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[環境ルネサンス]自然再生(1)ダム撤去、共同で森再生

◇No.154
 心臓が破れそうだった。登り続けて45分、やっと目指す高台に立った。
 「で……、保全地域はどこまで……ですか」。あえぎながら尋ねると、林野庁関東森林管理局の担当者が平然と言った。「ここから見える範囲全部です。あの山の向こうは新潟県です」
 群馬県みなかみ町北部に広がる約1万ヘクタールの国有林「赤谷(あかや)の森」。利根川水系の赤谷川が流れ、ツキノワグマやイヌワシ、クマタカが生息する。
 この豊かな自然を、住民と自然保護団体、林野庁の3者で共同管理するというユニークな取り組みが行われている。森を、手をつけず原自然に戻す地域、人工林管理の研究・実践を行う場所、環境教育のフィールドなど6区域に分け、総合的な保全・利用を目指すプロジェクトだ。
 約20年前、一帯にはスキーリゾート開発とダム建設の構想があった。日本自然保護協会の調査で、希少な動植物の存在が判明。反対運動が高まり、両構想は2000年に頓挫した。
 「この自然をさらに豊かにする取り組みを、住民と一緒に始めませんか」。同協会理事の横山隆一さんらが連携を呼びかけた相手は、国有林を管理する関東森林管理局だった。広大な生態系を守るには、立場の違いを超えて知恵を出し合うべきだと考えたからだ。両者は04年、協定を交わす。
 同局計画部長の藤江達之さんは「赤谷は、地域と共に森林のあり方を総合的に考えていく実験場になっている」と評価する。
 象徴的な事業は、赤谷川の支流・茂倉沢に17基ある治山ダムの一部撤去だ。早ければ来年、老朽化によって底部が壊れている1基(幅25メートル、高さ7メートル)の中央部10メートルを壊し、魚が川をのぼれるようにする。
 治山ダムは、戦前・戦中の大規模伐採が行われた山で土砂崩れなどが起こるのを防ぐ目的で終戦直後から設置されたが、植林した木が育ち、一部撤去しても災害の恐れはないと判断された。自然再生の効果や安全性などを見ながら、数十年かけて撤去を拡大していくことになる。
 横山さんは「治山と自然保護は両立できる。ここで成功すれば全国にダム撤去の動きが広まる可能性がある」という。
 また小出俣エリアでは、50年前に植林した約3ヘクタールのカラマツ林を半分伐採し、天然林に戻していく実験が行われている。今年1月から、生えてくる木の種類の変化や、土壌、日照との関係などを探る科学的データの収集が始まった。観察は10年程度続けられる。
 住民代表で老舗温泉旅館を営む岡村興太郎さんは言う。「いま出ているお湯は数十年前に降った雨や雪。温泉も山も、時間のかかる資源なんです」
 日本の森林は、広葉樹林を切ってスギ、ヒノキなどの人工林に換えられてきた。逆の経験は少なく、この基礎データは貴重なものとなる。赤谷プロジェクトで得られた知見に関し、協定はこう定める。「希少動植物の生息場所などを除き、広く一般に公開する」
 日本の森林再生の未来が、赤谷の森から見える。(編集委員・柴田文隆)
         ◇
 これまでにない斬新な発想で、開発にさらされた生態系の再生に挑む人々の姿を紹介する。


2007年 10月30日 読売新聞



[環境ルネサンス]自然再生(2)流れ配慮し再工事、魚戻る

◇No.155 
 「アマゴ、ウグイ、オイカワ……。15種類はいる」。案内してくれた町職員の豊田庄二さん(55)は誇らしげに魚の名前を挙げた。
 「四万十源流点の村」の看板が目を引く高知県津野町。ここを流れる北川(きたがわ)川は四万十川の支流だが、「最後の清流」というイメージはない。1973〜79年度に、はんらんを防ぐための工事が行われたためだ。
 「川からは一時、魚が姿を消したのです」。豊田さんは振り返る。840メートルの蛇行部分を140メートルに縮めた結果、数メートルの落差が生じた。魚道が設けられたが土砂がたまり、魚は遡上(そじょう)できなくなった。
 憤った住民たちは、県に工事のやり直しを求めた。訴えに耳を傾けたのは、94〜95年度に須崎土木事務所工務第一課長だった安田広さん(59)。県の治水担当部署と協議し、了解を取りつけた。さっそく、岩盤を一部削り、石を置くといった工事を行い、魚が行き来できるようになった。
 当時としては画期的な再生事業だった。安田さんは99年の退職後も、太平洋に面した大月町から毎年、この川を訪れる。「判断は間違っていなかった」
 工事をやり直す際、県が参考にしたのが「近自然工法」だ。高知市の建設コンサルタント、福留脩文(しゅうぶん)さん(64)が20年前に提唱し、全国500か所以上で手がけている。
 この工法では、川底は平らにせず、蛇行による水際もできるだけ残す。ふちは魚の避難場所になり、瀬は藻類が繁殖し、水生昆虫や魚の産卵場所になる。「どうすれば水が自然に流れやすくなるか配慮しながら工事をする。治水とも両立できます」
 近自然工法を知ったのは86年。父の土木建設会社に入って20年がたち、治水最優先の河川工事に疑問を持ち始めた時、スイスに住む大学講師の弟から「こっちで普及している」と、この工法を聞いた。現地も視察し、感銘を受けた。
 生態学者の桜井善雄・信州大名誉教授(79)は福留さんの手法を「川を局所的ではなく、絶えず動く全体の流れの中で見ており、生態学的にも理にかなっている」と評価する。
 日本の河川行政も90年代以降、「できるだけまっすぐにし、素早く流す」という治水一辺倒から、生態系保全型に大きく転換する。86〜90年に旧建設省治水課で建設専門官などを務めた青山俊樹・水資源機構理事長(63)も、省幹部の勉強会で福留さんの話に引き込まれた一人だ。
 90年には同省が「多自然型川づくり」への取り組みを宣言。97年の改正河川法では「河川環境の整備と保全」という文言が盛り込まれ、昨年には「多自然」を一層推し進めることを決めた。国土交通省によると、こうして施工された川は2万8000か所を超える。
 福留さんは、生きものへの配慮が河川工事の常識となったことを喜ぶ。「これからも、川の訴えに耳を傾けていきたい」


2007年 10月31日 読売新聞



[環境ルネサンス]自然再生(3)荒れる里山救う「王国」

◇No.156 
 ササをかき分け、落ち葉を踏み、長靴姿の稲葉洋(はるか)さん(60)が先を行く。足元でトノサマガエルが跳ねた。
 福井県越前市西部地区の雑木林。わき水が流れる細い溝は所々埋まっていて、稲葉さんはスコップで丁寧に、深さ5〜10センチに整えながら進んでいく。
 「この流れは、生まれたばかりのアベちゃんが春先に降りてきて暮らす『小さな谷』なんです」。アベちゃん、とは環境省が絶滅危惧(きぐ)1A類に指定するアベサンショウウオ。体長10センチほどの両生類だ。
 兵庫県北部と京都府丹後半島だけにすむとされていたが、福井県両生爬虫(はちゅう)類研究会の長谷川巌会長(64)が7年前、越前市内で生息を確認した。
 西部地区の里山にすむ希少生物はアベちゃんだけではない。サギソウ、メダカなど40を超える国指定の絶滅危惧種、準絶滅危惧種が確認されている。
 各地の希少生物を守る運動は、自然保護団体など一部の人々によって行われていることが多いが、越前市の里山では、地域の人たちが一丸となって小さな命を見守っている。その愛情の注ぎ方も尋常ではない。
 サギソウの自生地復元に取り組む住民有志は2000年、ついに「さぎ草王国」を樹立。国旗や国歌まで作ってしまった。王国だから「国王」もいる。初代の永当(えいとう)保さん(67)は「サギソウ保護をきっかけに、住民の連帯感が深まれば」と肩の力は抜けている。
 昨年は「水辺と生物を守る農家と市民の会」も結成された。農薬を使う農家は、生き物をかわいいと思っても、行動は起こしにくいものだが、地区全体での農薬空中散布をやめた。
 スイカやコシヒカリを作っている恒本明勇(あきお)さん(60)は今年、田んぼのいもち病防除用の農薬を3分の1に減らした。「できることからやっていきたい」
 県希少野生生物保全指導員の肩書を持つ稲葉さんも実は農家。農作業の合間にアベちゃんの環境が荒らされていないか、草花が盗掘されていないか、見回っているのだ。
 日本の国土の4割は里地・里山といわれる。人間が薪や炭焼き用に木を切り、手を加えることで維持されてきた生態系だが、燃料が石油に切り替わった1960年代以降は放置され、急速に荒れた。環境省もモデル事業を通し新たな里山像を模索しているが、「着地点は、まだ描けていない」(自然環境計画課)。
 4月、合同会社を作って里山を再生させる試みが山形県飯豊(いいで)町で始まった。ここには国内最大級、1万2000ヘクタールの共有林がある。
 会社を興したのは、町の第3セクター「緑のふるさと公社」常務だった安部弘さん(49)。ナラなどを毎年15ヘクタールずつ切り出し、建材や燃料用のペレット、キノコ栽培用おがくずを生産し、年間売り上げ5000万円を目指す。
 「担い手不足でも里山は守れる、収益もあげられることを示したい」と安部さんは意気込んでいる。(室靖治、写真も)


2007年11月1日 読売新聞

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