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「所在地」:高知県高知市浦戸 「一領具足碑〜」
慶長5年関ヶ原の戦い後、遠州掛川城主山内一豊が土佐の国主となる。 浦戸城明け渡しに際し、「旧主に土佐半国せめて二郡でも」と主張し引き渡しを拒んだ一領具足達は長宗我部氏重役家臣団と対立して戦い物頭竹内惣左衛門始め273名が殺された。 273名は浦戸城大手門前にさらされたあと首は塩漬けされ大阪に送られた。 さらに同6年には山内一豊の入城祝いの相撲大会に事を寄せて残党73名捕らえて殺害した。 この相撲大会での殺害は「NHK大河ドラマ功名が辻」でも種崎浜の悲劇として放送された。 この石碑のある場所は一領具足の指導者吉川善介、徳井左亀之助、池田又兵衛、野村孫右衛門、福良助兵衛、歳岡彦兵衛、下元十兵衛、近藤五兵衛が評定中を襲われて討たれた所である。 |

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