- 2019/11/17(日) 午後 7:54
ゲストブック
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- 2019/11/8(金) 午後 4:19
11月3日が文化の日であることは、元はといえば明治天皇の誕生日であり、戦前までは天長節と呼ばれていた。戦後にこれは変更されたのである。これは戦後の日本が武の国家から文化の国家にかわるという意味で変更されたものであり、文化は平和と深く結ぶつくものであるという趣旨からきたものである。戦前の国体の本義では「たたかいは文化の母であり」という有名なことばが振られていたように、その反省からの転換としてなされたものである。ただ、この転換は曖昧であった。戦前の天長節は明治天皇の誕生日であったが、この背景には日本文化は天皇、あるいは天皇制に収斂するという考えがあった。これは三島由紀夫が「文化概念として天皇」ということを主張したことを想起すと分かりやすいが、日本文化は天皇、あるいは天皇制に収斂するという考えが戦前には常識にようにあったのである。文化勲章を天皇が授け、それをありがたく受け取るというのはその遺風であるといえようか。僕には不思議でしかたがないが、この風潮は結構根強くあるように見受けられる。でも、人々の文化の日に対する無関心ぶりはこれが大衆的な基盤は失っているのだと思う。 |
- 2019/11/2(土) 午後 4:15


