1日1ネタ400字「百科繚乱」

ジャンルを問わず毎日1ネタ、その日に得た知識、感じたことなどを、400字程度で綴る。

戦間期の思想

 保坂正康氏が、『田中角栄と安倍晋三』(朝日新聞出版、2016年6月)において、「戦間期の思想」について論じている。
 これは、戦争の終結は平和の訪れではなく、次の戦争に向けての準備期間である、という歴史的な現実を表した言葉だ。いったん戦争が終わっても、敗者の側は戦争で失った領土や権益を取り戻そうという復讐心を募らせる。つまり、次の戦争に向けての大義名分が醸成されるのが「戦間期」なのである。
 保坂氏によると、第二次大戦後の日本は、ずっと「戦間期の思想」を持たなかったという。

――太平洋戦争は満州事変、日中戦争の終結点といえるのだが、この太平洋戦争のマイナスの教訓を逆手にとって、戦争で失った領土などをやはり武力で取り戻そうとする「戦間期の思想」を日本は持たなかった。それが20世紀後半の誇りでもあった。いわば昭和の中期から後期にかけての勲章でもあった。(p.213)

 しかし今、「戦間期の思想」が芽生えつつあるという。安倍政権に象徴される政治的な右傾化がその顕著な徴である。
 目下、「日本会議」という右翼的な団体が注目されているが、これも「戦間期の思想」の表れかもしれない。この組織は、戦争によって特権を奪われた神社本庁が運動の主体となっているらしいのだ。彼らの 根底には、日本の支配層の位置から引きずり降ろされたGHQに対する怨嗟の念がある。
 「戦間期の思想」は、憎しみの連鎖の推進力となってしまう。戦後70年、それを断ち切って平和を維持してきたのが日本である。この伏魔殿の扉の封印を解くような愚を犯さないことが大切だ。
(2016/9/27)

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科学の進歩

 科学史では、新しい理論が出てくるとそれまでの理論が間違ったものとして否定されたり、葬りさられたりすることがままある。しかし、古い理論がすべて誤りである、とは言い切れない部分もあるのではないだろうか。それまでの理論で見過ごされていた面に新たな光があたり、それまでの理論を補填するような新しい理論が生まれることが往々にしてあるのではないだろうか。

 神経心理学者のゴールドバーグは、「古くなった主張を十把一からげに批判しても科学が進歩することはない。(中略)新しい理論の中に古い知見を特殊なケースとして組み入れる。そうすれば科学は進歩し続ける」と述べている。まさにそのとおりだと思う。

 つまりこういうことだろう。古い知見に対して、それと矛盾するような知識が加わったとする。その場合、古い知見の誤った部分は捨て、妥当だと思われる部分と新たな知識を統合してより高次の理論を組み立てるのである。古い知見が100%間違っているというのではなく、新たな理論の特殊なケースとて捉えることが可能な点があるはずだ。そのようにして、螺旋状に渦を巻くようにして科学というものが深まっていく。

【参考】
エルコノン・ゴールドバーグ 著/沼尻由起子 訳『脳を支配する前頭葉』講談社(ブルーバックス)、2007年12月、p.77

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 インターネットでの記念すべき第1号の送信が行われたのは1969年10月29日のことであった。ロサンゼルスのUCLAからシリコンバレーのSRI(スタンフォード研究所)へ、専用電話回線を使って送信された。このとき、レイ・クレインロックはLOGONというデータを送ろうとしたのだが、不運にも最初の2文字の送信が完了したところでシステムがクラッシュしてしまった。SRI側のマシンにバグがあったらしい。

 1844年、サミュエル・モールスが電信で最初に送ったメッセージは「なんぞ神は造りたまいき(What hath God wrought)」であった。

 電話における最初のメッセージは、1876年、グラハム・ベルの「ワトソン君、こっちへ来てくれ。君に会いたい(Mr. Watson, come here, I want you)」だった。

 そして、インターネットで送られた最初のメッセージは「LO」だったのである。

【参考】
脇英世『インターネットを創った人たち』青土社、2003年12月、p.165
「モース(Samuel Finley Breese Morse)」「電話」、日本大百科全書(ニッポニカ)、ジャパンナレッジ (オンラインデータベース)、http://www.japanknowledge.com

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チャールズ・ドゥーリトル・ウォルコットといえば、カンブリア紀中期の動物群を閉じ込めたバージェス頁岩の発見者として有名だ。同時に彼は、米国地質調査所所長、スミソニアン研究所所長、ナショナル科学アカデミー会長など、数々の要職を歴任した有能な「行政官」でもあった。

ウォルコットは、地位と引き換えに手放した研究のための時間を常々取り戻したいと思っていたが、忙しすぎ、そしておそらく有能すぎたためにかなわぬ夢となった。彼は、1917年、銀行に自分のサインの変更を証明する宣誓供述書を提出したほどだ。なぜなら、「サインすべき書類や手紙が膨大である場合、余分な文字をつけ加えていると時間がかかってしょうがないことに気づいた」からである。Chas. D. Walcottという綴りから、イニシャルだけのサインに変更したのである。

しかし、この秀逸なアイデアの甲斐もなく、10年後の1927年、スミソニアン研究所所長現職のまま、この世を去った。自ら発掘した奇妙奇天烈な動物群の化石の研究に費やすための時間は与えられなかった。5月には職を退くつもりであったのだが。

【参考】スティーブン・ジェイ・グールド著/渡辺政隆訳『ワンダフル・ライフ ―バージェス頁岩と生物進化の物語―』早川書房、2000年3月(ハヤカワ文庫版)、p.428

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自発的対称性の破れ

自然界には、「自発的対称性の破れ」という現象がある。簡単に言ってしまえば物事は偶然に左右されるということなのだが、この現象のすごいところは、偶然によって決められた一つの原子の動きが他のすべての原子の動きを方向付けることだ。

例えば磁石だ。磁石は、原子がみな同じ向きに向いていてN極とS極を作っている。これを熱していくと原子が回転し始め、整列が乱れて磁性が失われる。次にゆっくりと冷やしていくと磁性が甦る。つまり、一つの先駆的な原子が北か南(もしくは左か右、上か下)のどちらかを向くと、他の原子もすべてそれに倣って同じ方向を向き、磁石としての性質が戻るのである。どの方向でもいいから、最終的に一つの方向を向くというのが、「自発的対称性の破れ」というものなのである。

「同じ向きに並ばずにいられない」というのは、宇宙の根本原則の一つが「対称性」だからである。

【参考】デイヴィッド・ウォルマン著/梶山あゆみ訳『「左利き」は天才?』日本経済新聞社、2006年7月、pp.163-164

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