第二章・豊臣家の女性〜『大政所』〜
大政所(1513?〜1592年)
仲子・なか・大政所 。
子女:日秀・秀吉・秀長・朝日(旭)姫
戦国時代から安土桃山時代の女性。
関白・太政大臣(のち太閤)、豊臣秀吉の生母。
関弥五郎兼員の娘。
織田家の足軽であった、木下弥右衛門に嫁した。
1534年、長女・日秀<とも>(三好吉房室、三好秀次母)を。
1536?1537?年に長男・日吉丸(後の豊臣秀吉)を出産。
夫・弥右衛門が戦の傷がもとで亡くなった後、信長の同朋衆であった竹阿弥と再婚。
1540年に次男・秀長(のち大和郡山城主・通称『大和大納言』)を。
1543年、次女・朝日姫<旭>(佐治日向守室、副田甚兵衛室のち 徳川家康]の継室)を産んでいる。
1585年、「大坂城」に入城。
同年、秀吉が『関白』に昇任したために『大政所』と称される。
1586年、秀吉のもとへ徳川家康が上洛する事を拒んだ為、異母妹の朝日姫を正室として家康のもとへ嫁がせる。
しかし、それでも上洛する事を拒だ家康は生母の『大政所』を人質として岡崎に下った。
1591年、息子・秀長に先立たれる。
翌年、秀吉の「朝鮮出兵」にも反対しつつも聚楽第にて死去。享年80歳。
なお、『大政所』という名は摂政・関白'の母親の尊称である。
大河『功名が辻』では菅井きんさんが好演されていらっしゃいました。
淀殿が懐妊した折は嫁のねねに誤り、一緒に涙する。心優しい日本のお母さんを演じられていました。
また、『利家とまつ』では草笛光子さん、『秀吉』では市原悦子さんなど。
ベテランの女優さんが演じていらしゃいました。
どの、『大政所』も息子や娘達。家族を思い、心優しき女性です。
私はこの素朴で心優しい女性に心惹かれてやみません。
『功名が辻』では秀吉に茄子を食べさせてやりたいからと。置いていて。
死後、彼女に会った秀吉は茄子を夢中で頬張る姿に涙を誘われました。
母の愛は誰よりも強しですね。
|
こんにちわ!大政所ほど士農工商の身分を下から上まで経験した人間もいないと思います。それでもそういう優しさを忘れない姿は人間としても尊敬できますね☆
2006/11/25(土) 午後 0:55
大政所の優しさにぴったりのイラストですね。
2006/11/25(土) 午後 6:15 [ タイガードラマー ]
HIDEさん。こんばんは☆この時代で大政所ほど下から上の身分まで経験した女性はいませんねぇ。それでも、家族を思い長浜のお城に入るまでずっと百姓を続けていたそうですから。働き者で心優しき女性ですねぇ(^^♪
2006/11/29(水) 午後 8:32
大河さん。今回のイラストは柔らかい人柄と長年、働いていた女性ですから。少し肌の色を工夫して塗ってみましたぁ♡
2006/11/29(水) 午後 8:34