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真心で感謝の気持ちを広げよう♪ 南無大師 (^人^) 遍照金剛

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≪お大師様(弘法大師/空海)の生涯 〜3/4話〜≫

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/85/a1/ganbare_boku/folder/1478912/img_1478912_43931388_0?20070129001037 心の旅ロゴ

弘法大師(空海)の生涯 〜後編〜
≪32歳、唐仏門修行〜帰国≫


激しくも険しい遣唐使一行は無事、唐の都・長安(現在の西安)に着きました。
留学僧(るがくそう)達は、これより20年という長い期間、仏教の勉強・習得を
することが使命とされていました。
(一部、将来を嘱望された「天台宗最澄」様のように超々エリートは1年だったそうです。
 のちに、最澄様とのエピソードは多く語り継がれることとなります)

この当時の長安には世界中の文明が集まっていました。
宗教も、仏教の各宗派をはじめ、道教・ゾロアスター教・キリスト教・マニ教・イスラム教など
多くの宗教が見られましたので、お大師様はイの一番に見て廻ったそうです。
お大師様が学ぼうとする密教も、印度から布教に来た金剛智、善無畏らの法師によって
伝えられていました。

そして、お大師様は仏教辞典をつくっている「西明寺」に行かれました。
ここでは、梵語(ぼんご=印度古来の古語=サンスクリット語)の原典の意味を調べ
唐語になおして仏教の真の意味を解釈していたのです。
お大師様は一心不乱に西明寺を宿舎として、梵語の勉強をされました。
そのお姿に感銘された和尚様は、お大師様は醴泉寺(れいせんじ)で経典の翻訳をされている
般若三蔵(はんにゃさんぞう)」様を紹介してくださいました。
この方の元で修学に最低3年はかかるといわれた梵語の習得を3ヶ月で学び取られました。
この類まれなる質実に般若三蔵様は、青竜寺の恵果阿闍梨(けいかあじゃり)様を
たずねられることをご進言くださり、それまでに訳された経典をお授けくださったのです。

密教の正統を引き継いでいたのが、長安の青竜寺に住む恵果阿闍梨で、多くの宗派の中でも
郡を抜いた偉大な存在と言われ、密教の法灯を継ぐ7代目の祖師でした。
二千人を超える門弟にあって、法を伝える大阿闍利クラスでなければお会いできる方ではなく
20年という留学期間では不可能とまでされていました。
  (大阿闍利=伝法灌頂(でんぽうかんじょう)を受けている僧をいいます。
   灌頂には、胎蔵界と金剛界とあり、この時「青竜寺」には4名しかいませんでした。
   伝法灌頂はその両界を経て阿闍利となった後に選ばれし僧が行えます)

恵果阿闍梨様は、お大師様に会われると、「待っていました」と話されると・・・門弟達に
   わが密教を学ぶ弟子たちよ
   日本から来た空海殿に密教のすべてを授けようぞ

     (ざわつく門弟たちを見て)

   空海殿は般若三蔵から、たった三ヶ月で梵語を学び取った
   この中に それだけの器の者がおろうか?

   空海殿は密教の全てを受け継ぐだけの行をつんでいる
   一目顔をあわせたとき それがわかった

   密教は実践の仏教じゃ
   命をかけた行をつんだ者以外には阿闍利の資格はやれぬ
   残念だが この長安の僧たちの行は形式的なものになってしまった
   悔しかろうが おまえたちは どれをとっても
   空海殿にかなうまい
そう、おっしゃられると、ご自分の余命を感じておられた恵果阿闍梨様は、
お大師様に、これからの八ヶ月で密教の全てを伝えられたのです。

お大師は、入門して二週間後には恵果阿闍梨様の手によって
胎蔵界五部の結縁灌頂(けちえんかんじょう)をお受けになり
「大日如来」と結縁(けちえん)を結ばれました。

  (結縁灌頂  胎蔵界五部の灌頂と金剛界五部の灌頂があり
         曼荼羅に描かれた大日如来をはじめ多くの仏様たちと
         縁を結ぶ儀式です。
         真っ暗闇のお堂の中で目隠しをし、後ろ向きになって
         曼荼羅絵図に花を投げます。
         落ちたところに在る仏様と結縁されるのです)

その後、お大師様は「虚空蔵求聞持法」を駆使され、おびただしい数の経典類を
不眠不休、一心不乱となって学ばれました。

胎蔵界五部の灌頂を受けられてから一ヵ月後の七月には、金剛界五部の灌頂を
お受けになり、さらに一ヵ月後には遂に「伝法灌頂」を許されたのです。
そして、胎蔵界五部の結縁灌頂と奇して同じく「大日如来」と結縁を結ばれました。
こうしてお大師様は、大阿闍梨となられたのです。

恵果阿闍梨様は、大阿闍梨となったお大師様に『遍照金剛』の称号を授けられ、
第8代の祖師に任ぜられました。
阿闍梨様の弟子2000人を超える中、異国人であるお大師様に密教の正統が
引き継がれたのは、お大師様が如何に偉大な僧であったかの証でもあります。

お大師様の長安における勉学は凄まじく、書き写された経典は300巻を超え、
金剛・胎蔵の両界曼荼羅の図写をしたり、印度より来ている法師に梵語を習って、
仏教原典をお読みになり、終日休むことはありませんでした。
唐は文学の国でもありますから、お大師様は素晴らしい詩や論文などの勉学にも勤めました。
そして、書道にも力を入れられ、より一層の磨きをかけられたのです。

お大師様が唐から持ち帰ったものを集録した「御請来目録」によりますと
経典と法具のほかに、多くの美術品が記されているのを見てもわかりますように
この密教の教義と、密教と共に入ってきた美術とが、わが国の宗教と文化の面に
偉大な功績を残しているのです。

お大師様が留学して一年近くなった頃、待ち望んだ後継者を得た恵果阿闍梨様は、
入寂の日が近づいたことを悟り、お大師様に、
  「密教の秘法はことごとく授けた。この上は早く日本へ帰り、
   国家の安泰と国民の幸福のため、この法を流布しなさい」
と、遺言されて間もなく同年12月15日、入滅されました。
時に阿闍梨様が60歳のときでした。

お大師様は、恵果阿闍梨様の碑に、多くの弟子を代表して、

  『ああ悲しいかな天歳星を返し、人慧日を失う』

と墓の碑文を記し、惜別の悲しみを示されました。


お大師様は、恵果阿闍梨様によって授けられた三国伝来の真言密教を祖国で流布すべく、
多くの経典、仏具と美術品等を持って帰国する意志を固めました。
大同元年(806年)、大師は遣唐大使の高階真人麻呂とともに、
思い出多い長安城をあとにして帰国の途につくことにいたしました。
   伝説によると、同年8月下旬に明州の海岸に立たれた大師は持っていた
   三鈷杵(さんこしょ)を日本に向けて 

  『密教道場として適当な地があれば、帰って示せ』

   と、言って空へ向かって投げられました。
   この三鈷杵が、真言宗の根本道場として開創された高野山上の松の枝に留まって、
   光を放っていたと伝えられています。
船は祖国を目前にして、玄界灘の荒波にもまれ、今にも沈没しそうになりました。
大師は帆柱を倒して、不動明王を一刀のもとに刻み、平穏を祈ると、海は静まり、
無事帰国することが出来ました。
この不動さまは「波切不動明王」の名で、今も高野山に伝えられています。


お大師様が日本を離れて二年二ヶ月あまりで再び、筑紫(現在の福岡県)の地を踏まれました。
入唐している間に、桓武(かんむ)天皇がお亡くなりになり、安殿(あて)親王が
平城(へいぜい)天皇となられていました。
二十年の留学期間を守らず帰還したお大師様は平安京に向かうことはできず
朝廷に帰国を知らせ、九州の大宰府で勅許を待たれました。

この時、お大師様33歳(大同元年)でした。

大同四年(809)七月、天皇から勅許(太政官命令)を賜わりました。
この時には、平城天皇の弟、神野(かみの)親王が嵯峨天皇となられていました。

お大師様は、上京すると天皇に真言密教の開創を上奏されました。
真言宗には宗派独特の『即身成仏』という教えがあります。
それは「修行によって人間が生きたままで仏になり、理想に達することが出来る」
ということで、自分自身を絶対的立場に置いた時、即ち煩悩を解脱(げだつ)したとき、
その身は即にして仏に成ると説かれたのです。
この教えこそ、他宗はにない真言独自の教えでもあったのです。

嵯峨天皇は、この頃「平安京」を築き、国家安泰を願っておられました。
お大師様に「高雄山寺(たかおさんじ)」(現、神護寺)の住職の席をご用意して下さり
国家の安泰祈祷(きとう)国家鎮護の修法を行うことになったのです。

遂に、『空海』(お大師様)が歴史の表舞台に立たれたのです。

・・・合(^人^)掌・・・


次回、弘法大師(空海)の生涯では。。。
四国八十八ヶ所・高野山・東寺などの開創をはじめ、お大師様の業績や伝説など・・・
ご入定までの『〜最終話〜』をお話いたしましょう(~o~)



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