先生の御指導を語り合おう

最近はひたすら座談会御書の研鑽のみでございます。ごめんなさい。

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ん〜〜〜忙しい!

こんばんわ。
まったく自然消滅的に更新してませんが、んんん〜〜忙しい。
 
ははは。
言い訳でございます。
やや負け状態(汗
 
 
題目不足(笑
 
 
まったく僕という人間は、少しは今月の御文を身で読むべきです
 
 
題目が足らんから、
ちょっと気がかりなことがあるだけで、
やることいっぱいあること自体がストレスになる。
 
つまらんゲームやって息抜きしようとしても、
現実のやること目の当たりにすると状況同じで、ストレスも同じかそれ以上になって帰ってきます(笑
前向きになることなく次のことやっても、小手先のやっつけで質が悪い。
そんでコレがまたストレスのもと(笑
 
 
題目あげて、大聖人や先生の素晴らしさを感じてると、
その素晴らしさに誠実であろうと頑張るし、
そんな仕事や活動は質も良くなるし、
頑張った自分には満足する。
そんな喜びもあって、次々とストレスがかかってもガンガン打破していける。
 
 
んん〜〜〜題目あげなきゃダメだ!
 
 
ま、忙しいことに愚痴も出つつですが、
やることない状態の恐怖を思い起こすと、忙しいことには感謝だね♪
 
 
以上、とてもお粗末で御文を一緒に載せることが憚られながら、今月の研鑽おしまい!
 
だらしないブログで訪問者数も少ないですが、
それでも訪問してくれる読者の皆様ありがとう♪
 
 
こんばんわ。
ぅぅぅ。今月も最終日の投稿ですな(汗
 
今月も座談会御書の研鑽をいたします。
 
 
 
【今月の座談会御書「四条金吾殿御返事(此経難事御書)」の御文】
 
此の経をききうくる人は多し、まことに聞き受くる如くに大難来れども憶持不忘の人は希なるなり、受くるは・やすく持(たも)つはかたし・さる間・成仏は持つにあり、此の経を持たん人は難に値うべしと心得て持つなり、「則為疾得・無上仏道」は疑なし
 

【今月の座談会御書「四条金吾殿御返事(此経難事御書)」の現代語訳】
 
この経(法華経)を聞き受ける人は多い。しかし、実際に聞き受けた通りに大難が来た時、この法華経を常に心に留めて忘れない人はまれである。
「受ける」ことは易しく、「持(たも)つ」ことは難しい。故に、成仏は、持ち続けることにある。この法華経を持つ人は、必ず難に遭うのだと心得て持つべきである。「すなわち、速やかに、無上の仏道を得る」ことは疑いないのである。
 
 
 
今月は法華経の「受持」について「受ける」と「持(たも)つ」に分けて御指導をいただいている御文です。
最初に、「受持」は種々の仏道修行の中で、非常に重要な意味があることを確認したいと思います。

御義口伝には
<此の妙法等の五字を末法・白法隠没の時上行菩薩・御出世有つて五種の修行の中には四種を略して但受持の一行にして成仏す可しと経文に親り之れ有り>(P.783)ともあり、
成仏をするためには、五種の修行(受持・読・誦・解説・書写)のうち四種は略して、ただ「受持」によってのみ成仏すると説かれています。
 
 
形式や教条ではなく、またご立派で深淵な言葉を書いたり口にしたりすることでもなく、
ただただ法華経受持の行動のみこそが成仏への道であることが示されているかと思います。

形式や教条ではなく、法華経受持のもと各々が今居る場所で使命を果たすから桜梅桃李の万人成仏、
豊かな多様性ある社会においての本当の個々の満足があります。
ご立派な思想や慈悲深い話も、現実の中で行動として示されて、初めて真実のものとなります。
 

どこまでも結局のところ「受持」がなければ意味がない。
どんな素晴らしい教えがあって、素晴らしい生き方が示されていても、
素晴らしく生きる実態がなければ虚しいものです。
 
 

かつて僕は結局全てこの「虚しいもの」だと思ってまして、
ご立派なことを言ってる人間は嫌悪してましたね。
全て虚しいと思ってましたから、立派なこと言ってる人は全て偽善者に見えるのです。

いろいろありまして、先生のことを改めて考える機会に恵まれ、
どうあっても先生の一生はスゴイ!
先生は信じられる!ということに驚き、
僕も素晴らしい生き方、信じてもらえる生き方を目指すようになりました。
コレ僕にとっての大きな「原点」です。
 
 
 
ただ、何と言いましょうか(汗
「聞信戒定進捨慚の七宝」で言えば、「聞信」までは簡単。
「戒定進捨慚」は大変(笑
 

「んん〜〜〜素晴らしい生き方はもう少し先になってから!」な〜んて怠け心に負けて、
「御本尊様、ゴメンナサイ」とかしてたんですが、やっぱ、これじゃダメ。
御本尊様にゴメンナサイでは、法華経を持(たも)ってません(笑
 
 
<まことに聞き受くる如くに>の御文も重ければ、
<大難来れども憶持不忘>になるわけがない。
要は、素晴らしい生き方なんてものになるわけがない。
 
 

まぁ今も自慢になるような信心ではありませんが(汗、
僕にとっての「原点」から、曲がりなりにも走り続けてきました。

おかげさまで、少なくとも「原点」の時よりは、
自分自身に間違いない成長があると自負しています。

いろいろあって、訳が分からなくなることもありますが、
常に師匠を旨に抱き、胸中の師匠に問い、一番良い結果に向けて、自身の過ちは過ちとして認め、また朗らかに前進をしていく。
この連続。
全部のものにこの姿勢で挑めていないでしょうが、この連続。

この連続が、自分をイイものにしていってくれているのは間違いない。
 
 
 
いつものことですが、ちっとも話がまとまっておりません(汗
あと少しで8月になっちゃうことですし、
大白の解説の最後の部分を、先生の御指導を噛みしめて終わります。
 
 

「信心とは、間断なき魔との闘争です。信心とは、行き詰まりとの戦いです。信心とは『困難に立ち向かう心』です。そして、信心とは、御聖訓を勇敢に実践する『師弟不二の心』です」

何があっても信仰を貫く「不退の信心」で、人生の幸福と勝利を開いていこうではありませんか。
 
 

本当です。
その通り!

それではまた♪
良き友好期間を♪
こんばんわ。今月も座談会御書の研鑽をいたします。
 
 

【今月の座談会御書「妙心尼御前御返事(病之良薬御書)」の御文】

このやまひは仏の御はからひか・そのゆへは浄名経・涅槃経には病ある人仏になるべきよしとかれて候、病によりて道心はをこり候なり
 
 
【今月の座談会御書「妙心尼御前御返事(病之良薬御書)」の現代語訳】

この病は仏の御計らいでしょうか。
そのわけは、浄名教、涅槃経には、病がある人は仏になると説かれています。
病によって仏道を求める心は起こるのです。
 
 

今月研鑽する御文は、重い病を患っていた高橋入道の妻である妙心尼へ送られたお手紙です。

僕はまだ「重い病」というものを経験したことがありません。

ただ身近に重病をかかえてらっしゃる方がおりまして、
病と闘われていらっしゃる方、そして病気の方を支えていらっしゃる方のご苦労には、
お会いするごとに大きな敬意のような感情を抱きます。

僕自身が抱えきれそうにないご苦労と日々向き合い、関わり続け、
それが生活となっていることを目の当たりにし、
その苦労を抱えきれそうにない自分を思うと、正直少し腰が引けてしまう時もあります。

経験してきた苦労の大きさは、その人に威徳ともいえる人間の大きさを感ぜずにはおれません。
 
 

はて、このままですと今月は手も足も出ません(汗
でも、何かしら書いてみます。
 
 

最近僕は目が悪くなりました。
今までがおそらくは両眼1.5くらいあったのではないかと思うのですが、
ここ1週間くらいで、ガクっと右眼が悪くなりました。

なんだ!そのくらい!

といった声が聞こえてきそうですが(笑、
これまた「仏の御はからひか」
何かがあったんですから、何かに気づかなくてはいけない。と思っています(笑
 
 
 
こんなんじゃダメだね(笑
ちゃんと研鑽します!
 
 
P.53の解説冒頭ではこの御文を
<病をはじめとする「苦悩に負けない信心」の姿勢を教えられている御文です。>とされています。

悩みがなければ、何かがなければ、
人は「自分の生き方を見直す」「道心をおこす」ということに、なかなかなれないものに思えます。

少なくとも僕の場合は、
悩みがあって初めて「自分の生き方を見直す」「もっとより良い生き方を探る」ことになります。
何かがあってやっと、それまでの惰性や我執を見つめることができ、
流されるまま宿命のままの人生を転換する契機となります。
 

何かがあって「策や方法」を自分の頭の中で云々考えているのでは、宿業の鎖が断ち切れるわけがない。
いろいろ考えてやってみても宿命の枠内をぐるぐる回ることと思います。
 
 
 
まったくもって自分の納得のために書いてる感じでゴメンナサイ(笑

九識論(知らない人は気が向いたら調べてね)でざっくばらんに考えると、
五識(五感)・六識(意識)で変えようと思っても、それは七識(自我)からの転換にはならないですし、
それには八識(業)からの転換が必要なのは言うまでもないです。
当然、八識(業)からの転換は、九識心王真如の都、即ち南無妙法蓮華経によってのみ成し遂げられます。

我執を打ち破り、
「以信代慧(信じることを以て智慧に代える)」
題目根本、御書根本、御指導根本の行動に出てこそ、
初めて宿命転換がなしうるものと思います。
自分の殻を破ることができます。
 
 

ともあれ宿命と戦い転換しゆく行動をするということは、
同じ宿命に苦しむ人をも救うことができる、ということです。
 
僕の感覚からすれば、
「もう俺は宿命を転換したのだ。お前らちゃんとやれよ」という人より、
現在進行形で戦う人だからこそ、その熱とうか息吹というか、ビンビン響く刺激があります。
共に進んでいくところに、その人々との強い絆も生まれると思います。
 
生老病死をはじめとする多くの苦難は間違いなく消え去らないこの世界にあって、
こういう強い絆の連帯の中で、自分も確かな役割をもって生きていくということ、
それぞれの苦難がありながらも、共に励まし認め合い笑顔を交わしながら苦難に挑んでいくこと、
それ自体が、人間としての人生に本当の幸福を作ってくれるように思えます。
 
うむ。朗らかに前進♪
 
 
 
な〜んてこと書いてますが、
つい昨日も、僕と同じような嫌味を持つ人間にブチ切れてしまったばかりです(汗

自分と同じような人を見捨てて涅槃なんぞあるわけありませんね!
 

なになに?涅槃?
なんだか今日はやや難し気な言葉がいっぱい出てくるね???
 
ははは。
今月の<勝利の経典「御書」に学ぶ>で先生が、
「煩悩即菩提」「生死即涅槃」に触れられているからです(P.34〜)。
 
 
確かな研鑽は確かなテキストで!
僕のブログは、僕の感想です。
「煩悩即菩提」「生死即涅槃」は古くから色んな混乱した理解があったようですからなおさら!
よろしくね!
 

 
正確に書けないんだったら触れるな!という感じもしますが(汗
そんなことよりも、悩みにぶち当たったときには
「仏の御はからひか」!
これを僕の心構えとして大事なことに思いました!

何かがあったからには、
「アレのおかげでコレができない」というままで人生を作っていくより
「アレのおかげでこういう自分になれた」という人生を作っていきたいものです。
 
 

すべてが成長の糧であって、
<煩悩の薪を焼いて菩提の慧火現前するなり(P.710御義口伝)>

<勝利の経典「御書」に学ぶ>の四条金吾殿御返事では、
難に遭われていることを大聖人は、
<仏果をうべき身となれば・よろこばしく候(P.1116)>

そして今回研鑽の御文も
<病ある人 仏になるべきよし とかれて候>
 
 

ピンチがチャンス。
宿命転換のチャンス。
仏になるチャンス。
 

まったく俺は、腰が引けたり顎が上がったりしている場合ではない(汗
腰が引けるも顎が上がるも自分の殻を破るチャンス。
とりあえず昨日ブチ切れた人のところにメモ入れてから帰ろう♪
 
ほいじゃまた。
朗らかに前進♪
 
 
 

情熱と潤いのある生活

こんばんわ。
なんだか今月もあんまりロクなこと書けそうな気がしませんが、座談会御書の研鑽をしますよ〜ん。
 
 
 
【今月の座談会御書「呵責謗法滅罪抄」の御文】
何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり
 
 
【今月の座談会御書「呵責謗法滅罪抄」の現代語訳】
どのように世の中が乱れていても、あなた方のことを「法華経、十羅刹女よ助け給え」と、湿った木から火を出し、乾いた土から水を得ようとする思いで、強盛に祈っているのである。
 
 
 
みなさんお元気ですかな?
まぁ僕も元気になったり元気なくなったり(笑
色々とありますわな(汗
 
 
今月はこの御書を思いながら、こんなこと考えてました。
 
 
世の中が乱れるといっても、世の中ってのは人間の集合体だから、人間が乱れてるってことかな?と。
人間が乱れるとはいっても、目が3つになるとか足が8本生えてくるということなわけがないんで(笑
人間の行ない、それを方向付ける人間の内面の乱れが、
結果として世の中が乱れるっていう実態になるのかな?と。
 
 
そんで、世の中が乱れるってのはどういうことかっていうと、
理不尽・不正・悪・不幸がまかり通るってことかな?と。
 
 
10年前くらいの僕は、
「いや、世の中を動かしている奴ら乱れてるんであって、
 またそいつらに動かされてしまう奴らが居るから乱れてしまうんであって、
 俺は乱れちゃおりませんよ?」
てな考えを持ってましたが・・・
 
 
ジメジメした自分だと、不正を目の当たりにしても「まぁしょうがないわな」とかね、
枯れてる自分だと、不幸な人を見ても「自己責任でしょ」とかね。
 
 
ははは。
結局な〜んにもしてません。
 
 
こんな自分が誰かしらから本当の信頼を得るということもなく・・・
誰も彼もがこんなだと、まったく世の中に信じられる人がない?
な〜んてことになっちゃいそうですな。
 
不正も不幸もまかり通る、乱れた世の中になっちゃうんじゃないかな?
 
な〜んてムニャムニャ考えてました。
 
 
 
これがね、
ジメジメ湿った自分でなく、カラカラ乾いた自分でなく、
人間らしき使命感と、人間らしき潤いとを持ち合わせていると、
可哀想な人を見て、看過できなくなってくる。
 
僕にとっての学会活動はコレ!
コレがイイ!
 
 
 
「信じられるものは自分よりも金」
「世の中なにも信じることが出来ない」
こんな感じに存在価値を見いだせなかった自分も、
泥沼のように感じていた社会の中で、
これが蓮の根っこのような立ち具合なのかどうなのかは分かりませんが、
心通じる中で、何かしらの力になれた、なってもらった方々とのガチの絆は、
見栄を張ったり強がったりするものとは間違いなく確かさの違う、
身体への沁み渡り具合で違う幸福感を
僕にもたらしてくれます。
 
 
まぁね。
ちなみに「金」ってのものはただの道具ですから、
「金」を信じていても、結局「人」が信じられるとならなければ、
おそらくは本当の心の安らぎみたいなもの、まぁ別に本当の幸福とかいてもイイんでしょうが、
そういうものは得られませんな。
 
 
ん〜。大人になってきたな〜僕も(笑
 
 
 
そうそう。
十羅刹女ってのは、語訳にあったとおり、法華経の行者を守護する誓いを立てた諸天善神ですが、
羅刹ってのは鬼神で、
十羅刹女は、法華経によって成仏できることを知って、
法華経の行者を守護することを誓ったんだそうです。
十人十色の特徴があって、その力を法華経のために使っていく、ということみたいです。
 
むふふ。
自分の居る組織みたいですね?
な〜んて書いたら怒られるのか喜ばれるのか分かりませんが、
やっぱ羅刹=鬼だから、怒られそうだな(笑
 
 
先月の御書も、誓いを立てた諸天善神が出てきましたが(諌暁八幡抄)、
うむ、僕も誓いし願いはなんとかやってかなきゃイカンな?
 
 
 
む、いくら書き下しとはいえ、ゼンゼン話がまとまらない。
 
ともかく、使命の炎が燃えなければ、本当の生き甲斐は全うできない。
人間としての潤いがなければ、幸福に向っているのか不幸に向っているのかわからない。
 
一人一人が幸福への前進を始めれば、
人間の集合体たる世の中も、イイ世の中であるに違いない。
 
その一人一人の心に火を点け、みずみずしさを持ってもらうんだから、
僕がジメジメしてたんじゃダメだし、枯れてたんでもダメ(笑
 
やっぱ、それには題目だな。御書もやっぱイイね〜。先生の御指導も♪
中身から変わる。
無意識のうちに瞬間瞬間の自分が変わっている。
外身からだと何だかムリがあってギクシャク(笑
 
 
 
強盛に楽しくやってくよ〜〜〜♪
強盛に朗らかに前進!
 
 

ん〜今月はダメだ(笑

こんばんわ。
 
今月は書けなったよ〜(汗
まいったね。
でも書下ろしで駄文を書きます。
 
 
 
【今月の座談会御書「諫暁八幡抄」の御文】
今日蓮は去ぬる建長五年癸丑四月二十八日より今年弘安三年太歳庚辰十二月にいたるまで二十八年が間又他事なし、只妙法蓮華経の七字五字を日本国の一切衆生の口に入れんとはげむ計りなり、此れ即母の赤子の口に乳を入れんとはげむ慈悲なり
 
 
んあ〜。
ダメだ。今月は他事だらけ。ホントにすんません。
 
僕自身が「諫暁」されてしまいます。
申し訳ない。
 
八幡大菩薩ではないわけだけれども、
命の底からの「誓い」を果たさなければ、自分というものの存在意義が疑われます。
 
今月も言い訳がましいですが、一応、対話等々はやってますよ(汗
そん時だけでも大聖人を思い先生を思い、なんとか力充填して頑張ってます。
 
ただ、そんな言い訳がましい形じゃなくて、実としてどうなのか?ってとこだよなぁ〜。
表面的なところじゃなくて、本当のところどうなのか。
コレは先月の「御書講義」でも「撰時抄」学んだところって感じだよね。
 
八幡にしても、国の権力者を守って、国を守ってることにしてもダメ。
国を守るとは何を守ることなのか。
民を守らないで、民を苦しめる権力者を守るのでは、善神の名が泣きます。
目的はどこまでも人に集約して、他のものは手段や道具といったものに過ぎません。
 
とかね。。。
こ〜んなことを書いてないで、
それを自分の行動でどれだけ示しきれるかに、
口先手先でない、本当の人間の真実が現れるに違いないと思いますので、
また精進します!
 
まったくチラシの裏の殴り書きみたいなものでスンマセン(汗
 
 
ああ〜頑張ろう。
地涌の菩薩の名が泣きます。
願兼於業。
 
ウンザリしてしまうものに負けてしまえば、もう生きたい人生は歩めません。
これに勝つために生まれてきたと思って、
それが同じウンザリを感じる人のためになると思って、
元気溌剌頑張るよ!
 
 
それでは♪
 
 

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