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基礎からわかる「穀物高騰」
世界的にトウモロコシや小麦などの穀物相場が高騰し、暴動で死者が出るなど混乱が広がっている。アジアでもタイ産米の輸出価格が上昇し、輸入国の影響は深刻だ。日本も食品の値上げが相次ぐなど、家計への負担が増している。
Q なぜ値上がり
◆人口増や投機マネー…
穀物相場の上昇は、2006年ごろから顕著になった。世界的な指標となる米シカゴ商品取引所では、この2年間で小麦、大豆、トウモロコシの価格が2倍超に跳ね上がり、最近は、アジアでもタイ産米の輸出価格が急騰している。
原因は、新興国の人口増加と食生活の変化、バイオ燃料向けの需要拡大、商品市場への投機資金の流入、異常気象などが複雑に絡んでいる。生産国が国内の物価上昇などに配慮し、輸出を抑えていることも相場をかく乱している。
このうち新興国の要因では、急速に成長する中国やインドなどで国民の生活水準が向上し、肉類や油脂を多く取る「食の西洋化」が進んでいることが挙げられる。
牛肉1キロ・グラムを生産するには、餌として11キロ・グラムの穀物が必要だ。例えば、トウモロコシは牛や豚、鶏などの飼料にも使われる。中国の穀物需要は1970年から05年までに2倍に増え、特に飼料用は9倍に拡大するなど、新興国の旺盛な需要が世界の穀物消費量を押し上げている。
米国でガソリンに代わるバイオエタノール燃料の生産が増えていることも相場上昇の要因だ。
ブッシュ米大統領は07年1月、バイオエタノールなど代替燃料の生産量を17年までに約6倍に増やす方針を示し、エタノール工場が相次いで建設されている。
原料となるトウモロコシは、大豆からの転作もあって生産量は増えたものの、需要増に追いつかず、価格も値上がりした。一方、大豆の生産量は減少し、相場の上昇を招いている。
米低所得者向け住宅融資「サブプライムローン」問題も一因だ。巨額の資金を運用するヘッジファンドなどの投機マネーは、相場が下落した株式市場から原油、穀物などの商品市場に流入し、シカゴ市場の相場は急騰した。
豪州では2年連続の干ばつで小麦の生産量が激減するなど、異常気象も影響している。
さらに07年以降、原油高などによる国内物価の上昇や人口問題に対処するため、穀物輸出国が外国向けの出荷を抑え始めた。ロシア、中国、アルゼンチンなどは小麦などを輸出する際に税金を課したり、輸出量の枠を設けたりしている。
アジアでは、主なコメ輸出国のベトナム、インドが同様の理由で輸出を停止したため、国際指標となるタイ産米の輸出価格は、08年1月からの4か月間だけでも、1トンあたり854ドルと約2・3倍に急騰した。
生産量から輸出に充てられる割合を示す貿易率(05年)は自動車が48%、原油は63%などに対し、穀物は小麦が18%、トウモロコシは12%、コメは7%、大豆は30%と相対的に低い。国際市場に出回る量が元々少ないため、相場は作況や輸出制限などに左右されやすい構造になっている。
Q 価格どうなる
◆なお上昇の恐れ
国際社会では、貧困層の救済や相場の抑制に向けた取り組みが次第に広がりつつある。
財政支援では、米国が途上国向けに7億7000万ドル(約800億円)の資金援助を発表し、アジア開発銀行(ADB)も総額5億ドル(約520億円)の緊急援助を表明した。
世界食糧計画(WFP)は、貧困層向けの配給などに約7億5500万ドル(約785億円)の予算が不足するとして、先進国に追加援助を要請している。
4月上旬に開かれた主要8か国(G8)開発相会議では、穀物価格の高騰に関して、「国際社会が真剣に取り組む問題だ」との認識が急きょ声明に盛り込まれた。国連も食糧の高騰対策を緊急課題と位置づけ、ローマで6月、各国首脳などによる「食糧サミット」を開き、援助や生産増強策を協議する予定だ。
ブラウン英首相は福田首相に書簡を送り、7月の北海道洞爺湖サミット(主要国首脳会議)で食糧問題を主要議題とするよう求めた。
貿易ルールの観点から歯止めをかける動きもある。日本は輸出規制の乱発を防ぐため、世界貿易機関(WTO)の場で、規制を行う際は輸入国と事前協議する仕組みの導入をスイスと共同で提案した。
ただ、これらの対応が相場の沈静化につながるかどうかは不透明だ。
米農務省の予測では、08〜09年度の米国農家の平均売り渡し価格はトウモロコシが1ブッシェル(約25キロ・グラム)あたり4・6ドル(前年度比15%増)、大豆が1ブッシェル(約27キロ・グラム)あたり11・5ドル(10・6%増)、小麦は同7ドル(5・3%増)と軒並み上昇する見通しだ。
アジアのコメ価格も、ミャンマーがサイクロン災害の影響でコメの輸入に転じるとの見方もあり、相場の上昇圧力は依然強い。
農林中金総合研究所の渡部喜智氏は、世界の穀物在庫量を消費量で割った「期末在庫率」が、00年前後の3割以上から、08年は15%に下がる見通しを示し、「穀物在庫は歴史的な低水準にある」と指摘する。
大和総研の山田雪乃氏は、新興国で需要が今後も増える状況などを踏まえ、穀物相場は中長期的にも高止まるか、さらに上昇する恐れがあると予測する。
Q 暴動なぜ拡大
◆貧困層にしわ寄せ
穀物価格の高騰は、世界各地で貧困層を中心に市民生活を直撃し、暴動や買い占め騒動を引き起こした。
カリブ海の島国ハイチでは4月上旬以降、首都ポルトープランスなどでデモや商店の略奪が相次ぎ、警官隊との衝突で少なくとも7人が死亡。上院は4月12日、適切な対応を怠ったとしてアレクシス首相の不信任決議を可決し、首相は辞任に追い込まれた。
空腹に耐えかねた住民300人以上が米国へ向けてボートで脱出、洋上で20人以上の遺体が収容される痛ましい事故も起きている。
パンが主食のエジプトでは公営パン販売所で暴動が起き、10人以上が死亡した。価格上昇で横流しが増え、小麦が不足して市民への供給が追いつかないためだ。
アジアでは、コメ高騰の影響が広がっている。
コメ輸入大国のフィリピンでは、コメの小売価格が1年で約4割も上昇した。政府は3月末、貧困地区の約1500か所に安い政府米の臨時販売所を設け、連日、数百人が長蛇の列を作った。左派系グループはアロヨ大統領の辞任を求めるデモを展開し、共産ゲリラによる米穀業者の倉庫襲撃のほか、市民が食糧庁や米穀業者に押し掛けて抗議する混乱も広がっている。
コメをタイなどからの輸入に依存する香港では、市民の買い占めで、スーパーの店頭から一時コメが消えた。「米騒動」は3月末がピークだったが、小売価格の高騰は今も続いており、この1か月で2〜4割上昇している。
昨年の大洪水やサイクロン被害でコメ価格が2倍に上がったバングラデシュでは4月中旬、ダッカ近郊の工場地帯で、約1万5000人が大幅な賃上げを求めて無期限ストを展開した。国軍と警察計50万人の食事は、主食ではないイモ主体のメニューに変更された。
アフリカでも、カメルーンやモロッコ、セネガル、ソマリアなどで穀物価格が過去1年で4割以上も上昇し、2月以降、暴動や抗議デモが相次いでいる。
Q 日本への影響は
◆食料品値上げ、家計を直撃
日本は食料の約6割を輸入に頼っている。特に穀物の輸入依存度は高く、小麦は87%、大豆(食用)は75%、トウモロコシはほぼ100%を輸入で賄っている。食品メーカーは原材料コストの上昇を製品価格に相次いで転嫁し、消費者の食卓にも穀物高騰の影響が広がってきた。
3月の消費者物価指数(全国)をみると、スパゲティの値段は07年3月より26・6%も上昇した。即席めんは17・9%、マヨネーズも17・5%、食パンは10%と、大豆が原料の植物油や小麦を使った食品は次々に値上がりしている。
トウモロコシの高騰で、配合飼料の価格も1年で3割程度も上昇した。肉類などの畜産物や卵の価格は、主に市場の需給で決まる。生産者は飼料の値上がりを十分に転嫁できず、厳しい経営を強いられている。
乳製品の原料となる生乳の卸価格は、生産者団体と牛乳メーカーの交渉で、4月に飲料用が3%、バターなどの加工用は9%値上げされた。この影響で、主な牛乳メーカーは4月、牛乳を30年ぶりに4%程度値上げした。
アジアでのコメ高騰の余波も見られる。
日本は関税・貿易一般協定(ガット)のウルグアイ・ラウンド合意で、年間76・7万トンのコメ輸入を義務づけられた。政府は年10回程度に分け、商社を対象にした競争入札で輸入米を購入している。
しかし、今年4月の入札では、予定していた6万2502トン全量の落札が見送られた。タイ産米の高騰や品不足を背景に、商社が示した価格が落札予定価格を上回ったことなどが原因と見られる。
日本はコメを100%自給しており、今のところタイ産米高騰の影響が国内の食卓に及ぶ可能性は低い。
ただ、冷夏による凶作で1993年に国産米が不足し、タイ米などを緊急輸入した騒ぎは記憶に新しい。政府備蓄は約1か月半分しかなく、再び凶作に見舞われた場合、コメ高騰の影響を受ける恐れもある。
自給率の向上や安定的な輸入先の確保、政府備蓄のあり方などを真剣に議論する必要がありそうだ。
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経済部・幸内康、田渕英治、リオデジャネイロ・小寺以作、カイロ・福島利之、マニラ・稲垣収一、香港・吉田健一、ニューデリー・永田和男、国際部・酒井圭吾が担当しました。
2008年 5月10日 読売新聞
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