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[環境ルネサンス]変わる富士(1)温暖化、解ける永久凍土

◇No.159
 スコップを手にした静岡大の学生らが、標高2500メートルの富士山5合目付近から3776メートルの山頂を目指した。平らな場所を見つけては、地表を覆う溶岩などを50センチほど掘り、温度計を埋める作業を続ける。頂上まで計200個が埋められた温度計は、地温を20分おきに記録する。
 山頂の真下には、一年中解けない「永久凍土」の層がある。静岡大は8、9月、静岡県の委託で6年ぶりとなる凍土調査に着手。結果は、1年後に出る。
 永久凍土が徐々に解けている――。国立極地研究所(東京)に、富士山の温暖化を物語るデータがある。
 1976年の永久凍土の下限は南側斜面で標高3200メートル前後だったが、2001年までの25年間で約300メートル上昇。北側斜面でも2800メートルから約100メートル上がったとみられる。
 北極圏など極地に存在する永久凍土。国内では富士山のほか、北海道・大雪山系と北アルプス・立山で確認された。富士山では、地中50センチ〜数十メートルにあるとみられる。標高が高くなれば地温は下がるが、永久凍土がある地点では地温の下がり方が急激だ。その変化で、永久凍土の下限がとらえられる。
 76年からの25年間で、山頂の平均気温は年に0・038度のペースで上がった。特に冬場(12〜2月)は0・064度。このペースで100年たつと、6・4度も上昇する計算だ。極地研の藤井理行(よしゆき)所長は、「この7年間で温暖化は加速しており、南斜面の永久凍土の下限が上がっているのは間違いない」と言う。
 西側斜面の「大沢崩れ」では全長2100メートル、最深150メートルにわたって溶岩などが崩落、大規模な土石流が絶えず発生している。硬軟の層が重なっているために崩れやすく、京都大の水山高久教授(砂防学)は「季節によって凍結と融解を繰り返すようになれば、土壌は不安定になり、浸食が加速するだろう」とみる。
 凍土の融解は、山の姿を変えてしまうかもしれない。
 ふもとの山中湖ではかつて、全面結氷する1か月間でスケート靴を履いた子どもたちがはしゃぎ回り、公式大会も開かれた。富士山噴火で誕生した富士五湖の一つで、面積は約6・8平方キロ。湖面標高は981メートルあり、冬は厚さ30〜50センチの氷で覆われていた。
 人口6000人規模の山梨県山中湖村は、数多くの選手を輩出した。富士急監督として橋本聖子、岡崎朋美両選手らを育てた長田照正さん(58)も、幼いころは友達と湖上を滑るのが日課だった。
 しかし、湖は1984年を最後に全面結氷しなくなった。22年ぶりの全面結氷で沸いた2006年も、1週間たたないうちに解けた。長田さんは「湖はスケート人生の原点。ふるさとの競技人口も減り、大切な文化を失った気分」と話す。
 湖畔で貸しボート屋を営む高村徳江さん(55)の倉庫には、100基余りの「ワカサギ小屋」が眠る。釣り人が木製の小屋で暖を取りながら、氷の穴からワカサギを釣る姿は、風物詩だった。最盛期には20〜30店が小屋を貸し出したが、湖が凍結しなくなってほとんどの店が廃棄した。
 「小屋を処分してしまったら、湖が二度と凍らないと認めてしまうような気がする」。高村さんの目に涙が浮かんだ。


2007年 11月6日 読売新聞



[環境ルネサンス]変わる富士(2)上昇続ける「森林限界」

◇No.160
 富士山北ろくの河口湖畔にある畑の一角に、濃い紫色に熟したブドウの房が揺れていた。山梨県富士河口湖町で10月中旬、赤ワインの原料となる「ピノノワール」が収穫された。地元の子供たちも手伝い、丁寧に摘み取った。
 「果樹王国」の山梨だが、同町では10年前には見られなかった光景だ。標高870メートル前後。冷え込みが厳しく、果樹栽培には適さないとされてきた。ブドウ作りを試みて失敗した農家もあった。
 同町の年間平均気温は1948年に10度を超えたことがあったが、9度台が当たり前だった。ところが、89年以降は一度も10度を下回っておらず、最近は11度を超える年も珍しくない。
 遊休農地活用と観光資源発掘を模索していた町は94年、寒冷地に比較的強いというブルーベリーの栽培を試みて成功した。ブドウ、サクランボと広げ、2002年には地元農家によるブドウ生産組合を設立した。
 約2ヘクタールの畑で収穫されたブドウから生まれたワインは、「河口湖ノワール」として売り出されている。堀内維貞組合長(81)は「最初は半信半疑だったが、温暖化に後押しされて夢が広がった」と話す。
 標高2500メートルの5合目付近で山腹を一周する「御中道(おちゅうどう)」。周辺には、枝が横に伸びたカラマツが目立つ。
 山梨県環境科学研究所(富士吉田市)の中野隆志研究員(植物生態学)によると、樹木が密生する上限の「森林限界」に生えるカラマツの特徴だ。強風を遮る樹木もない厳しい環境にさらされ、まっすぐ生育しないためだ。
 ところが、実際には御中道から約100メートル上まで樹木が密生、森林限界は徐々に上がっている。中野さんは「森林限界の上昇は、温暖化で加速された可能性がある」と話す。
 ふもとから見上げる夏の東斜面は、日の出とともに、岩肌が絵の具を塗りつけたような赤に染まった。画題として知られる〈赤富士〉。長くて2分のショーだ。
 「緑が上へ延びている気がする。いつか赤富士が見られなくなる日が来るのだろうか」。20年以上、富士を撮り続けている富塚晴夫さん(60)もこう感じる。森が上がれば、赤く染まる岩肌の面積は減る。
 森林限界をはるかに超えた山頂近く。大小の溶岩が転がり、生命の存在を否定するかのような風景の中で、コケが溶岩に張り付くようにして生きていた。
 ここには、ほかに南極でしか確認されていないバクテリアとコケの共存関係がある。バクテリアの一種のらん藻はヤノウエノアカゴケに付着し、適度な温度と湿度を保つ。コケは、らん藻が死んだ際に放出する窒素を養分に生きる。静岡大の増沢武弘教授(植物生態学)が7年前に発見した共存関係は、気温が低く養分に乏しい環境が生み出した。
 らん藻の付着したコケは黒く変色する。ところが、今年8月に登った増沢さんは黒いコケが減ったことに気付いた。増沢さんは「山頂付近が暖かくなり、環境が穏やかになって、コケとらん藻の共存が崩れているのでは」とみる。
 ふもとのブドウ畑から、山頂のささやかなコケの営みまで、植物の生態は変わりつつある。100年後の富士はどうなっているのか――。日本一の孤峰は、温暖化の影響を見る格好の指標でもある。


2007年 11月7日 読売新聞



[環境ルネサンス]変わる富士(3)わき水浪費、突然の枯渇

◇No.161
 標高1030メートル、山梨県富士吉田市の浅間神社近くに「泉瑞(せんずい)」と呼ばれる池がある。昨年12月、細い管を通じて絶え間なくわき出ていた水が突然、一滴も出なくなった。
 江戸時代は富士山の登山者が体を清め、今は水道の源泉の一つ。汚染防止に覆いをかぶせた池から細い管が地面の上へ延び、誰でも天然水をくめた。市によると、地下水の水位低下が原因で、今も回復していない。
 富士山の広大なすそ野では、雪解け水が清らかなわき水をはぐくんできた。その水が今、各地で危機にひんしている。
 養殖ニジマスの生産量が年1500トンと日本一を誇る静岡県富士宮市。尾中裔真(すえまさ)さん(67)の養鱒(ようそん)場では、深さ8メートルからくみ上げた地下水が、人工池に流れ込んでいる。水温は14度。手を入れると、ひんやりと冷たい。
 池の脇ではポンプ13台が24時間稼働している。120万匹が泳ぐ池に、1日3万トン前後の地下水をくみ上げるためだ。月50万円の電気代は痛いが、尾中さんは「水の供給が止まれば、30分でニジマスのほとんどが死に絶える。きれいな水は生命線なんです」。
 富士宮市や業界団体などでつくる地下水対策協議会によると、同市を含む富士山西南側のわき水は、1955年に1日あたり177万トンあった。しかし、減少傾向が続き、2006年は79万トン。わき水の枯渇を補うため、養鱒業者はポンプでくみ上げざるを得ない。
 富士養鱒漁協の組合員らは6年前、市郊外にブナ・ケヤキなど13種計4000本の広葉樹を植え、「にじますの森」と名づけた。広葉樹の自然林は、積もった腐葉土が保水力を高め、「天然ダム」の働きをする。スギなど針葉樹林の拡大で、この機能が失われつつあることも、水の枯渇に拍車をかける。毎年のように草刈りに汗を流す岩城善宣・常務理事(55)は「森林を元に戻すためのささやかな試み」と言う。
 静岡県は、高度成長期に進出した製紙・パルプ工場などが大量に取水し、わき水が枯渇したとみる。県は77年、枯渇が危ぶまれる地域で取水パイプの口径を制限したが、抜本的な改善にはなっていない。最盛期に60以上の養鱒場がひしめいていた富士宮市だが、今は17軒を残すのみとなった。
 同じようにわき水の恩恵を受ける静岡県三島市は、中心部に小川が流れ、水車や噴水の涼しげな音が響く。しかし、市立公園「楽寿園」の小浜池では平均水位が61年の144センチから低下し続け、97年には池の底からさらに213センチ下までしか上がらなかった。豊かに見える川も、工場で取った水の一部を戻してもらい、かろうじて水量を保つ。
 市は「すそ野の田畑がコンクリートの宅地になり、雨が地下に浸透しなくなった」と話す。そこで、市民団体「三島ゆうすい会」は「まずは市内でできることを」と、雨水を下水道に流さずに地中に逃がす「雨水浸透ます」の普及に取り組む。市も最大6万円を補助し、昨年度までに一般家庭524か所に設置された。
 三島市など富士山周辺は、全国で水道料金が最も安い地域でもある。水質が良く、最低限の浄水設備で済むためだ。三島市民1人が1日に使う水は378リットル(04年度)と、全国平均の314リットルを大きく上回る。
 「富士の雪解け水は豊富にあって当たり前、と思い込んできた。水を浪費する暮らしを、足元から変えなければいけない」。ゆうすい会の塚田冷子会長(72)は訴える。

2007年 11月8日 読売新聞


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