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[環境ルネサンス]変わる富士(4)遠望復活、喜べぬ理由

◇No.162
 東京都武蔵野市の静かな住宅街。成蹊学園の4階建て校舎の屋上に立つと、マンション群の先に富士山が浮かぶ。学園では44年間、歴代の理科教諭が1日も欠かさず観測を続けている。
 83キロ離れた富士山が肉眼で見えた日数は、1965年の22日が最低で、70年〜90年代は50日以上で推移。99年以降は、100日を超える年も相次ぐ。現在観測を担当する宮下敦教諭(47)は、「明治初期に東京・本郷から観測された記録に近づきつつある」という。
 朝焼けに染まり始めた北東の空に、豆粒ほどのシルエットが浮かんだ。手前に熊野灘が広がる。
 三重県に住むアマチュア写真家の京本孝司さん(56)、仲賢(まさる)さん(56)のコンビは、台風一過の2001年9月12日、322・9キロ離れた和歌山県那智勝浦町の小麦峠(標高900メートル)で富士山を初めてとらえた。この最遠望記録は、今も破られていない。
 富士山はどれくらい遠くから見えるのか――。火付け役は、筑波大付属高校(東京都文京区)の田代博教諭(57)が、パソコンで標高や地球の丸さを計算して作った「富士山可視マップ」だ。昨年末、八丈島で撮影に成功するなど、未確認だった地域からの報告が続く。田代さんは「最近は、遠くからよく見えるようになった」と実感している。
 高度成長期の68年、大気汚染防止法が制定されると、空気の汚れは改善に向かった。ただ、成蹊学園の宮下さんは、富士山が見えた日数が最近10年に急増した理由を、「ヒートアイランドに伴う湿度低下が影響している」と推測する。学園で測る年平均湿度が、50年間で5%下がったことに鍵があるとみるからだ。
 湿度の高い夏場は「もや」が発生しやすく、好天時も視界を妨げる。しかし、地表を覆うアスファルトや車・エアコンなどの排熱が都会の気温を上昇させるヒートアイランド現象で空気は乾燥し、湿度が下がる。富士山がよく見えても、手放しでは喜べない。
 富士山まで23キロの静岡県富士市役所で昨年度、頂上からすそ野までの山全体が見えたのは3日に1回だった。雲ひとつない快晴で、隣の富士宮、御殿場両市ではくっきり見えるのに、富士市からは見えない日もあった。製紙工場などの排煙が上空を覆う「富士スモッグ」が原因といわれる。
 そこで市は、富士山が見えづらくなる5〜10月に見える日数を、現在の17日から8年後に33日まで増やす目標を掲げた。02年から工場の煙突撤去費の3分の1を県と市で補助し、114本のうち24本を撤去するなど対策を進める。
 大気観測に最もふさわしい場所。それは、富士山そのものだ。周囲の汚染に影響されにくい独立峰は、遠くから運ばれてくる上空の汚染物質を正確に測れる。
 ごつごつした岩肌に囲まれた富士山頂の旧気象庁測候所で今夏、窓からチューブを突き出して大気を集め、硫酸や煤(すす)の濃度を分析する試験観測が行われた。ターゲットは、工業発展が著しい中国など東アジアから偏西風で運ばれてくる有害物質だ。
 マウナロア(米)やユングフラウヨッホ(スイス)など他国の3000メートル級観測所は、連携して越境汚染の監視を強めつつある。しかし、富士山頂では、研究費不足で通年の観測はまだできない。土器屋由紀子・江戸川大教授(環境化学)は「世界中から“アジアの監視塔”の役割を期待されている。富士山も監視網に加わるべきだ」と話す。


2007年 11月9日 読売新聞


[環境ルネサンス]変わる富士(5)人との共生探る時期

◇No.163
 木漏れ日が差す樹海を、千葉県から訪れた小学6年生十数人が歩く。木のチップを敷き詰めた遊歩道は、幅2メートルほどしかない。
 山梨県富士河口湖町の青木ヶ原樹海は、3000ヘクタール。標高1000メートルを超える富士山北西ろくに広がる。864年の貞観噴火で噴出した溶岩を厚さ3〜5センチのコケが覆う。その上に、ツガ、ヒノキなど針葉樹がむき出しの根を張る。
 「土がない樹海では、原生林がコケの水分を頼りに生きている。コケを踏めば、木も死んでしまうことがある」。ツアーを主催するNPO「富士山エコネット」のインストラクター、幅義則さん(43)がクギを刺すと、知らずにコケを踏んでいた子供が、慌てて足を遊歩道に戻した。
 樹海へのツアーが始まったのは1980年代。それまでは、住民がマキ拾いや、キノコ採りに入る程度だった。自然ブームで人気を集め、富士山エコネットのツアーには2006年のシーズン(5〜10月)中、120の学校・団体の1万8520人が参加した。5年前の1・5倍を超える。県によると、ツアーは20団体ほどが主催し、年間4〜5万人が歩く。
 「コケが踏まれ、なかったはずの道ができている」「樹木に赤いペンキで目印が付けられている」。03年ごろ、地元住民らの苦情が県に相次いで寄せられるようになった。
 県はツアーを主催する団体と協議して04年7月、ガイドラインを作成。ルートを外れず生き物を踏みつけない、1団体の参加人数は20〜25人に制限することなどを定めた。富士山エコネットの三木広理事長は「環境意識を高めるエコツアーで自然を荒らす愚は避けたい。小さなことから自然を守ることが私たちの役目」と話す。
 今夏の登山シーズン。過去最高の35万人余が山頂を目指した。5合目から上では42軒の山小屋が、登山客をもてなす。
 食堂には、電子レンジで温めたレトルトパックの牛丼やカレーが並び、冷蔵庫には冷えたビールもある。バイオトイレは、汚物を分解する微生物の適温に保たれている。どの山小屋でも、快適な生活を支えるのは軽油を燃料にした発電機だ。
 静岡県側の6合目にある宝永山荘は収容人員約80人。比較的小規模だが、それでも7月から10月のシーズン中に、軽油190リットル入りのドラム缶約20本をブルドーザーで運び上げる。
 環境省モデルで試算すると、宝永山荘だけでも1シーズンに約10トンの二酸化炭素が出ることになる。乗用車1台が326日間通してアイドリングを続けた場合の排出量と同じ。窒素酸化物やばいじんなども出る。
 山小屋の経営者らからは、より環境への負荷が少ない電力会社の電気を使うため、送電線を埋設するなどの改善策が持ち上がったこともある。しかし、国立公園特別保護地区の規制や、落雷の多い条件などがネックで立ち消えとなった。宝永山荘を経営する渡井正弘さん(66)は「環境に良くないので、何とかしたいんだが……」とため息をつく。
 富士山の環境を考えるNPO法人「富士山測候所を活用する会」は山小屋経営者らも招き、太陽光発電や燃料電池など、代替エネルギーを検討するシンポジウムを来春にも開く計画だ。
 浅野勝己理事長は「気候変動に伴う変化から、人との共生のあり方まで、富士山の環境を幅広い視点で考える時期に来ている。シンポジウムを、その契機にしたい」と語る。
 富士の環境を次代に引き継ぐ取り組みは、足元から始まっている。(おわり)(この連載は、甲府支局・前田遼太郎、地方部・高倉正樹、河合正人が担当しました)


2007年 11月10日 読売新聞


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