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松の丸殿

第二章・豊臣家の女性〜『松の丸殿』〜

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松の丸殿(??〜1634年)

京極局・西の丸殿・龍子 。
子女:二男一女(元明との子)または一男一女※伝:男子は木下勝俊?
戦国時代から江戸時代初期の女性。
関白・太政大臣(のち太閤)、豊臣秀吉の側室。
京極高吉の娘。母は近江小谷城主・浅井久政の娘(長政の姉)、マリア養福院)。
浅井長政お市の方夫妻の長女・ 淀殿、三女・ お江与の方とは従姉妹同士。
また、次女のお初松の丸殿の兄(または弟)である若狭小浜初代藩主・京極高次の正室で従姉妹であると共に義理の姉妹にもあたる。
最初、若狭国守護武田孫八郎元明(母は足利義晴公の姫)に嫁いだが、1582年、『本能寺の変』の際には、明智光秀側につき、夫は戦死。
兄(または弟)の高次明智方についた為。彼女は捕らえられ、秀吉の側室となり高次と共に許され、またその美貌から秀吉に寵愛されたという。
なお、秀吉との間には子供はおらず、1598年の「醍醐の花見」の三番目の輿に乗ったり、同じ側室である淀殿との盃争いは有名。
秀吉の死後は「大津城」の高次の元に身を寄せた。
1600年の『関ヶ原の合戦』後は出家し、京へ移り住んだ。
1634年、死去。

豊臣秀頼の嫡子、国松丸秀吉の孫)の処刑後はその遺体を引き取り葬ったと伝わる。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/cb/21/gpndf433/folder/76364/img_76364_124783_1?2006-08-16
松の丸殿は大変な美貌の持ち主と言われ、また名門出身であった為。秀吉から大変、寵愛されたと言われています。
大河「利家とまつ」では少しの出演ではありましたが。三浦理恵子さんが演じていらっしゃいました。
その際にも大変、可愛がられていた様子が伝わってまいりました。
大河「江〜姫たちの戦国〜」では鈴木砂羽さんが演じられ、おっとりと上品な女性像を演じられていました。
また、盃の件ですが。秀吉の盃を次に誰が受け取るかというモノでしたが。松の丸殿がそれを受け取ろうとした時、淀殿は「次は秀頼の生母である自分ではないか?」と思ったのでしょう。ここに沈黙が流れます。しかし、松の丸殿は京極家と名門の生まれ。浅井家はもとはその家臣にしかすぎませんでした。そして、それを見事解決したのは前田利家の妻・まつでありました。
兄弟である高次を助け、従姉妹で義姉妹の初と共に出世の手助けをしました。また、「松の丸殿」というのは通称で伏見城の「松の丸」に居住していた為。本名は「龍子」といいます。

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