先生の御指導を語り合おう

最近はひたすら座談会御書の研鑽のみでございます。ごめんなさい。

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こんばんわ。今月も座談会御書の研鑽をいたします。
 
 

【今月の座談会御書「妙心尼御前御返事(病之良薬御書)」の御文】

このやまひは仏の御はからひか・そのゆへは浄名経・涅槃経には病ある人仏になるべきよしとかれて候、病によりて道心はをこり候なり
 
 
【今月の座談会御書「妙心尼御前御返事(病之良薬御書)」の現代語訳】

この病は仏の御計らいでしょうか。
そのわけは、浄名教、涅槃経には、病がある人は仏になると説かれています。
病によって仏道を求める心は起こるのです。
 
 

今月研鑽する御文は、重い病を患っていた高橋入道の妻である妙心尼へ送られたお手紙です。

僕はまだ「重い病」というものを経験したことがありません。

ただ身近に重病をかかえてらっしゃる方がおりまして、
病と闘われていらっしゃる方、そして病気の方を支えていらっしゃる方のご苦労には、
お会いするごとに大きな敬意のような感情を抱きます。

僕自身が抱えきれそうにないご苦労と日々向き合い、関わり続け、
それが生活となっていることを目の当たりにし、
その苦労を抱えきれそうにない自分を思うと、正直少し腰が引けてしまう時もあります。

経験してきた苦労の大きさは、その人に威徳ともいえる人間の大きさを感ぜずにはおれません。
 
 

はて、このままですと今月は手も足も出ません(汗
でも、何かしら書いてみます。
 
 

最近僕は目が悪くなりました。
今までがおそらくは両眼1.5くらいあったのではないかと思うのですが、
ここ1週間くらいで、ガクっと右眼が悪くなりました。

なんだ!そのくらい!

といった声が聞こえてきそうですが(笑、
これまた「仏の御はからひか」
何かがあったんですから、何かに気づかなくてはいけない。と思っています(笑
 
 
 
こんなんじゃダメだね(笑
ちゃんと研鑽します!
 
 
P.53の解説冒頭ではこの御文を
<病をはじめとする「苦悩に負けない信心」の姿勢を教えられている御文です。>とされています。

悩みがなければ、何かがなければ、
人は「自分の生き方を見直す」「道心をおこす」ということに、なかなかなれないものに思えます。

少なくとも僕の場合は、
悩みがあって初めて「自分の生き方を見直す」「もっとより良い生き方を探る」ことになります。
何かがあってやっと、それまでの惰性や我執を見つめることができ、
流されるまま宿命のままの人生を転換する契機となります。
 

何かがあって「策や方法」を自分の頭の中で云々考えているのでは、宿業の鎖が断ち切れるわけがない。
いろいろ考えてやってみても宿命の枠内をぐるぐる回ることと思います。
 
 
 
まったくもって自分の納得のために書いてる感じでゴメンナサイ(笑

九識論(知らない人は気が向いたら調べてね)でざっくばらんに考えると、
五識(五感)・六識(意識)で変えようと思っても、それは七識(自我)からの転換にはならないですし、
それには八識(業)からの転換が必要なのは言うまでもないです。
当然、八識(業)からの転換は、九識心王真如の都、即ち南無妙法蓮華経によってのみ成し遂げられます。

我執を打ち破り、
「以信代慧(信じることを以て智慧に代える)」
題目根本、御書根本、御指導根本の行動に出てこそ、
初めて宿命転換がなしうるものと思います。
自分の殻を破ることができます。
 
 

ともあれ宿命と戦い転換しゆく行動をするということは、
同じ宿命に苦しむ人をも救うことができる、ということです。
 
僕の感覚からすれば、
「もう俺は宿命を転換したのだ。お前らちゃんとやれよ」という人より、
現在進行形で戦う人だからこそ、その熱とうか息吹というか、ビンビン響く刺激があります。
共に進んでいくところに、その人々との強い絆も生まれると思います。
 
生老病死をはじめとする多くの苦難は間違いなく消え去らないこの世界にあって、
こういう強い絆の連帯の中で、自分も確かな役割をもって生きていくということ、
それぞれの苦難がありながらも、共に励まし認め合い笑顔を交わしながら苦難に挑んでいくこと、
それ自体が、人間としての人生に本当の幸福を作ってくれるように思えます。
 
うむ。朗らかに前進♪
 
 
 
な〜んてこと書いてますが、
つい昨日も、僕と同じような嫌味を持つ人間にブチ切れてしまったばかりです(汗

自分と同じような人を見捨てて涅槃なんぞあるわけありませんね!
 

なになに?涅槃?
なんだか今日はやや難し気な言葉がいっぱい出てくるね???
 
ははは。
今月の<勝利の経典「御書」に学ぶ>で先生が、
「煩悩即菩提」「生死即涅槃」に触れられているからです(P.34〜)。
 
 
確かな研鑽は確かなテキストで!
僕のブログは、僕の感想です。
「煩悩即菩提」「生死即涅槃」は古くから色んな混乱した理解があったようですからなおさら!
よろしくね!
 

 
正確に書けないんだったら触れるな!という感じもしますが(汗
そんなことよりも、悩みにぶち当たったときには
「仏の御はからひか」!
これを僕の心構えとして大事なことに思いました!

何かがあったからには、
「アレのおかげでコレができない」というままで人生を作っていくより
「アレのおかげでこういう自分になれた」という人生を作っていきたいものです。
 
 

すべてが成長の糧であって、
<煩悩の薪を焼いて菩提の慧火現前するなり(P.710御義口伝)>

<勝利の経典「御書」に学ぶ>の四条金吾殿御返事では、
難に遭われていることを大聖人は、
<仏果をうべき身となれば・よろこばしく候(P.1116)>

そして今回研鑽の御文も
<病ある人 仏になるべきよし とかれて候>
 
 

ピンチがチャンス。
宿命転換のチャンス。
仏になるチャンス。
 

まったく俺は、腰が引けたり顎が上がったりしている場合ではない(汗
腰が引けるも顎が上がるも自分の殻を破るチャンス。
とりあえず昨日ブチ切れた人のところにメモ入れてから帰ろう♪
 
ほいじゃまた。
朗らかに前進♪
 
 
 

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