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後藤ひろひと OFFICAL SITE ひろぐ

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「パパ」と兄「よっと」と3人で
『ドラゴンへの道』を見て度肝を抜かれた!
「ブルース・リー」のように
世界で活躍するアジア人になろうと誓った!
「パパ」と二人で
『スターウォーズ』を見て私の人生が変わった!
何かを作る事で人を喜ばせたいと思うようになった!
「まきちゃん」と二人で『トロン』を見たが
映像が斬新すぎて「まきちゃん」は気持ち悪くなり
二人でロビーのベンチでコーラを飲んだ!
だからジェフ・ブリッジスがゲームの世界から無事戻ったのかどうかを
私はよく知らない!
『スーパーマン』を見た!
『少林寺』を見た!
『ドクターモローの島』を見た!
『タワーリング・インフェルノ』を見た!
『オーメン』を見た!
上映時間3時間半の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』を
1日に2回見た!

とにかくいつもそこにいた!
ならば私は生涯の中で
一体何時間を映画館「山形シネマ旭」で過ごしたのだろうか?

2007年に閉館されてしまった「山形」の映画館
「山形シネマ旭」!
私の大好きな場所だっただけに
閉館されても私は帰郷のたびに
その建物の前を歩いた!
そして切符売り場のガラスの中から
館内を覗いた!
不審者扱いなど恐れはしない!
それほど大切な思い出に満ちた場所だったからだ!

”まよいびと”「浅倉かおり」嬢や
悪童「しぶちん」
俳優「吹雪ビュン」らと飲んだくれている際にも
私は「山形シネマ旭」の話題に興じた!
するとだ!
閉館した映画館を熱く語る私を見て
雑誌『山形ZERO☆23』の編集長である「粟野」君が
とんでもない事を言い出したのだ!

「え?
 シネマ旭ですか?
 入れますよ!」

なんと!
「粟野」君はかつて雑誌の写真撮影ロケ地として
閉館された「山形シネマ旭」に入った事があると言うのだ!

「5000円払えばスタジオとして貸してくれるんです!」

「山形シネマ旭」には1号館と2号館があり
2号館の方はかつて「山形東映」と呼ばれていた劇場である!
2館とも同時に閉館されてしまったのだが
持ち主である会社に5000円支払えば
2館とも貸し切りにできると言うのだ!
もちろん映写機やスピーカーなどは機能しておらず
映画を投影する事は不可能な状態だ!
だーが!
それがどうしたと言うのだ!
子供だった自分が聞いたら間違いなく信じることはない
「山形シネマ旭」貸し切り!
これをひろがずして何をひろごうか!

「粟野君!
 セッティングをよろしく!」

ただただ”見たい”という理由だけで
個人で「山形シネマ旭」を貸し切るというのは
先方にしてもかなり珍しい話のようだった!
だが「粟野」君は私の素性なども話してくれた上で
セッティングを成功させてくれた!
せっかく憧れの映画館に再び足を踏み込むというのに
そこで撮影する記念写真が
腕を伸ばして撮影した携帯電話のセルフフォトでは
あまりにも寂しい!
せめて携帯電話を構えて撮影してくれる誰かに同行して欲しかった!
そこで私は「粟野」君に
”当日はカメラマンになってくれないか?”
と頼んだ!
「粟野」君は快く引き受けてくれた!

かくして今はなき映画館「山形シネマ旭」に到着してみると!
「粟野」君はすさまじくありがたい勘違いをしてくれていた!
雑誌掲載写真を撮影するプロ用カメラやその他の機材を
どっさり抱えて現れてくれたのである!
そんなわけでいきなり最高クオリティの写真を
『ひろぐ』に掲載するに至ったわけだ!

イメージ 1

持ち主である会社の方は
我々を中へ案内して照明のスイッチを入れてくれると間もなく
「それじゃごゆっくり」
と言い残していなくなってしまった!
後はどこでも好きに探検なさいと言うのだ!

イメージ 2

私はまず
かつて「山形東映」だった劇場に踏み込んでみた!
中はそっくりそのまま残っており
今にも上映が始まりそうな空気に満ちていた!

「山形東映」だった頃は当然「東映」の直営館だったため
上映される作品は
「高倉健」さんや「松方弘樹」さんなどによる「やくざ映画」か
「菅原文太」さんによる『トラック野郎』シリーズなどだった!
そのため
学校帰りに友達とみんなで直行する場所にはなりえなかった!
そんな馴染みの無さがあったからこそ私は驚いた!
そこはかつて山形県内で最高の座席数と
最高の設備を誇る劇場だったのである!
そしてその威厳と風格は
今も変わらず残っていた!
それはそれは素晴らしい劇場だった!

イメージ 3

舞台に昇りスクリーンの前に立っても
誰からも文句は言われない!
思い出にひたりながらも
ひたすらにひろぐ私を見て
「粟野」君も次第に興奮を始めた!

「はい大王!
 フラッシュなんかも持ってみちゃいましょうよ!」

イメージ 4

かつての「山形東映」をひろいだ後は
いよいよ最高の思い出でいっぱいな
「山形シネマ旭」へと入り込んだ!

とんでもない感動が私を襲った!
吸い込んだ息を吐き出す事を忘れるほど
心が揺れた!
どうしていいのかわからなくなるほど
沢山の思い出がこみ上げて来た!

なんだか面白そうなので
「浅倉かおり」嬢も道に迷う事なく現れた!
「粟野」君は彼女を迎えに出た!
私は「山形シネマ旭」の中で
唯一の人間になった!
私はシートに座った!
そしてただ真っ白なスクリーンを見つめた!

イメージ 5

不思議なものだ!
私の目にはかつてそこで見た様々な映画が
いくつもいくつも上映され始めた!
「ブルース・リー」や「アラン・ドロン」や
「スティーブ・マックイーン」や
「ロバート・デ・ニーロ」といった
そこで出会ったスター達が
一斉にスクリーンに現れるのが見えた!
すると周囲の座席には
そこで一緒に映画を見た友や家族が
次々と見え始めた!
そこに来れば必ず食べたスナック
「SPIN カレー味」が
口の中いっぱいに広がった!
幼稚園児だった私!
小学生だった私!
中学生高校生そして大学生だった私!
やがて最後には
閉館直前に見た『ファンタスティック・フォー』の続編に見入る
2007年の私!
沢山の私がそこにいた!
誰もいない「山形シネマ旭」は
満員の大盛況だった!

私はそこで育ち
やがてそこに戻った!
口数少ない小さな「ひろちゃん」は
そこで多くの事を感じ学び
やがてよく喋るおかしな髭の「後藤ひろひと」が
そこに心の何かを返しに戻った!

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思い出を探るべく借り切った映画館だったが
開館当時は決して入れないような場所に立ち入る事で
むしろ新鮮な驚きを山ほど得た!
映写室にはまだフィルム缶に納められた
予告編フィルムなどもいっぱい置かれていた!

イメージ 7

子供の頃には知らなかったのだが
屋上もあったようだ!
かつてバッティング・センターだった名残の
料金所や注意書きなども残されていたが
そんな物があった記憶はまるでない!

イメージ 8

映画館入り口の切符売り場にも
もちろん座ってみる!
誰か映画を見に来てくれないかな?

イメージ 9

いずれそう遠くないうちに
「山形シネマ旭」は取り壊されるのであろう!
とても悲しい事だ!
だが東北ではもっともっと大切な建物が
地震と津波で倒壊した!
多くの命までもが失われた!
「山形シネマ旭」から始まった私は
「山形シネマ旭」に戻る事によって
先に進むための心の準備を始めた!

翌日私は
どうしても見ておかなければいけない悲しい景色の中に立つべく
「仙台」へと向かったのである!

「山形シネマ旭」貸し切りをひろいだ足で
書店「八文字屋(はちもんじや)」に向かった!
そこもまた私にとっては思い出いっぱいの場所だ!
そこで私は「山形新聞」の記者である
「高橋澄恵」女史によるインタビューを受けた!
その記事はネットでも公開されているので
是非お読みいただきたい!

山形新聞記事
『山形の人よ、今こそ笑顔』

「粟野君!
 結局何枚ぐらい写真撮ってくれた?」

彼はなんだか言いにくそうにしながら
やがてぽつりとつぶやいた!

「えーっと・・・580枚・・・。」

ええ!
はい!
撮り過ぎです!

イメージ 10



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