ここから本文です

後藤ひろひと OFFICAL SITE ひろぐ

書庫全体表示

年末に放映した
ジャイアント馬場選手の追悼10周年記念番組を録画で見た!
「馬場と猪木でどちらが強いか?」
で頭がいっぱいだった子供の頃を
山ほど思い出してひろいだ!

私はインタビューなどで幼少の頃を聞かれると
必ず話す話題は
「アントニオ猪木と自分の区別がつかなかった」
という時代の事である!
小学校5年生からの数年間は
ジョン・ベルーシや
エルヴィス・コステロや
マッドネスの影響を強く受けながらも
心の根本はアントニオ猪木だった!
受験勉強にせよ
クラブ活動にせよ
つらい時にはいつだって
「ブラジルでの農園作業のつらさは
 こんなものではなかったはずだ!」
と自分を励ました!
学校や家庭で理不尽な扱いを受けたとしても
「つらい差別待遇は
 力道山先生が愛してくれたからこそのものだ!」
と己を諭した!
山形で小学生だった私は
もちろんブラジルで農園作業に従事した事もなければ
私が生まれる6年前に他界した「プロレスの父」力道山になど
会えたはずもない!
全てはアントニオ猪木の人生だ!
しかし私は幾度となく
アントニオ猪木の過去を自分の物と思う事で
人生の苦難を切り抜けてきたのだ!

しかし!
ジャイアント馬場追悼番組を見ながら
これまで特に誰にも言わなかった信念を思い出した!
私はジャイアント馬場・アントニオ猪木両選手の
共通のライバルとして日本のプロレス界を支えた
スタン・ハンセンになりたかった!
”大きくなったらスタン・ハンセンになりたい!”
と本気で思った!
大きくなったらというのは年齢の事ではなく
体格の事である!
今の私はトレードマークとして髭を生やしているが
考えてみれば私が憧れた人々の中で
髭を生やしている人など一人もいない!
チャールズ・ブロンソンも
バート・レイノルズも好きな俳優ではあったが
憧れた覚えなどない!
「その髭はダリの影響ですか?」
とはこれまでうんざりするほど聞かれてきたが
私はダリの絵など数枚しか見た事がない!
しかしインタビュアー達が
さも”私は見抜いたよ!”と言わんばかりに聞いて来るので
万民と楽しませるエンターテイナーとしては
「ええ!もちろん!」
と応えては喜ばせている!
いいや違う!
私が憧れた中で唯一髭を生やしていた人物!
それはスタン・ハンセンだ!
髭を生やし始めたのが
高校3年生の時だったため
今となっては誰の影響で伸ばしたのかも
思い出せなくなくなっていたが
私は今日思い出した!
そう!
私はスタン・ハンセンになりたかったのだ!

最近ではカントリー歌手
ティム・マグロウや
トビー・キースや
アラン・ジャクソンの影響で
時たまテンガロン・ハットをかぶる!
しかし不思議とミュージシャンな気持ちにはならなかった!
むしろ少々凶暴な自分がわき上がって来るのを感じていた!
それはそうだ!
私はまだ心のどこかで
スタン・ハンセンになりたいのだ!

ちなみにウエスタン・ラリアートを必殺技とするスタン・ハンセンは
”「人間発電所」ブルーノ・サンマルチノの首を折った男”
とのふれこみで1975年に初来日を果たしたが
実際にサンマルチノの首を負傷させたのは
ウエスタン・ラリアートではなく
基本技であるボディ・スラムを
抱える途中に脳天から落としてしまった事故のためだ!
「ニューヨークの帝王」サンマルチノを負傷させた彼は
アメリカでの試合がしにくくなり
海を越えて日本に流れ着いたと言われている!
ゆえにアメリカのプロレス・ファンは
そのほとんどがスタン・ハンセンを知らない!
このエピソードはスタン・ハンセン最大の汚点である!
私も「喜劇王」川下大洋を投げる時には
しっかりと基本に忠実に
背中から落としてあげようと思う!

イメージ 1



本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事