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「所在地」:高知県高知市春野町芳原 「形 式」:平山城 「遺 構」:曲輪、井戸跡 「歴 史」
築城年代は不明であり、城主は片山太夫もしくは弘田伊賀守とも伝えられる。 天文9年(1540年)に一条氏に、弘治3年(1557年)に吉良氏に、永禄4年(1561年)に長宗我部氏にくだりるという、まぐるましい変化であった。 「芳原城訪問記」
高知県の城もUPしないと。(*^-^*) ニッコリ☆ 芳原城は全くの無名城であり遺構もそれほど期待はしていなかったのですが 水田の中に浮かぶ小山には麓に曲輪跡や堀跡と思われる遺構がはっきりあり、主郭を取り巻く帯曲輪や7m近い切岸も確認できるなど、期待をしていなかった分、意外に堪能できるなとは思ったのですが、帯曲輪時点で嫌な予感はしていたのですが、苦戦しながらようやく登った主郭部分ではひどいブッシュで一歩進むのも無理なほで、なんとか主郭部分で井戸跡らしき凹みを見つけて写真に納めたのですが、結果は凹凸など確認のしようもないただのブッシュの写真となりはて、残念ながら写真掲載はボツといたしました。 ま〜無名城は当たり外れが大きいですから・・・・ 「芳原城への道しるべ」
県道278号線の芳原分岐のバス停を北に進むと左の水田の中に小山が見えるがそこが城趾。小山の東側山麓の農道(堀跡?)を進み、山麓の一段高い畑へのアプローチがあるのでそこを進む。 畑の縁を回り込むと山沿いに登り道が見えるので、そこから進むと虎口らしき遺構の所に出ます。 |
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初めまして (^_^)/
http://blogs.yahoo.co.jp/sanlordarm1/MYBLOG/yblog.html?m=l
2008/7/27(日) 午前 10:56 [ アイドル裏情報 ]
まるで海に浮かぶ島ですね。多分、当時も周囲は湿地帯という要害の地だったのでしょう。内部は凄い藪ですね。藪城の場合、遺構は目で確認できても写真を撮って家で見たら、ガクッてことにになっちゃうんですよね。
2008/7/27(日) 午前 11:08 [ あおれんじゃあ ]
無名城って大変そうですが、
いろいろ発見した時の喜びも多そうですね!!
2008/7/27(日) 午前 11:34
遠景を見ると湿地帯に囲まれた城といった感じですね。無名でも遺構は残されているような感じですので、せめて藪を伐採してほしいですね。
2008/7/27(日) 午後 1:44 [ - ]
<あおさん。
藪レンジャーの精鋭の方々はこの藪なら突き進んで行かれるんでしょうか?
井戸跡は写真で見るとホントにガッカリです。
2008/7/27(日) 午後 8:31
<フィーゴたかさん。
無名城は当たり外れが大きいですが、当たりの時は逆にびっくりするくらいの感動もありますからね。
2008/7/27(日) 午後 8:33
<はまっこさん。
地形的にはそれほどの要害とは思えないのですが、この城はこれら湿地帯こそが城を守る要害だったのでしょうね。
2008/7/27(日) 午後 8:40
整備されていない城跡はブッシュもですが、竹やぶが
多くないですか?竹が育つと地下の遺跡がズタズタに
なるので、発掘屋の人達は嫌うのですよ。
2008/7/27(日) 午後 10:36 [ - ]
海に浮かんだ小島のようですね。
ところで「ぶっしゅ」って何ですか
2008/7/27(日) 午後 11:39
<よよさん。
藪のことをブッシュと呼んでますが、間違ってんのかな。
2008/7/29(火) 午後 9:25
<クロコダイルさん。
言われてみればそのような・・・・。帯曲輪は切られていましたが竹林でした。
2008/7/29(火) 午後 9:27
不思議な景色です・・。 それに、四国には、沢山お城あったんですね
2008/7/31(木) 午後 6:02 [ - ]
<R子さん。
周りが田んぼですから池に浮かぶ山みたいな景色に見えますね。
お城は無名城が多いですが全国にそれはたくさんあります。
2008/8/3(日) 午後 6:18
ヤブだらけの空堀、土塁などの遺構って上手く撮影するのって
難しいですよね。
私達も「何だこれゃ!?」と何を撮影したかも分からないパターン
多しです(ノ_<。)
2008/8/4(月) 午後 11:29
<るなさん。
これすごい・・・と思うところであっても、写真では全く伝わらないのはね〜。あおれんじゃーさんみたいな鳥瞰図を描くスキルもありませんし。
2008/8/7(木) 午後 10:18