一方の東京は、年平均気温がこの1世紀で3度上昇。都心は郊外に比べると夏の最低気温が3〜4度高く、熱帯夜の日数も30年前から倍増している。
土木研究所(茨城県つくば市)の想定実験によると、河川や池などを増やして都心の水面積割合を現在の5%から10%に拡大した場合、最大で気温が平均0・5度下がるという。
一ノ瀬さんのグループは、さらに思い切ったアイデアを提唱する。
海洋深層水を長さ50キロのパイプでくみ上げて東京湾に送り込み、都心に流れ込む生暖かい風を涼風に変えようという大胆な発想だ。夏の東京湾の水温は28度もあるが、深層水は20度。海側の水温が下がれば陸地との温度差が生じ、吹き込む風も強くなる。屋上緑化や道路の保水性舗装などの緩和策より、はるかに安上がりで済むという。
元東京都副知事の青山ヤスシ・明治大学大学院教授(都市政策)は、「抜本的な解決策になりうる面白い提案。これからの都市づくりに必要な視点は効率ではなく快適さ。そのためにも、川や海など水辺空間の再生は欠かせない」と話している。(ソウル支局 中村勇一郎、地方部 高倉正樹)
2006年8月11日 読売新聞
[環境ルネサンス]水都再生(5)魚も人も憩う古都の「顔」
◇No.49
京都・四条大橋近くの鴨川。流れの中で、投網が丸く広がった。たぐり寄せられた網目から、アユが身を輝かせると、橋上の観光客らから思わず歓声が上がる。「こんな街中でアユ漁だなんて……」
「目の前には美しい街並み、遠くに北山を眺めながら漁ができるなんて幸せだよ」と、地元漁協の松本隆さん(77)は誇らしげにアユをつかむ。
今日も河原では若者たちが歌い、踊り、散策する。出雲阿国(いずものおくに)の時代から、幾多の芸能、文化をはぐくんできた鴨川は、昔も今も、都の〈顔〉なのだ。
京都府は、「鴨川条例(仮称)」の今年度中の制定を目指している。6月23日に開かれた専門家による第1回検討委員会は、鴨川の歴史・文化的な価値を尊重し、年間4700万人に上る観光客らも憩えるような環境を永続的に守っていくことで一致。「広瀬川の清流を守る条例」(仙台市)や、「四万十川条例」(高知県)の環境保全に対し、鴨川は、景観保全を理念の中心に据える構えだ。
検討委員会委員の川崎雅史・京都大学大学院工学研究科助教授(総合環境学)は「長年の活動で水辺の環境を守ってきた市民、手をかけ護岸を整備してきた行政、双方にとっての集大成が今回の条例。自然と都市が柔らかく結びついている鴨川の環境を後世に残すため、市民、行政が作り上げ、育てていける条例になれば」と話す。
実は40年前、繁華街の鴨川は、BOD(生物化学的酸素要求量)が1リットル中、28・7ミリ・グラムという、汚染がひどい環境だった。悪臭が漂い、魚も人も寄りつかない川。工場や家庭からの排水は垂れ流され、ごみの投棄も相次いでいた。
かつての清澄な流れを取り戻したい――1964年、数人の町衆が「鴨川を美しくする会」を結成し、ごみ拾いを始めた。「まず、鴨川に親しんでもらおう」と、河原での夏祭り「鴨川納涼」も開催。古参会員の清水章一さん(63)は「祭りがにぎわいを増すにつれ、清掃に参加する人も増えた」と振り返る。
地道なボランティアに対する共感は市民に広がり、同会には今、280団体(2万人以上)が登録。このうち「鴨川みそそぎ会」は数年前、三条大橋近くの河原を流れるみそそぎ川にホタルをよみがえらせた。副会長の田中昭嘉さん(79)は「子供たちに、ホタルの乱舞を見せたかっただけです」と笑う。
公共下水道の整備も進み、川の水質は大幅に改善された。BODは現在、1ミリ・グラム以下まで改善。府も親水事業に乗り出し、対岸に渡れる飛び石や芝生広場、様々な花木を植栽した「花の回廊」などを整備。住民の意見を反映させる「鴨川府民会議(仮称)」の設置も検討されている。
「鴨川を美しくする会」は2年前、小学生の教科書でも取り上げられ、修学旅行などで活動を見学に来る学校も増えた。
「こうした子供らから『地元の川で清掃に励んでいます』という手紙をもらうと、私たちの思いが全国の川にまで広がっていることを実感します」
事務局長の杉江貞昭さん(61)はうれしそうに話し、こう強調する。
「鴨川は、京都人の心のよりどころ。清らかな流れを誇りに思い、愛着を持つことが、次世代にこの川と活動をつなぐことになる」(大阪・地方部 長崎慎二)(おわり)
2006年8月12日 読売新聞
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はじめまして、立ち寄らせて頂きました。
2008/5/26(月) 午後 8:54 [ Thanks ]