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基礎からわかる「穀物高騰」


世界的にトウモロコシや小麦などの穀物相場が高騰し、暴動で死者が出るなど混乱が広がっている。アジアでもタイ産米の輸出価格が上昇し、輸入国の影響は深刻だ。日本も食品の値上げが相次ぐなど、家計への負担が増している。
 
 Q なぜ値上がり 
 ◆人口増や投機マネー… 
 穀物相場の上昇は、2006年ごろから顕著になった。世界的な指標となる米シカゴ商品取引所では、この2年間で小麦、大豆、トウモロコシの価格が2倍超に跳ね上がり、最近は、アジアでもタイ産米の輸出価格が急騰している。
 原因は、新興国の人口増加と食生活の変化、バイオ燃料向けの需要拡大、商品市場への投機資金の流入、異常気象などが複雑に絡んでいる。生産国が国内の物価上昇などに配慮し、輸出を抑えていることも相場をかく乱している。
 このうち新興国の要因では、急速に成長する中国やインドなどで国民の生活水準が向上し、肉類や油脂を多く取る「食の西洋化」が進んでいることが挙げられる。
 牛肉1キロ・グラムを生産するには、餌として11キロ・グラムの穀物が必要だ。例えば、トウモロコシは牛や豚、鶏などの飼料にも使われる。中国の穀物需要は1970年から05年までに2倍に増え、特に飼料用は9倍に拡大するなど、新興国の旺盛な需要が世界の穀物消費量を押し上げている。
 米国でガソリンに代わるバイオエタノール燃料の生産が増えていることも相場上昇の要因だ。
 ブッシュ米大統領は07年1月、バイオエタノールなど代替燃料の生産量を17年までに約6倍に増やす方針を示し、エタノール工場が相次いで建設されている。
 原料となるトウモロコシは、大豆からの転作もあって生産量は増えたものの、需要増に追いつかず、価格も値上がりした。一方、大豆の生産量は減少し、相場の上昇を招いている。
 米低所得者向け住宅融資「サブプライムローン」問題も一因だ。巨額の資金を運用するヘッジファンドなどの投機マネーは、相場が下落した株式市場から原油、穀物などの商品市場に流入し、シカゴ市場の相場は急騰した。
 豪州では2年連続の干ばつで小麦の生産量が激減するなど、異常気象も影響している。
 さらに07年以降、原油高などによる国内物価の上昇や人口問題に対処するため、穀物輸出国が外国向けの出荷を抑え始めた。ロシア、中国、アルゼンチンなどは小麦などを輸出する際に税金を課したり、輸出量の枠を設けたりしている。
 アジアでは、主なコメ輸出国のベトナム、インドが同様の理由で輸出を停止したため、国際指標となるタイ産米の輸出価格は、08年1月からの4か月間だけでも、1トンあたり854ドルと約2・3倍に急騰した。
 生産量から輸出に充てられる割合を示す貿易率(05年)は自動車が48%、原油は63%などに対し、穀物は小麦が18%、トウモロコシは12%、コメは7%、大豆は30%と相対的に低い。国際市場に出回る量が元々少ないため、相場は作況や輸出制限などに左右されやすい構造になっている。
 
 Q 価格どうなる
 ◆なお上昇の恐れ 
 国際社会では、貧困層の救済や相場の抑制に向けた取り組みが次第に広がりつつある。
 財政支援では、米国が途上国向けに7億7000万ドル(約800億円)の資金援助を発表し、アジア開発銀行(ADB)も総額5億ドル(約520億円)の緊急援助を表明した。
 世界食糧計画(WFP)は、貧困層向けの配給などに約7億5500万ドル(約785億円)の予算が不足するとして、先進国に追加援助を要請している。
 4月上旬に開かれた主要8か国(G8)開発相会議では、穀物価格の高騰に関して、「国際社会が真剣に取り組む問題だ」との認識が急きょ声明に盛り込まれた。国連も食糧の高騰対策を緊急課題と位置づけ、ローマで6月、各国首脳などによる「食糧サミット」を開き、援助や生産増強策を協議する予定だ。
 ブラウン英首相は福田首相に書簡を送り、7月の北海道洞爺湖サミット(主要国首脳会議)で食糧問題を主要議題とするよう求めた。
 貿易ルールの観点から歯止めをかける動きもある。日本は輸出規制の乱発を防ぐため、世界貿易機関(WTO)の場で、規制を行う際は輸入国と事前協議する仕組みの導入をスイスと共同で提案した。
 ただ、これらの対応が相場の沈静化につながるかどうかは不透明だ。
 米農務省の予測では、08〜09年度の米国農家の平均売り渡し価格はトウモロコシが1ブッシェル(約25キロ・グラム)あたり4・6ドル(前年度比15%増)、大豆が1ブッシェル(約27キロ・グラム)あたり11・5ドル(10・6%増)、小麦は同7ドル(5・3%増)と軒並み上昇する見通しだ。
 アジアのコメ価格も、ミャンマーがサイクロン災害の影響でコメの輸入に転じるとの見方もあり、相場の上昇圧力は依然強い。
 農林中金総合研究所の渡部喜智氏は、世界の穀物在庫量を消費量で割った「期末在庫率」が、00年前後の3割以上から、08年は15%に下がる見通しを示し、「穀物在庫は歴史的な低水準にある」と指摘する。
 大和総研の山田雪乃氏は、新興国で需要が今後も増える状況などを踏まえ、穀物相場は中長期的にも高止まるか、さらに上昇する恐れがあると予測する。
 
 Q 暴動なぜ拡大
 ◆貧困層にしわ寄せ
 穀物価格の高騰は、世界各地で貧困層を中心に市民生活を直撃し、暴動や買い占め騒動を引き起こした。
 カリブ海の島国ハイチでは4月上旬以降、首都ポルトープランスなどでデモや商店の略奪が相次ぎ、警官隊との衝突で少なくとも7人が死亡。上院は4月12日、適切な対応を怠ったとしてアレクシス首相の不信任決議を可決し、首相は辞任に追い込まれた。
 空腹に耐えかねた住民300人以上が米国へ向けてボートで脱出、洋上で20人以上の遺体が収容される痛ましい事故も起きている。
 パンが主食のエジプトでは公営パン販売所で暴動が起き、10人以上が死亡した。価格上昇で横流しが増え、小麦が不足して市民への供給が追いつかないためだ。
 アジアでは、コメ高騰の影響が広がっている。
 コメ輸入大国のフィリピンでは、コメの小売価格が1年で約4割も上昇した。政府は3月末、貧困地区の約1500か所に安い政府米の臨時販売所を設け、連日、数百人が長蛇の列を作った。左派系グループはアロヨ大統領の辞任を求めるデモを展開し、共産ゲリラによる米穀業者の倉庫襲撃のほか、市民が食糧庁や米穀業者に押し掛けて抗議する混乱も広がっている。
 コメをタイなどからの輸入に依存する香港では、市民の買い占めで、スーパーの店頭から一時コメが消えた。「米騒動」は3月末がピークだったが、小売価格の高騰は今も続いており、この1か月で2〜4割上昇している。
 昨年の大洪水やサイクロン被害でコメ価格が2倍に上がったバングラデシュでは4月中旬、ダッカ近郊の工場地帯で、約1万5000人が大幅な賃上げを求めて無期限ストを展開した。国軍と警察計50万人の食事は、主食ではないイモ主体のメニューに変更された。
 アフリカでも、カメルーンやモロッコ、セネガル、ソマリアなどで穀物価格が過去1年で4割以上も上昇し、2月以降、暴動や抗議デモが相次いでいる。
 
 Q 日本への影響は 
 ◆食料品値上げ、家計を直撃 
 日本は食料の約6割を輸入に頼っている。特に穀物の輸入依存度は高く、小麦は87%、大豆(食用)は75%、トウモロコシはほぼ100%を輸入で賄っている。食品メーカーは原材料コストの上昇を製品価格に相次いで転嫁し、消費者の食卓にも穀物高騰の影響が広がってきた。
 3月の消費者物価指数(全国)をみると、スパゲティの値段は07年3月より26・6%も上昇した。即席めんは17・9%、マヨネーズも17・5%、食パンは10%と、大豆が原料の植物油や小麦を使った食品は次々に値上がりしている。
 トウモロコシの高騰で、配合飼料の価格も1年で3割程度も上昇した。肉類などの畜産物や卵の価格は、主に市場の需給で決まる。生産者は飼料の値上がりを十分に転嫁できず、厳しい経営を強いられている。
 乳製品の原料となる生乳の卸価格は、生産者団体と牛乳メーカーの交渉で、4月に飲料用が3%、バターなどの加工用は9%値上げされた。この影響で、主な牛乳メーカーは4月、牛乳を30年ぶりに4%程度値上げした。
 アジアでのコメ高騰の余波も見られる。
 日本は関税・貿易一般協定(ガット)のウルグアイ・ラウンド合意で、年間76・7万トンのコメ輸入を義務づけられた。政府は年10回程度に分け、商社を対象にした競争入札で輸入米を購入している。
 しかし、今年4月の入札では、予定していた6万2502トン全量の落札が見送られた。タイ産米の高騰や品不足を背景に、商社が示した価格が落札予定価格を上回ったことなどが原因と見られる。
 日本はコメを100%自給しており、今のところタイ産米高騰の影響が国内の食卓に及ぶ可能性は低い。
 ただ、冷夏による凶作で1993年に国産米が不足し、タイ米などを緊急輸入した騒ぎは記憶に新しい。政府備蓄は約1か月半分しかなく、再び凶作に見舞われた場合、コメ高騰の影響を受ける恐れもある。
 自給率の向上や安定的な輸入先の確保、政府備蓄のあり方などを真剣に議論する必要がありそうだ。
        ◇ 
 経済部・幸内康、田渕英治、リオデジャネイロ・小寺以作、カイロ・福島利之、マニラ・稲垣収一、香港・吉田健一、ニューデリー・永田和男、国際部・酒井圭吾が担当しました。


2008年 5月10日 読売新聞

基礎からわかる「問責決議案」


ガソリン税の暫定税率などをめぐる与野党攻防で、民主党が福田首相に対する問責決議案を参院に提出するかどうかが焦点となっている。「ねじれ国会」で注目を集める問責決議案はどのようなもので、可決された場合、政局にどんな影響を与えるのかを分析した。
 
 Q 衆院「内閣不信任案」との違いは
 ◆参院の意思表示どまり 
 問責決議案は、国会や地方議会が「議会の意思」を表明する手段である決議の一種だ。具体的には、首相や閣僚、首長ら主に行政の役職者に対し、その政治的責任を問うものと言える。
 問責決議案は、名称も含め、憲法や法律上の規定は特にない。国会の場合、衆院では「不信任決議案」として提出されることがほとんどのため、問責決議案は参院に提出されるのが一般的だ。類似のもので「戒告決議案」も過去に提出例がある。
 参院の場合、問責決議案を提出するには10人以上の賛成者が必要だ。議長が議院運営委員会に諮った上で本会議の議題となる。本会議では提出者(発議者)が理由を説明したうえで記名投票で採決される例が多い。可決ラインは出席議員の過半数だ。
 首相問責決議案は、衆院の「内閣不信任決議案」と比較されるが、効力には大きな差がある。
 憲法69条は「内閣は衆院で不信任の決議案を可決し、または信任の決議案を否決したときは、10日以内に衆院が解散されない限り、総辞職をしなければならない」と定めている。
 これに対し、首相問責決議案は可決されても、法的には「日本人拉致疑惑の早期解決を求める決議」などと同様、参院の意思表示にとどまる。内閣は問責決議を無視することも可能だ。
 内閣不信任決議が衆院のみに与えられているのは、憲法が衆院の優越を認めているためだ。衆院の優越は、任期6年で解散のない参院に比べ、任期4年で解散もあり、短い周期で選挙が行われる衆院の方が、国民の民意を反映しやすいという考え方に基づいている。
 参院事務局OBで元駒沢大教授の前田英昭氏は「首相指名選挙で衆院の優越が認められていることと、内閣不信任決議は表裏の関係になっている」と指摘する。衆院は首相を決める際の権限が大きい分、首相の政治責任を問う権限もまた大きいというわけだ。
 参院が閣僚の問責決議案を可決した場合も同様だ。閣僚の任免権は首相にあるため、実際に職を辞すかどうかは閣僚本人や首相の判断に委ねられる。
 ただ、憲法66条は内閣は行政権の行使にあたり、国会に連帯して責任を負うことも定めている。国会の一院である参院で、問責決議案が可決された場合の政治的、道義的な重みは大きいとされる。
 参院の問責決議案の扱いは二院制の根幹にもかかわる問題だけに、過去の憲法論議でも賛否それぞれの立場から議論されてきた。
 2005年2月の衆院憲法調査会では、公明党の高木陽介衆院議員が「解散制度が衆院にしかないことなどから、参院の首相指名権や問責決議権は本来なくす方が整合性がある」と主張した。舛添厚生労働相も02年4月の参院憲法調査会で「参院は政権の存否にかかわるべきではない。問責決議案はなくていい」と述べた。01年4月の同調査会では、有識者から「参院が必要な場合に問責決議をするのは憲法に基づく大事な国民代表としての仕事だ」との意見も出された。
  
 Q 民主の対応は
 ◆可決、審議拒否どう判断
 衆参で与党が多数を占める状況下では、問責決議案は国会の会期末や与野党対決法案の採決前後などの節目で提出されてきたが、あまり緊張感はなかった。しかし、07年7月の参院選で与党が参院の過半数を失い、野党が問責決議案を提出すれば、可決される可能性が高まったことで状況は一変した。
 昨年8月、安倍改造内閣で初入閣した遠藤武彦農相が直後に辞任したのは、遠藤氏が組合長の農業共済組合が国から補助金を不正受給した問題で、野党が問責決議案を提出する構えを見せたことが原因だった。ただ、参院選後、実際に問責決議案が提出された例はない。野党も慎重な判断が必要となっているためだ。
 民主党は今回、ガソリン税などの暫定税率を復活する税制関連法案を、与党が衆院の3分の2以上の多数で再可決に踏み切った場合、福田首相の問責決議案を提出することを検討していた。一度下がったガソリン価格を値上げするため、再可決に踏み切った与党の横暴を強調すれば、世論の支持は得られるという見方があるからだ。
 〈問責決議案可決を機に、衆参両院で一切の審議に応じず、福田政権を衆院解散・総選挙か内閣総辞職に追い込む〉
 これが民主党にとって理想のシナリオだ。
 しかし、政府・与党は「問責決議案が可決されても、法的拘束力がない」として、無視する構えだ。
 与党は決議案が提出されれば、間髪入れずに衆院で内閣信任決議案を可決し、問責決議の効果を相殺する案も検討している。
 首相問責決議は、首相には参院に立ち入らせないという意思表示であり、参院での政府提出法案の全面審議拒否を意味する。
 このため、民主党内では、審議拒否が長引けば、世論の批判を浴びるとの懸念が強まり、問責決議案提出を5月中旬と予想される道路整備費財源特例法改正案の再可決後に先送りする。「国会審議を通じて政府・与党を追い詰めていくべきだ」と、提出そのものを見送るべきだという声もある。
 民主党単独では参院の過半数に届かないため、可決後の対応も含めて他の野党の協力を得られるかどうかも課題だ。
 民主党は先の臨時国会で、新テロ対策特別措置法を与党が衆院再可決で成立させた際も、首相問責決議案の提出を検討したが、結局見送った。ガソリン税の暫定税率や年金記録漏れ問題など、国民生活に直結する問題で政府・与党と対立した時に備え、「切り札」として温存するためとされたが、決議案可決後の戦略が描ききれなかったことも一因だった。
 今回も民主党は、党内外や世論の動向もにらんだ難しい判断を迫られている。
  
 Q 可決したケースは?
 ◆98年の額賀防衛長官が唯一 
 参院の問責決議案はこれまで首相に27件、閣僚に71件提出された。ただ、衆院の内閣不信任決議案と違い、先決扱いとするルールがないため、「たなざらし」になることも多く、採決されたのは33件。可決されたのは1998年10月の額賀防衛長官(現財務相)に対する問責決議だけだ。
 当時、単独与党だった自民党は7月の参院選敗北の結果、参院で過半数割れし、今と同様に衆参「ねじれ」が生じていた。参院選敗北の責任を取って退陣した橋本内閣に続き、小渕内閣が誕生したものの、金融再生関連法案の修正問題では野党案の“丸のみ”を余儀なくされるなど、厳しい政権運営を強いられた。
 こうした中、旧防衛庁の装備品調達をめぐる背任事件で組織的な証拠隠滅疑惑が発覚。民主党、公明、自由党の野党3党が参院に提出した額賀氏問責決議案は、10月16日の本会議で採決され、3党と共産、社民両党などの賛成で140対103で可決された。
 額賀氏は当初、「私の責任は、(問題の)けじめをつけ、再発防止を行うことだ」としていたが、重要法案の参院審議が停滞しかねない状況となり、約1か月後の11月20日に辞任に追い込まれた。額賀氏辞任が政府・与党に与えた衝撃は大きく、政権の枠組みにも影響を及ぼす一因となった。
 小渕首相は事態を打開するため、99年1月に小沢一郎氏(現民主党代表)率いる自由党と連立、同年10月には公明党も加えた「自自公連立」に踏み切り、安定した国会運営ができるようになった。
   
 ◆1929年、貴族院が「首相問責」 
 参院で首相問責決議案が可決されれば、戦後初めての事態となるが、戦前の貴族院では事実上の「首相問責決議」が可決された例がある。1929年(昭和4年)2月、田中義一首相に対する「内閣総理大臣の措置に関する決議」だ。
 28年5月に田中氏が内閣を改造した際、改造人事を不満として辞表を提出した水野錬太郎文相について、昭和天皇から慰留の言葉があったことを理由に留任させようとしたことが「天皇の政治利用」と批判を受けた。貴族院5会派は6月に首相の責任を追及する共同声明を出し、29年2月21日には決議案が提出された。
 政府は切り崩しを図ったが、無記名投票となった22日の貴族院本会議では、賛成172票、反対149票で可決された。読売新聞など当時の新聞は一斉に、これを「首相問責決議」と報じ、その後、問責決議の名前が定着した。
 田中内閣は可決後の緊急閣議で「決議は弾劾や問責ではなく注意喚起にとどまるもの」と確認。総辞職を拒否したが、約4か月後、軍部が中国の有力者だった張作霖を爆殺した事件の責任を取る形で退陣した。
 一方、委員会レベルでは、戦後、首相問責決議が可決された例がある。
 吉田政権末期の1954年、「造船疑獄」が政権を揺さぶっていた。
 野党の民主党、社会党左右両派などが、少数与党だった吉田内閣の総辞職を迫って政局が緊迫する中、首相が病気を理由に12月4日の衆院予算委員会を欠席した。
 これに反発した野党側は決議案を提出。民主党の中曽根康弘氏が「仮病と疑わざるを得ず、国会軽視で不謹慎な態度だ」と糾弾する決議文を読み上げ、起立採決の結果、可決された。
 野党側は追い打ちをかける形で6日に内閣不信任決議案を衆院に提出し、吉田内閣は7日に総辞職した。
          ◇
 今回は、政治部の川崎英輝、伊藤徹也、栗林喜高、黒見周平が担当しました。


2008年 4月30日 読売新聞

基礎からわかる「遺棄化学兵器」

日本政府が中国で進めている旧日本軍の遺棄化学兵器(毒ガス兵器)処理事業を巡り、関係企業による不正流用事件が明らかになった。遺棄化学兵器とは何か。なぜ処理事業が行われ、「不正の温床」になっていったのかを探った。
 
 Q 処理事業、なぜ
 ◆旧日本軍、中国に30万発超 
 ■旧満州に集中
 多国間条約である化学兵器禁止条約によると、遺棄化学兵器は、1925年1月1日以降に、いずれかの国が他の国の領域内に、その国の同意を得ることなく遺棄した化学兵器を指す。この中には、老朽化した化学兵器も含まれている。
 内閣府によると、旧日本軍が中国に遺棄した化学兵器には、皮膚や肺内部をただれさせるびらん性を持つマスタードとルイサイトの混合剤、くしゃみなどを起こさせて敵の戦闘能力を奪うくしゃみ剤、窒息剤(ホスゲン)などがある。砲弾や爆弾に詰められているもののほか、発煙筒、ドラム缶などに入ったものもある。
 ただ、遺棄された化学兵器の数ははっきりしない。「遺棄」ではなく、旧日本軍が中国軍に引き渡したものだとの説もある。多くは、中国東北部(旧満州)の吉林省敦化市南東約43キロに位置する「ハルバ嶺」という山中に埋められていると見られる。中国側は以前、200万発と主張していたが、日本政府は現地調査の結果、97年に「ハルバ嶺に約67万発、中国全土で約70万発」として、オランダ・ハーグの化学兵器禁止機関(OPCW)に申告した。
 磁気探査機などを使った02年からの調査で、埋設物について詳細なデータを取得し、ハルバ嶺の埋蔵量は30万〜40万発程度であることが判明。日本政府は05年、OPCWに修正申告した。今は中国も日本側の主張を大筋で受け入れている。
 ■相次ぐ被害
 日本政府が処理事業に乗り出すようになったのは、1990年、中国政府が日本政府に対し、遺棄化学兵器問題の解決を要請したことが発端だ。背景には、中国で、今なお深刻な被害が出ているという事情がある。
 「(旧日本軍の)化学兵器は、人を廃人にし、家庭を壊し、夢を奪った」
 2003年8月、中国黒竜江省チチハル市の建設現場で見つかった5本のドラム缶から漏れた旧日本軍の毒ガス溶剤に触れた、元建設作業員の丁樹文さん(28)は、5年近くたった今でも免疫力低下などの後遺症に苦しんでいる。
 溶剤を「油」とばかり思っていた丁さんは缶を素手で運んだ。その日のうちに嘔吐(おうと)が起き、足にブドウの房に似た水泡が無数に現れ、目は痛くて開けられなくなった。この事故で同僚ら1人が死亡、43人が中毒になった。
 日中戦争終結後、中国では旧日本軍の化学兵器で2000人以上が負傷したと言われる。最近は経済急発展に伴う建設ラッシュで、化学兵器が掘り出されるケースが目立つ。遺棄化学兵器の危険性や、兵器が残る恐れのある地域についての情報が、住民に知らされていないという批判もある。
 丁さんを含む一部被害者は、日本政府を相手に損害賠償訴訟を起こしている。
 ■期限は4年後
 遺棄化学兵器処理に関しては、92年の国連軍縮会議で「化学兵器の開発、生産、貯蔵及び使用の禁止並びに廃棄に関する条約」(化学兵器禁止条約)が採択された。日本は95年に批准し、97年に同条約は発効した。
 日本は条約に基づき、「遺棄締約国」として、遺棄化学兵器廃棄のためにすべての必要な資金、技術、専門家、施設、その他の資源を提供する義務がある。中国は「領域締約国」として、適切な協力を行うことになっている。
 日中両政府は99年、両政府で同兵器の廃棄に関する覚書に署名。環境と安全を優先しつつ、中国国内で廃棄することなどを確認した。政府は2000年から、中国各地で小規模な発掘回収事業を進めている。
 処理期限は、同条約で07年4月とされていたが、両政府の調整が難航し、期限内処理は事実上、困難になった。このため、日中両政府は06年、OPCWに対して5年間の延長を要請し、承認された。この結果、12年4月までに処理しなければならないことになった。
 
 Q 処理方法は
 ◆焼却で無害化 
 半世紀以上前の砲弾などの遺棄化学兵器は、多くが腐食しており、毒性の化学剤が漏れだす危険がある。さらに爆発の危険もあるため、処理は難しい。内閣府によると、欧米でも長期間土中に放置されていた化学兵器を大量に処理した経験は少ないという。
 政府が行う処理作業の流れは、〈1〉遺棄化学兵器を中国の現地で発掘、回収し、外観やエックス線で鑑定する〈2〉旧日本軍が遺棄した化学兵器であれば、梱包(こんぽう)したうえで中国国内で一時保管する〈3〉そのうえで、処理施設で高温で燃やし、無害化する――というものだ。鑑定で通常弾と確認されれば、中国側に引き渡す。
 これまでは発掘、回収、一時保管の行程までしか行っておらず、今後、無害化処理が本格化する。大半の遺棄化学兵器が埋設されているハルバ嶺では、処理施設を整備し、発掘から無害化処理まで実施できるようにする。
 一方、ハルバ嶺以外の場所では、日本政府が2000年から今年2月まで計18回、河北省や黒竜江省で発掘回収事業を行った。これまでに外務省調査で回収した分を含めて、計約4万4000発にのぼる。
 これらは移動させると危険なため、暫定的に一時保管している。今後、日本政府が導入する移動式処理設備で無害化する予定だ。
 政府は99年、旧総理府(省庁再編で現在は内閣府)に「遺棄化学兵器処理担当室」を設置した。現在は、外務、防衛、財務、厚生労働、環境、総務各省などの職員約30人が参加。中国政府は00年、外交部アジア局に「日本遺棄化学兵器問題処理弁公室」を設置し、日本の処理事業に協力している。
 
 Q 総事業費は
 ◆1兆円以上の可能性 
 政府は99年〜06年度までに約471億円を投入した。07年度は当初、ハルバ嶺の発掘、回収施設整備関連経費などに約212億円を計上している。事件発覚後の08年度も当初予算で約155億円を計上した。ハルバ嶺の発掘、回収施設の建設には計約940億円かかる予定だ。さらに、無害化処理施設には膨大な費用がかかるとみられている。移動処理設備にも多額の費用がかかる。
 さらに、実際の作業は少数の民間企業に委託されているという問題もある。
 政府は00年度から03年度まで、調査・研究費などとして、「パシフィックコンサルタンツインターナショナル」(PCI)が参加する共同企業体の「プロジェクト・マネージメント・コンサルタント」と、「財団法人日本国際問題研究所」に大半を発注した。
 04年度以降は、PCIの持ち株会社が設立した新会社「遺棄化学兵器処理機構」と随意契約を結んできた。不正流用事件を受け、内閣府は08年度、一般競争入札に切り替えた。
 野党からは「随意契約が、不正を生みやすいのは明らかだ。まだ、調査の段階でこれほどの税金をつぎ込んでいるのはおかしい」などと批判の声が出ている。
 内閣府は「処理事業には、知見と技術を蓄積しながら進める特殊性がある。国が発掘回収施設などを調達、維持、管理することは困難なので、一体的に処理する管理会社が必要と判断し、機構と契約した」と説明している。
 与野党には、「将来的に事業全体の総額は1兆円を超えるのではないか」「中国への政府開発援助(ODA)を打ち切るので、代わりに遺棄化学兵器処理事業に力を入れるようになった」といった見方もある。
 処理事業を所管する岸田沖縄相は、「(総事業費の)確たる数字は言えないが、できるだけ合理化、効率化して、国民に納得してもらえる事業のあり方を模索している」と述べている。
 ただ、日中双方に遺棄化学兵器の場所に関する資料が十分になく、新たに別の場所で発見される可能性もあり、さらに事業費が膨らむこともありうる。今回の事件を契機に、予算が適正に支出されているかどうかを監視すべきだとの声が強まるのは確実だ。
 
 Q PCI事件、捜査の狙いは
 ◆巨額の利権にメス
 遺棄化学兵器処理事業に絡み、東京地検特捜部は4月23日、同事業を受注していた大手コンサルタント会社「パシフィックコンサルタンツインターナショナル」(PCI)の元社長・荒木民生容疑者(71)らを、事業費を不正流用した特別背任容疑で逮捕した。捜査の狙いはどこにあるのか。
 「巨額の金のにおいをかいで、この事業には怪しい連中が群がってくる」。ある検察幹部はこう話した。実は、在日本朝鮮人総連合会中央本部を舞台にした詐欺事件で逮捕・起訴された元公安調査庁長官、緒方重威(しげたけ)被告(73)も、事業を手掛ける中国現地法人に出資するなど巨大利権を狙って動いていた。
 今回の事件は、緒方被告に対する捜査が端緒の一つとなった。荒木容疑者は、国内の土地開発を巡る不正経理疑惑でPCIグループ元幹部らから告発されたが、告発側の代理人を務めたのが緒方被告だった。告発の中で元幹部らは、荒木容疑者が中国の処理事業でも会社の利益を不正流用していたと訴えていた。
 事業は2004年度以降、PCIの持ち株会社が設立した「遺棄化学兵器処理機構」が独占受注し、受注額は06年度までで計約230億円。荒木容疑者は周囲に「受注額の半分がもうけだ」と吹聴していたという。
 特捜部は昨年10月17日から、PCIなどを捜索。その狙いは一企業の不正経理にとどまらず、巨額の国費が投じられる事業の不透明な受注にメスを入れることにあった。国を被害者とする詐欺容疑での立件を視野に、同月末には内閣府からダンボール約100箱分の資料の任意提出を受けた。
 PCIは自社の社員と下請け会社の社員にかかる経費を同じ基準で計算して国に請求していた。特捜部は、こうした請求が、実際にかかった費用を水増しするためのものとみており、荒木容疑者らの特別背任容疑を突破口に、今後、詐欺の捜査を本格化させる。
 ある検察幹部は「この事業には、投入した何百億円もの税金に見合う効果が上がっているのかという疑問があった。企業が違法に巨利を得て国民が損害を被っているのなら、捜査して責任をとらせる必要がある」と語った。
        ◇
 今回は、政治部・山田真也、社会部・渡辺晋、瀋陽支局・末続哲也が担当しました。

2008年 4月25日 読売新聞

[日本の知力]最前線で考える(5)カントの洞察、若者魅了

◇第1部 
 昨年末、一風変わった本が書店に並んだ。120ページほどの薄い本を開くと、雨の中を走っていく少女の後ろ姿を撮った鮮やかな写真が目に飛び込んでくる。添えられた文章は、「平和というのは、すべての敵意が終わった状態をさしている」。哲学者カントが不戦の理念を説いた『永遠平和のために』(綜合社刊)の新訳本だ。
 藤原新也さんら有名写真家が世界各地の人や自然を撮った作品を提供し、翻訳はドイツ文学者の池内紀さん(67)が手がけた。「酒場でワイン片手に客と議論するカントを思い浮かべ、難解な言い回しが多い原文を思いきってやさしい表現に置きかえた」
 この本を読んだ高知県立高知追手前高1年の久武正樹さん(16)は、「永遠平和は空虚な理念ではなく、われわれに課せられた使命である」という一文にひかれた。「200年以上も昔に、平和を実現する道筋をここまで深く考え抜いた人がいたことに驚いた」。時代を超えたカントの洞察と提言は、現代の高校生にも新鮮に映る。
     ■
 カントに代表される哲学の知は近代日本の知識人にとって不可欠な教養だった。インターネットが発達した今日、実利に直結しない古典的な教養は膨大な情報に紛れ、その姿は見えにくくなってはいる。
 『移りゆく「教養」』(NTT出版刊)の著者で東京大学教授の苅部直さん(42)は、価値観が多様化した現代では一つの問題を複数の視点から眺め、じっくり考えることが重要と語る。「それには普遍的な価値を持つ古典の熟読が有効です」
 他者の視点を自らの内に取り込む別の方法もある。専修大学教授で古代ギリシャ哲学が専門の神崎繁さん(55)は、昨年12月に開かれた日本学術会議のシンポジウムで、従来の一般教養に代わる新しい「リベラル・アーツ」を提唱した。
 「今までの一般教養は知識として教師から学生へ一方通行で伝授されるだけで、必ずしも考える力を育ててこなかった」。神崎さんは対話を通した思考を重視したプラトンを例に、他人の発言をうのみにせず自分の頭で考える思考法をリベラル・アーツの柱として実践すべきだと強調する。
     ■
 古代ギリシャでは市民がアゴラ(広場)に集まり、討論を重ねることで共同体を運営した。そんな対話の場になっているのが、関西を中心に2000年から活動している「哲学カフェ」だ。
 月に数回、喫茶店などで開かれ、誰でも参加できる。「『空気が読めない』とは?」といった日常的なテーマについて3時間ほど話し合う。自己紹介は不要で結論を出す必要もない。もともと1990年代にフランスで始まり、欧米各国に広がりを見せている。
 主宰者で大阪大学准教授の本間直樹さん(37)は哲学・倫理学の研究者。「毎回5〜20人ほどが参加し、自身の体験などを話し合い、理解を深めていく。参加者の満足度は高い」
 市民に「対話する哲学」を提供する試みは、少しずつ輪を広げている。21世紀のあるべき教養の姿は、いにしえの「知力」に手がかりがあるのかもしれない。(おわり)
    ◇
 第1部は、編集委員 伊熊幹雄、柴田文隆、政治部 宮井寿光、社会部 大木隆士、国際部 寺口亮一、文化部 坂成美保、松本良一、科学部 山田哲朗、写真部 松本剛、尾崎孝、中村光一(ロンドン支局)が担当しました。
(2面にインタビュー)
 
 ■識者に聞く      
 ◆哲学と政治再び接点
 ◇東大教授 苅部直(かるべ・ただし)氏  
 一口に教養と言っても、その意味するものは時代によって違う。日本人が「教養」と聞いて連想するのは、大正時代から昭和戦前期にかけて旧制高校を中心に花開いた教養主義のことだろう。
 かつての「教養」は、哲学書などの読破を通じて人格の向上を目指すドイツ流教養の流れをくんでいた。国家に奉仕することを求められたエリートの卵たちにとって、立身出世のための道具という側面があった。
 その意味で戦後、教養の意味が変わったのは当然だ。たとえば戦前は、エリートの知的ブランドだった哲学を通して「人生いかに生きるべきか」が語られたが、現在は極端に言えば、それが「癒やし系」やスピリチュアル・ブームに取って代わられている。哲学が価値を減じたのではなく、社会が哲学に求める役割が変化した。それはいい悪いの問題ではない。
 近代ドイツの教養においては、哲学は知を体系化する最上位の思想に位置づけられる。しかし学問の専門化・細分化が進み、知の体系が拡散した今日、その役割を哲学だけが担うことはもはや難しい。また現代はインターネットを使って世界中から簡単に情報を得ることができるので、知識量イコール教養でもない。
 教養は本来、知識の量やエリートの人生論に集約されるものではなく、社会に生きる市民の良識をはぐくむものだろう。それは目の前の現実を外部の視点からとらえ直すことによって、世界の見方が少し変わるといったことの積み重ねだと思う。ここで、人類の古典にふれることが、改めて真価を発揮する。
 職場に理不尽な上司がいてストレスがたまっているとする。それをヘーゲルなら「精神」の未成熟ととらえるだろうし、マルクスなら「資本家による支配に基づく矛盾」と言うだろう。朱子学なら(主君に対する臣下の)「忠」の難しさから説明するかも知れない。さまざまな解釈が視野を広げ、現実の中でがんじがらめになっている自分を解放し、心の余裕が生まれる。
 一冊の古典を時間をかけてひもとき、その内容を身体にじっくり染み込ませるように学ぶことも大切だ。今の若い学生は自分の意見をはっきり言うが、他人の発言に耳を貸さない傾向がある。いろいろな読み方、解釈の可能性について、ほかの人と議論するのもいい。
 最近、哲学や思想を専門とする人たちが、政治や社会について発言する機会が増えている。バブル経済の崩壊でエコノミストの未来予測が下火になり、それと入れ替わる形でさまざまな意味づけ作業を担っている。「臨床哲学」のように具体的な社会問題を哲学を通して読み解こうとする新しい試みも歓迎すべきことだ。
 古代ギリシャでは、哲学は現実の政治問題を論じる生きた学問で市民に不可欠の教養だった。日本でもこれからは憲法改正の動きなどに関連して、民主主義や自由、人権といった基本的な政治理念をどのように定義するかという根本的な議論が大事になってゆく。その時、哲学はもう一度、政治と接点を持つことになるだろう。
       ◇
 「識者に聞く」は、8日から解説面に掲載する予定です。 


2008年 1月7日 読売新聞

基礎からわかる「映画『靖国』問題」

靖国神社を舞台にしたドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」の上映を巡り、混乱が広がっている。東京、大阪の計5館が上映を中止、新たな上映館が決まる一方で、映画に登場する刀匠や靖国神社からクレームがつくなど、着地点は見えない。何が問題になっているのだろうか。
 
 Q どんな内容なのか 
 ◆「日本刀と神社」関係に焦点 
 映画「靖国 YASUKUNI」は、日本在住19年の中国人、李纓(りいん)監督による、上映時間2時間3分の日中合作ドキュメンタリー。
 登場人物の中心となるのは、かつて同神社に納める刀を作っていた刀匠の刈谷直治さん(90)。寡黙な刈谷さんが、高知市内の作業場でひたすら日本刀を打つ姿をとらえる。
 その映像に、終戦の日などに同神社を訪れる人々の姿が挟み込まれる。軍服姿の参拝者、「小泉首相の靖国参拝を支持する」とのプラカードを掲げるアメリカ人、合祀(ごうし)に異議を唱える台湾などの遺族ら、李監督が約10年間取材してきた、さまざまな立場の人々の言動を、ナレーションを入れずに構成。小泉首相(当時)が参拝する映像や、戦没者追悼集会で抗議の声を上げ、外に出される若者などの騒動も描かれる。
 ラスト近くでは、資料映像を独自の視点で編集している。そこには日本刀を手にした軍人の写真、「百人斬(ぎ)り」競争を伝える当時の新聞、昭和天皇が参拝する映像などのほか、日本軍の残虐行為であるかのように見える真偽不明の写真も、説明なしに映される。
 李監督は、「この映画は靖国の魂についての問い掛け」と話しており、全体として「日本刀」と「靖国神社」との関係を強く印象づけている。
 この映画は、芸術文化振興基金の助成金に加え、韓国の釜山国際映画祭アジアドキュメンタリーネットワーク基金の助成も受けた。先月開かれた香港国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞。ベルリン国際映画祭、米・サンダンス映画祭にも出品された。
 李監督は、日本に亡命した国民党元将軍の晩年を描く「2H」(1999年)でデビュー。中国伝統の味を守る料理店を営む日本人夫婦を描く「味」(2003年)など、日本と中国の関係を見つめるドキュメンタリーを手がけている。
 
 Q 上映中止なぜ起きた
 ◆国の助成、国会議員が疑問視 
 一連の騒動の発端となったのは、自民党の稲田朋美衆院議員が2月、文化庁に「『反日的』と書かれた週刊誌の内容の真偽を知るため、映画を見たい」と要請したことだった。作品は、文部科学省所管の独立行政法人「日本芸術文化振興会」から750万円の助成を受けている。助成対象は、日本映画であること、政治的な宣伝意図を持たないことなどを要件に、専門の委員が選ぶが、稲田議員はこの妥当性を疑問視した。
 文化庁は、稲田議員の意向を製作プロダクションに伝えたが、配給協力会社の「アルゴ・ピクチャーズ」は、「特定の議員向けでなく、開かれた上映会にしたい」と主張。全国会議員に案内状を送り、3月12日に上映会を開いた。
 上映会には、稲田議員が会長を務める自民党議員の会「伝統と創造の会」のメンバーを含む議員や秘書ら83人が出席。翌日開かれた同会の勉強会では、議員らから、「共同製作をしたのは中国の会社であり、監督やプロデューサーも中国人。これは日本映画ではない」「南京事件にまつわるとされる真偽不明の写真が登場し、政治的な意図を感じる」などの声が上がった。
 その後、4月12日公開予定だった映画館で、上映を取りやめる動きが出てきた。3月15日にまず、東京・新宿の「新宿バルト9」が中止を決めた。具体的な圧力や抗議は受けていなかったが、運営会社は「総合的に判断した」と話す。「銀座シネパトス」は右翼団体による街宣活動を受け、「近隣に迷惑をかけたり、来館者を不測の事態に巻きこんだりする可能性がある」として中止を決定。31日には東京の2館、大阪の1館も中止を表明した。
 こうした動きに、日本新聞協会などメディア界の各団体は、「映画の評価、判断の機会が奪われてしまうことは、言論・表現の自由を擁護する立場から看過できない」などとする声明を相次いで出した。稲田議員もまた、「問題にしたのは助成金の妥当性で、上映の是非ではない。上映中止は過剰反応で残念」と話す。
 ジャーナリストらが開いた「映画『靖国』緊急会見」で李監督は、「デリケートなテーマなので、いろんな反応が考えられた。そうしたこと(抗議活動)への対策も含めて協議していたのに」と落胆の色をにじませる。「国会議員の試写の後、劇場が急に考えを変えてしまうなんて理解しにくい」と語った。
 この記者会見では、日本教職員組合の集会会場予約をホテルが解除した問題との類似点を挙げ、「言論・表現の自主規制をしてしまう今の日本の状況を象徴している」との指摘もあった。
 
 Q 今後の展開は
 ◆上映予定館、当初より増える 
 上映中止を巡る騒動が大きく報じられたことで、波紋が広がった。
 中心的な登場人物である刀匠の刈谷さんは、読売新聞の取材に対し、「最初から趣旨を聞いていたら、協力しなかった」と話す。
 刈谷さんによると、当初聞いていた趣旨は、「刀匠の半生を描く」というものだったという。だが、出来上がった作品では、刈谷さんの映像の間に靖国神社を訪れる人々の映像などが挟まれていた。妻と相談し、登場場面の削除を助監督に電話で要請したが、その後連絡がなかった。ただ、今は「削除を強く求めるつもりはない」と話している。
 上映会で映画を見た自民党の有村治子参院議員は、夫妻に電話して事情を聞き、刈谷さんが映像削除を望んでいる、と参院内閣委員会で述べた。
 李監督は、「反対していた奥さんにも納得してもらえた。刈谷さんからはパンフレットに載せる言葉ももらった」と話し、「国会議員が出演者に連絡すること自体が作品への介入」と非難する。これに対し有村議員は、「助成金の適正さの審議のため、事実確認をする過程で出てきた事実。変心させる意図などあるわけがない」と反論している。
 4月11日には、靖国神社が、「事実誤認させる映像が含まれている」として、李監督らに映像の削除などを求めたと発表した。
 同神社は、「3度の取材撮影許可申請を受けたが、『靖国』の製作を目的とした申請は受けていない」とした上で、削除を求めた理由を「社会的注目が集まり、上映によって靖国神社に対する誤解が生じる恐れもあるため」と述べる。だが、どの点を問題としているかは明らかにしておらず、確認したのは映画のパンフレットと予告編だけだという。製作側は「弁護士と対応を検討中」としている。
 混乱が続く中、上映会を開催する動きも出ている。きょう18日は右翼系活動家らが企画する上映会、23日には日本弁護士連合会と東京の3弁護士会主催の上映会が都内で開かれる。
 劇場での一般公開は当初全国で18か所だったが、中止の一方で新たに名乗りを上げる劇場も現れ、現在は20を超える。5月初めから順次公開される予定だ。公開予定の「第七芸術劇場」(大阪市)の松村厚支配人(46)は、「ほとんどの人は、靖国神社で何が起こっているのかを知る機会がない。映画は靖国とは何かを考える契機にもなるはずで、見て意見を戦わせたらよいのでは」と話している。
     ◇
 社会部・中村亜貴、文化部・近藤孝、恩田泰子が担当しました。


2008年 4月18日 読売新聞

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