四国の城郭探訪

お城の写真と簡単な歴史紹介。

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香川県:三条城

「所在地」:香川県木田郡三木町大字上高岡(善光寺)
「形 式」:平城
「遺 構」:なし。城主菩提寺

イメージ 2

三条城跡と言われる地は現在は田畑化され全く遺構として確認できる物はなかった。先端に見える茂みが荒神社である。


「歴 史」
 城主は安西氏。
安西氏の遠祖は信濃の諏訪氏で、文明元年(1469年)諏訪左近がこの地に来て、安西左近忠澄と名乗った。安西氏は菩提寺として信濃の善光寺にあやかり「善光寺」を建立し菩提寺としたり、一族の守護神として信濃より「諏訪神社」を歓請した。
 安西氏は、生駒家に仕えるが、生駒家断絶後は一時浪士となるもその後の松平家に郷侍(禄は10石その後20石)として仕えた。

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安西氏の菩提寺「善光寺」には安西氏の歴史を示す石碑が建立されている。石碑は内容が読めるように拡大した写真を下記にUPしてます。

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「三条城訪問記」
 三条城を訪問するのに目印として、善光寺が目印になるので畑の中であるがわかりやすいだろうと楽観して訪問したのであるが、この「善光寺」が全く見あたらない。
 地図で確認してこの付近であるという場所に来てもお寺らしき建物はなく住宅があるだけで、安西氏が歓請した「諏訪神社」も場所が解ったのに、お寺が見つからない・・・・・
 とにかく周辺をグルグルしても見つからない。廃寺になったのだろうかと思っているところで、高台に気になる古い家があったので見てみると墓地らしき物が見える・・・・もしやと思い古い家を訪れてみると実は家だと思っていた建物が「善光寺」で墓地は安西氏の墓所で、敷地には安西氏の歴史を示す石碑も建立されていた。
 城跡の場所は、はっきり言い伝わる物はないが三条荒神社周辺に所在していたと言われるが、その場所は背後の山からの裾の先端で、周囲からは一段高くなっている。 

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安西氏の菩提寺「善光寺」。ここが解りにくかった。どうみても古い住宅に見えた(お寺の雰囲気が無かった)ので周辺を探していたのだが、ここがお寺だとは思わなかったな〜。


「三条城への道しるべ」
三条城は解りにくいので、善光寺の場所を説明。
三木町氷上付近で県道279号線上高岡交差点を南に進む。2個目の四つ角を左折する。(道路に香川用水が沿って通っている。畑の中の道をしばらく走ると右に一段高い台地に古い家に見えるがそれが善光寺である。

閉じる コメント(15)

超田畑や!!
お寺もわかりにくいですね!!

2008/11/30(日) 午前 11:12 フィーゴたか

信濃の名族諏訪氏の一族が四国まで来ていたんですね。昔は私達が思っている以上に人の移動、往来があったんでしょうね。
城跡は平地にあることから、館程度のものだったんでしょうね。

2008/11/30(日) 午後 2:41 [ - ]

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<フィーゴたかさん。
ここはホント畑でした。
平城はこんな場合が多いですが、ここは菩提寺も傍にあり遺構はありませんが、印象は強く残っています。

2008/11/30(日) 午後 5:25 四国の城郭

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<はまっこさん。
昔の異動はすごいですね。
四国には東国から多くの武将が来ていますが、三好長慶につながる三好家は、信濃の小笠原家が徳島の守護職で来て、しばらくして名乗ったのが三好姓ですから、信濃は縁があるのかも・・・

2008/11/30(日) 午後 5:29 四国の城郭

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諏訪氏に、善光寺ですか。信州から四国まで、ダイナミックな人の移動です。それが中世なんでしょう。しかし、善光寺・・どう見ても民家にしか見えん。

2008/11/30(日) 午後 7:41 [ あおれんじゃあ ]

ほんと民家にしか見えませんね。

2008/12/1(月) 午後 1:35 長州人のんた

諏訪氏と善光寺が四国に!!
これまた深い繋がりがあり、興味深いですね。

2008/12/3(水) 午後 10:54 るな

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たしか1185年に源頼朝が全国に守護地頭を設置して、それまでの貴族や大寺院の荘園をかすめ取らせましたね。所謂二現政治ですが、それで日本中に八幡様と、人間の移動があったのでしょうね?
安西さんも心優しい人で?望郷の念にかられて、諏訪神社や善幸寺さんを勧進したのでしょうか?

2008/12/7(日) 午前 0:31 りゅうし

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<あおさん。
諏訪氏やら善光寺やら諏訪神社もありますから、ミニ信州みたいですね。

2008/12/7(日) 午後 3:56 四国の城郭

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<よよさん。
善光寺ですが、ホントに解りませんでしたよ。どうしてもお寺と言えば独特の建築ですからそのイメージで探していたので、これはどう見たって家にしか見えないです。

2008/12/7(日) 午後 3:58 四国の城郭

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<るなさん。
中世の人の異動ってダイナミックですね。ミニ信州が香川の片田舎に形成されていたと思うと・・・

2008/12/7(日) 午後 4:01 四国の城郭

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<りゅうしさん。
まったくそれまで縁の無かった地に家族共々異動するのですから、一族の守護神としてや、新領主として自分の権威を示すためにも、神社や寺を勧進したのでないでしょうかね〜。

2008/12/7(日) 午後 4:05 四国の城郭

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はじめまして。一族のルーツを現在、旅しています。貴重な写真の掲載ありがとうございます。僕の姓は諏訪です。先祖は徳島の板野付近で、戸籍は、現在の鳴門市に明治の混乱時期に移動し、大正には神戸に移動しています。旧戸籍には士族と記載されています。去年の10月末にこの地を訪れています。いろいろと考え深いものがあり、ありがとうございます。

2009/2/5(木) 午前 4:09 [ sup**soun*fac* ]

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<sup**soun*fac*さん。
訪問コメントありがとうございます。
一族のルーツの旅ですか。ロマンがありますね。

2009/2/10(火) 午前 9:42 四国の城郭

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行ってきましたが、なかなか分かりにくかったですねー 一般民家 少し高い廃屋の横に墓があって。 少しうろうろしました。

2009/9/14(月) 午後 0:02 [ 丹波守博介 ]


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