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[食ショック]結び合う現場(上)生産者の「思い」も直送
食品偽装や中国製冷凍ギョーザ中毒事件では、生産現場が見えないことが、消費者の不安につながった。食の安全・安心を回復するため、生産者と消費者が新たな関係を結ぼうと、各地で模索が始まっている。
東京・丸の内のビル地下に、「とかちの…」という少々変わった店名のレストランがある。
「サラダの野菜を作ったのは、音更町(おとふけちょう)の生産者の縄手さん。大きなハウスで栽培しています」。高橋司店長(30)は、北海道・十勝地方の食文化の“語り部”だ。直送の素材を生かすため、塩とバターを添えた「4種のジャガイモの食べ比べ」など料理はあえてシンプルに。生産者や風土の魅力を伝えたいという思いが、言葉ににじむ。
運営するのは「場所文化フォーラム・十勝有限責任事業組合」。地域活性化に取り組む北海道内外の約20人が出資し、昨年6月に店を開いた。店の総監督で帯広商工会議所青年部理事の後藤健市さん(48)は「都市と地方をつなぎ、感動を共有する居場所を作りたい」という。
地場産品を宣伝するだけのアンテナショップでは、作り手の思いが届かない。生産者を店に招いてソバ打ちを披露したり、十勝へのツアーを企画したり。店名の「…」には、都市と地方とが距離を縮め、互いを補完し合う基地にという願いが込めてある。
2006年から地域団体商標制度も始まり、地場産品への関心は高まるが、ともすれば、地方の美味を都会の消費者が“つまみ食い”するだけ。しかし、食料自給率の低下や農業従事者の減少など厳しい現実を前に、積極的に都会に足を運び、交流の拠点を築く生産者も出てきた。
東京・大田区でミニスーパー「OTENTO田園調布店」を運営するのは、千葉県の農家90軒で作る農事組合法人「和郷園」の関連会社「ケンズ」だ。木内博一社長(40)自身も根菜類を栽培している。「千葉産の野菜の魅力を伝えたい」と、06年3月に開店。夕方に店頭に並ぶ「朝どれ野菜」は人気だ。
安価な食品があふれる中、化学肥料を極力使わず、運送費などのコストを含めると、適正価格はいくらになるか――複雑な生産、流通事情も正直に話し、消費者と一緒に考えていければと、木内社長は夢を描く。
都会の真ん中に出現した「地方」は、日本の食の姿を変えていくのだろうか。(大森亜紀)
2008年 4月23日 読売新聞
[食ショック]結び合う現場(中)「6次産業」で地元産PR
熱々のご飯に新鮮な卵を割ってかけ、サッとかき込むと口の内に懐かしい味が広がる。「これ全部、地元でとれたものなんですよ」
広島県世羅町の産直施設「夢高原市場」。店長の井上幸枝さん(61)が「有機米も卵も、しょうゆの原料の大豆も地元産」と説明する。「卵かけご飯コーナー」は、休日には300食も出る人気コーナーだ。
年間約200万人の観光客が、人口2万人弱の山あいのこの町を訪れる。集客の原動力は、ブドウ、チューリップなどの農園や産直市場、農協、女性グループなどで作る「世羅高原6次産業ネットワーク」だ。
「6次」には、1次(生産)、2次(加工)、3次(販売)の各産業が連携し、“掛け算”で相乗効果を高めようという意味が込められている。販路の開拓が課題だった農家や農産品加工所は、販売先を町内全域に広げ、商品不足に悩んでいた産直市場は安定した仕入れができるようになった。
産直市場には、とれたて野菜が並び、地元産牛乳で作ったソフトクリームもある。中でも、卵かけご飯は、世羅の総合力を生かした「6次産業」の象徴だ。
年間売り上げは総額15億8000万円(2006年)と1999年の発足時の1・8倍に膨らみ、加盟団体も当初の32から57に増えた。ネット事務局の後(うしろ)由美子さん(62)は「町中を農業公園にするのが夢」と目を細める。
生産地が力を出し合い、消費者にアピールする動きはほかにもある。
京都府や農協などで作る「京のふるさと産品価格流通安定協会」は、京野菜の普及に力を入れる。これまでに、レシピコンテストや料理教室を開き、07年に創設した、生産、調理などの達人を選ぶマイスター制では15人を選んだ。
グランドプリンスホテル京都(京都市)のシェフ高垣吉正さん(50)も、その1人。フランス料理の食材を探し求めるうち、京野菜にたどり着いた。
毎朝、マイスターの契約農家らの畑で自ら収穫、それぞれの味や香りが生かせる斬新な料理を作る。風味豊かな賀茂なすのアイスクリームや、ほんのり辛い万願寺とうがらしの冷製スープ。意外な味に驚く客には、テーブルまで行って調理法などを解説する。
「野菜は育てる土地で味が違う。京で作り、京で食べてこそ京野菜」と協会の太田善久常務理事は言う。
こだわりと誇りを持った生産者らの発する情報が、消費者との確かな懸け橋になっている。(小野寺昭雄)
2008年 4月24日 読売新聞
[食ショック]結び合う現場(下)受注生産、消費者に安心
精米したての香りが作業場に広がる。籾(もみ)のまま保管していたためか、糠(ぬか)の香りが強い。すべて、顧客の注文を受けて生産した米だ。
宮城県登米市の「板倉農産」では、ほぼ毎日、発送作業が行われる。客の要望に合わせ、指定日に、使いやすい10キロ以下に小分けして届ける。「以前は、農協の薦める銘柄が消費者の求める米だと思っていたが、受注生産を始めて、多様なニーズがあることが分かった」と、阿部善文社長(41)は言う。
受注生産を始めたのは1995年。アイガモ農法など手間ひまかけて生産した有機栽培米を、直接、消費者に届けられるからだが、同時に、消費者に選ばれる米作りが課題になった。
銘柄を5品目に増やし、食べ比べしやすいように1キロ単位でも販売。病院や保育園から注文を受けて、妊婦の苦手な炊きあがりの香りを抑えたり、やや硬めにして、かむ習慣をつけたりするブレンド米も作った。
顧客は、当初より700世帯増えて2000世帯になった。計24ヘクタールで耕作し、一部は近隣農家に生産を委託している。安売り店より10キロ当たり2000円ほど高いが、注文が途切れることはない。
客層が変化してきたのは、食品偽装がニュースになり始めた数年前。経済的に余裕のある高齢者が中心だったが、インターネットで注文してくる30歳代が増えてきたという。
「新規客のほとんどが、家族の健康への関心が高い子育て世代。ホームページで、農作業の様子を紹介したコーナーも、よく読んでいて、米の成分など専門的な質問をするお客さんもいます」と阿部さんも驚く。
ネギの受注生産をしている福岡県朝倉市の「朝倉物産」は、昨年、念願だった安全・高品質を売り物にする「いかりスーパーマーケット」(兵庫県西宮市)に納品できるようになった。
安全でおいしいネギを作ろうと8年前、化学肥料を使うのをやめた。収量は1割以上落ちた。店頭価格は相場より約3割高い。だが風味がよく、日持ちもする。顧客の飲食店や百貨店の注文が増えてきたのは、やはり、食への関心が高まってきた数年前からという。
「高級スーパーで扱ってもらえるようになったのは、『高くても高品質なら』という消費者のニーズがあるからなんですね」と、花田信一社長(53)は話す。
安全・安心を求める生産者と消費者の出会いは、新たな食の未来をひらくきっかけになるかもしれない。(木田滋夫)
2008年 4月25日 読売新聞
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