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「所在地」:徳島県阿波市市場町伊月字宮ノ西 「形 式」:平城 「遺 構」:城趾石碑 「歴 史」:天文5年(1536年)伊月権頭重綱が城を築いたと言われる。 ・・・・・城趾石碑裏説明による。 「訪問記」:伊月城は畑の中に立派な城趾石碑があるが残念ながら遺構と思われる物は無かった。 城趾石碑の北には古いお墓があるが、お墓が城主に関する物かは確認できていない。 石碑の東側には城の鬼門を守ったのか鎮守様が安置されている。 城の南を吉野川、東は谷が流れており、川を使った縄張りがされていたことが想像される。 「伊月城への道しるべ」
吉野川に架かる阿波中央橋の北側の信号から土手を西に進む。しばらく進むと土手は右に曲がり、曲がるとすぐ橋が見えるので橋を渡り、土手に沿って走る下の狭い道路を進むと道が左に曲がるようになるが、曲がる手前の右側の畑に城趾石碑がある。 伊月城趾 |
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これは良い。石碑裏に短い文章が刻まれているだけで良いんです^^
マイナーキャッスルは、かえってその方が想像力が働きますよね。
それにしても四国は奥が深い、いつも参考にさせていただいてますm(_ _)m
2007/12/23(日) 午後 11:58
myriver1020さんいつもコメントありがとございます。
伊月城はほかの城趾へ行く途中の道筋に偶然見つけました。
そんな偶然の発見も良いですね。
2007/12/24(月) 午前 10:17
平城跡はどうしても開発で解らなくなってしまいますね。ラッキーでしたね。
2007/12/24(月) 午後 6:54
そうですね。何もなければ畑ですからね・・・町が設立した石碑でした。
2007/12/25(火) 午後 9:18
ここのすぐ東側…九頭宇谷川の橋を渡って、右に曲がった堤防の下に、「郡城」の石碑があります!
きちんと草が刈られていて、とても見つけやすかったです。
由緒書きの石碑も新しく作られていて、とても綺麗でした。
2013/8/25(日) 午後 4:49 [ かずくん ]